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第198話 銀色のペンダント

 俺が光魔法を発動してからの1週間は、まさに怒涛の1週間だった。


 柱を出発したかと思えば一瞬で山の麓に到着し、その直後、ゴールの柱に到着してしまう。


 あまりにも速すぎて制御なんかできない。


 それでも、俺は何度もスタートを切り続けた。


 そうすることで、まずは光魔法に感覚を慣れさせようと思ったんだ。


 毎日毎日、何千何万回と山の上り下りを繰り返す。


 当然ながら、俺の身体は日に日にボロボロになって行った。


 しかし、そうしているうちに、俺はとあることに気が付く。


 断片的に、移動中の景色を目で追えるようになり始めたんだ。


 時折見えるそれらの景色は、まるで時間がスローモーションになったかのような、不思議な光景だった。


 次第に景色を目で追える頻度が増えてゆき、最終的には、スタートからゴールまで、完全に認識できるようになった。


 スローモーションで流れてゆく周囲の景色は、既に何万回も繰り返し見てきたはずなのに、新鮮味を感じる。


 そうして周囲の様子を把握できるようになった俺は、新たなことに気が付いた。


 無意識なのかは分からないけど、スタートしてからゴールするまで、俺は寸分の誤差もないほど完璧に、山道の上を飛んでいたんだ。


 どおりで、森林の中に入っても木に衝突しないわけだ。


 このことに気が付いた俺は、まず、意識的に自分で軌道を修正してみようとした。


 使ったのはジップラインだ。


 俺はここでの修行で、手を添えることなくジップラインに乗れるようになっていた。


 両足の先端から両肩にかけて、体内に2本のラインを通しつつ、進行方向に軌道を描く。


 両手を前に突き出してしまえば、青い服を着たスーパーヒーローのように見えるだろう。


 まぁ、こっちの世界の人には通じないけど。


 視界が全てスローモーションになっているおかげで、軌道を描くことは意外と簡単だった。


 そうして、自由自在に飛び回れるようになった俺が次にしたことは、時間の感覚を養うことだった。


 なるべく同じ進路をたどるように飛びながら、ゴールまでの時間を確認する。


 そうすることで、自分の速度と時間の速度のズレを体に覚えこませていった。


 幸いなことに、1回あたりの往復にそれほど時間がかからないから、何度でも調整はできる。


 回数を重ねるごとに、時間の感覚を理解し始めた俺は、最後の仕上げに取り掛かった。


 それは、光魔法の発動と停止を繰り返すことだ。


 つまり、光魔法のオン、オフを細かく何度も繰り返すことで、自分の速度調整を図ったんだ。


 こればっかしは、ウィーニッシュになる前の、早坂明が持ってた技術者としての知識に感謝しないといけないな。


 やり方を習得してしまえば、後は時間の微調整をするだけだ。


 自分の呼吸や心音を目安に、オンオフのタイミングを調整していった俺は、ついにその日を迎える。


 期限である1か月を、5日後に控えたその日。


 俺はエイミィに提示された全ての条件をクリアした。


「4時間……0分、0秒」


 小さく呟きながら珍しく驚いた様子のエイミィに、今までのお返しだとばかりに笑みを返した俺は、ホッと胸を撫で下ろした。


 そんな俺を茫然と見つめていたマーニャは、ハッと我に返ったかと思うと、満面の笑みを浮かべる。


「ニッシュ!! 凄い! 凄いよ!!」


「まぁな。もっと褒めて良いんだぞ、マーニャ」


 飛び跳ねて喜んでいるマーニャに対して、得意げにそう言った俺は、ふとエイミィに視線を戻した。


 未だに驚いているエイミィ。よほど、俺が修行をクリアしたことが予想外だったらしい。


 そんな彼女はようやく我に返ったかと思うと、フッと笑みを浮かべながら拍手をし始める。


「いやぁ、まさかこんなに早く合格するとは思ってなかったよ」


「そんなこと言って、これからが本番だよ~とか言いませんよね?」


「流石にそんなことは言わないよ」


 俺の皮肉に笑いながら応えた彼女は、ゆっくりと頷きながら一つ息を吐いた。


「さて、早速ハーシュ様に報告に行こうかな。2人とも、私に着いて来てね」


 そう言ったエイミィは、いつも通り、ハーシュの家に向かって歩き出した。


 そんな彼女の後姿を見た俺とマーニャは、互いに頷き合って、歩き始める。


 修行を終えて、ハーシュに報告に行くということは、ようやく記憶の欠片を見ることができそうだ。


 やり遂げた達成感に圧し掛かるように、降って来た不安を、俺は心の奥底に押しやった。


 今更、避けて通る訳にはいかない。見ないふりをする訳にはいかない。


 どんな記憶であれ、これから俺達が望む未来を手にするためには、必要な物なんだ。


 ハーシュの家の前で、一人決意した俺は、深呼吸をした。


 そうして、ハーシュの待つ家の中に足を踏み入れる。


 いつものように、俺やマーニャを出迎えてくれたハーシュとエイミィは、食卓の上に置いてある箱に目を向けた。


 その箱は、俺達がここに来た初日に見せられた、例の箱だ。


 中には銀色のペンダントが入っているはず。


 その箱の前に向かった俺は、ハーシュに目配せをしながら箱に手を伸ばす。


 思っていた以上に軽いその箱を手に取り、おもむろに蓋を開けると、案の定、あのペンダントがしまわれていた。


 自然と固唾を飲んだ俺は、とりあえずシエルとのリンクを解く。


 そうして、箱を手にしたまま椅子に腰かけた俺は、皆の視線を感じながらも、ペンダントにそっと触れた。


 途端、いつものように意識が薄れてゆく。


 深く深く、暗い意識の奥底に向かって沈む感覚が、全身に行き渡る。


 直後、俺は聞き覚えのある声を耳にした。


 しかし、その声が誰のものか、パッと思い出せない。


 甲高く鳴り響く悲鳴のようなその声に、嫌な予感を覚えた瞬間、俺の意識は途絶えたのだった。

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