第200話 追憶:8つの塔
カナルトスでペンダントを購入した俺は、シエルに促されるままに密林のダンジョンに戻った。
流石に羽目を外すつもりは無かったらしい。
そのまま、ダンジョン付近の駐屯地にて数日を過ごした俺達は、当初の計画通り、ダンジョンへの突入を開始する。
突入日を迎えるまで、アンナ達の話を逐一聞いていた『オレ』は、この突入の目的を大体把握し始めていた。
簡単に言えば、出来たばかりのダンジョンに生息している魔物や生成物の調査が主目的だ。
まぁ、これといって変な話じゃない。
調査自体も特段異常は無かったようで、ダンジョンの中層辺りまですんなりと終わってしまった。
『魔法騎士って、こんな仕事もしてたんだなぁ……』
まさかこんな仕事を『オレ自身』がしていた過去があるなんて、思ってもみなかった『オレ』は、独白する。
そして、調査が始まってから3日が経とうとしていたある日。
俺やアンナは一転して、帰宅の準備を始めていた。
なんでも、ダンジョンの下層は調査を行わないらしい。
下層を調査しても被害が大きくなりすぎることが理由らしい。過去によほど痛い目にあったんだろう。
あっという間に帰り支度をしてしまった俺達は、一緒に調査をしていた奴隷達や兵士たちをそのままに、駐屯地を出発してしまった。
その道中の記憶は曖昧になってしまっているのか、あっという間に景色が移り変わってゆく。
そうして気が付くと俺達は大きな都市にたどり着いていた。
その都市の様子を見た『オレ』は、思わず感嘆してしまう。
全体的に白い石材で作られているその都市の中心には、巨大な城がある。
炎と氷をモチーフにしたような形状のその城の周りには、城を囲むように市街地が広がっている。
そんな市街地は、同心円状の城壁で3つのエリアに分けられていた。
城に近づくにつれて高台になり、かつ、城壁の厚みも増している。
更に、最外周の城壁には、等間隔に8つの塔が見て取れた。
そのどれもが頑強に造られていて、攻め込むのは困難を極めると思われる。
『オレ』が今までに見た街の中で、最も大きな規模の街だ。
壮観な都市の様子を見ているだけで圧倒されそうになる。
既に見慣れている様子の俺やアンナとは違い、食い入るように都市の様子を見ていた『オレ』は、ふと、都市の空が普通じゃないことに気が付く。
なぜかこの都市の上空が、やけにキラキラと輝いているように見えるんだ。
なんなら、キラキラとした光の粒のようなものが、延々と降り注いでいるようにも見える。
それらが何なのか、正確に理解できなかった『オレ』はとりあえず様子を伺うことにした。
「やっと着いたなぁ……」
「ちょっと、気を抜くのはまだ早いでしょ? まずは団長に報告に行かなきゃ」
「分かってるって」
そんな会話を交わした俺とアンナは、一番近い塔の付近に降り立った。
どうやらこの都市の出入り口は8つの塔にあるらしい。
塔の壁にある鉄製の大きな門の前には、5名の門兵が待機しており、敵の侵入を防いでいるようだ。
そのための審査はかなり厳格なもののようで、魔法騎士である俺やアンナでさえも、顔パスでは通れなかった。
一通りの身分調査と身体検査を受けた俺達は、ようやく門を通り抜けると、都市に入り込む。
ここまでずっと、なぜ空から都市の中に入らないのか疑問を抱いていた『オレ』は、しかし、中に入ってその理由を理解した。
さっき『オレ』が見た上空のキラキラは、やはり普通の状態じゃなかったんだ。
なにしろ、先ほどまでは全く見えていなかったものが、門をくぐった途端に見え始めたのだから。
空を漂う浮石のようなものが、市街地の上空を無数に飛び交っている。
それらの浮石には大勢の兵士が乗っており、武器を構えて外への警戒を続けているのだ。
多分、さっきの空のキラキラは、彼らの姿を見えなくするための光魔法の類だろう。
更には、市街地のいたるところに見張り台のようなものが建てられており、その屋根の上にはワイバーンと思わしき生物までいる。
背中に人を乗せていることから、騎士団の中に飛行部隊のようなものが編成されているのかもしれない。
それらの様子を見た『オレ』は、端的に思った。
『すごい警戒だな……』
まさか、ここまでの厳戒態勢を、常にし続けているのか。
確かに、魔法のある世界だと考えれば、上がガラ空きになっている時点で敵の侵入を許してしまうことになるけど……。
この都市に住んでいる人々は、よほど何かを恐れているんだろうか。
それとも、絶対に守りたいものがあるんだろうか。
『オレ』がそんなことを考えている間に、俺とアンナは足を緩めることなく城に向かっていた。
1つ、2つと門を潜り、より内側のエリアに入ってゆく。
その道中で見た都市の様子は、『オレ』がこの世界に生まれてから一番と言って良いほどに豪奢なものだった。
普通、この手の都市の最外周のエリアと言えば、貧しい者が住むエリアのイメージを持っていたけど、そのイメージは完全に否定されてしまう。
最外周の時点で、住んでいる人々はおそらく貴族だ。
道を行く人々の殆どが煌びやかな正装に身を包み、にこやかに微笑んでいる。
そんな中を歩くのだ、鎧を身に纏っている俺とアンナは、非常に目立っていた。
当然のように、俺達のことを蔑んだ目で見て来る貴族たち。
最外周でその状態なんだ、そのさらに内側のエリアに至っては、よりあからさまな視線と声が飛び交った。
それらを完全に無視したまま歩く俺達は、ついに城の正門前にたどり着く。
塔の時と同じように、5人の門兵に調査された俺とアンナは、問題なく城の中に入ることができた。
入り口から奥に続く広い廊下を右に左に曲がりながら進み、とある部屋の前にたどり着く。
その扉をノックしたアンナが、中にいるであろう人物に向けて告げた。
「フィリップ団長。アンナ・デュ・コレットです。報告に参りました」
「入って良いよ~」
想像していた数十倍は軽い口調で、声が返って来たことに驚いた『オレ』。
しかし、全く驚く様子なんて見せないアンナと俺は、そのまま部屋の中に入っていく。
「2人とも、返って来るの早かったね。ダンジョンの調査は無事に終わったのかな?」
部屋に入るなり、そんな言葉を投げかけて来た黒髪の男フィリップは、ソファに座ったまま膝の上の猫を撫でていた。
立ったまま彼の様子を伺う俺達を見て、フィリップが申し訳なさそうに告げる。
「ごめんごめん、でも、今はこの子が膝の上に居るから立ち上がれないんだよ。だから、2人ともそっちに座りなよ。立ったままじゃ落ち着かないでしょ?」
フィリップの言葉を聞いた俺とアンナは、一瞬互いの顔を見合ったかと思うと、すんなりとソファに腰を下ろす。
対面するフィリップは少しだけ真面目な顔で俺達をマジマジと見始めた。
その間も、彼がずっと猫を撫で続けていることを頭の片隅に追いやった『オレ』は、これが記憶の欠片だと分かっているにも関わらず、緊張してしまう。
そして、その緊張を吐き出すように、独白したのだった。
『この男が、魔法騎士団団長……エイミィが言ってた男か』