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第197話 本番はここから

 私とウィーニッシュがチュテレールに来てから、気が付けば3週間が経とうとしていた。


 その間、ウィーニッシュは毎日早朝から修行に打ち込み、夕方頃に帰って来たかと思うと、倒れるように眠りに落ちる。


 そんな毎日を繰り返していく中で、私もまた、ハーシュさんにお願いして魔法の修行をつけて貰っていた。


 とはいっても、ウィーニッシュがしてるような難しい修行じゃない。


 初めの頃は、その辺に落ちている石ころを幾つも重ねて、風魔法で倒れないように制御していた。


 それもある程度慣れて来た今は、魔法だけを使って料理を作るようにと言われている。


 箸やスプーン等を風魔法で操り、食材や鍋を扱いながら、熱魔法で火を通す。


 いきなり難易度が跳ね上がった修行内容に、当然驚いた私は、しかし、実際に修行を始めてからさらに驚いた。


 私が自分で思っていた以上に、魔法をスムーズに操ることができたからだ。


 おかげで、今となってはそこそこの料理を魔法だけで作ることができるようになっている。


 嬉しさのあまり、出来立てのハンバーグを持ってハーシュに自慢をしに行ったら、まるで自分の事のように喜んでくれた。


「孫ができたみたいじゃな」


 と言われた時には、流石に照れくさく感じちゃったけどね。


 聞けば、こうして日常の中で魔法を使う修行は、ドラゴニュートの皆さんにとっては常識らしい。


 出来ることが少しずつ増えてゆく喜びを覚えた私は、それから毎日の朝食を作るようになった。


 当然、今日も朝食を作ったのは私で、その料理が今目の前の食卓に並んでいる。


「これ、本当にマーニャが魔法で作ってるんだよなぁ……俺も負けてられねぇ」


「そう言うニッシュも、もう少しで修行をクリアできそうなんでしょ? 私よりも凄いと思うよ」


「そうかなぁ……でも、あと一歩が届かないんだよなぁ、これが」


 生野菜のサラダとベーコンを口に放り込んだウィーニッシュが、それらを飲み込んだ後に呟く。


 そんな彼の様子を見ながら、私は昨日のことを思い出していた。


 時刻は昼を少し過ぎた頃だったろうか。


 いつも通り、ゴール地点の柱に到達したウィーニッシュが、期待の目を込めてエイミィを見上げる。


 対するエイミィは、軽い口調で彼の帰還までの時間を告げた。


 確か、昨日のタイムは5時間14~5分だった気がする。流石に秒数までは覚えてない。


 そのタイムを聞いたウィーニッシュは、「だはぁ!」とため息を吐いてあおむけに倒れこんだ。


 そうして、少しの休憩を挟んだ後、彼は2度目の修行に向かったのだ。


 2回目に彼が戻って来た時、私は夕飯の支度をしていたから、詳細なタイムは聞いていない。


 だけど、今日も修行を続行するということは、クリアは出来なかったということだ。


 今日こそは昨日よりも良いタイムを出せるように、沢山の料理で元気をつけて貰おう。


 そう思った私は、昨日の回想から現実に意識を呼び戻すと、ウィーニッシュに目を向けた。


「俺が光魔法を使えたらなぁ……ジップラインとポイントジップは、良い感じに改良出来たんだけどなぁ……根本的なスピードが足りないし」


 ぶつぶつと何か言っているウィーニッシュは、思案に耽っているようで、食事の手が止まってしまっていた。


 そんな彼に、今度はエイミィが語り掛ける。


「光魔法、使ってみれば?」


「え? 俺、光魔法なんて使ったことないし、使い方なんて知りませんよ?」


「大丈夫よ。君ならできるわ」


「いや、根拠のないエイミィさんの励ましは、普通に怖いです」


「ん? 何か言った?」


「……」


 薄っすらと口元に笑みを浮かべたエイミィが、ウィーニッシュを凝視している。


 対するウィーニッシュは、頬を引きつらせながらも、ゆっくりと首を横に振っていた。


 そんな彼女に対して、声を掛けた人が居た。ハーシュだ。


 私は、『この空気を変えてください!』と思いつつ、ハーシュの様子を伺った。


「ふぉふぉ。エイミィ、悪い癖が出とるぞ?」


 あくまでも穏やかに、エイミィをたしなめようとするハーシュ。


 しかし、エイミィは表情を全く変えることなくハーシュの方に視線をやると、簡潔に告げる。


「ハーシュ様。何か言いました?」


「……わしは何も言うとらんぞ?」


 一瞬にして諦めてしまったハーシュに対して、私は小さなため息を吐きながらも、この空気を何とかするために口を開く。


「ま、まぁ、光魔法の使い方が分からないなら、実際に使ってる人のまねをしてみたらどう? ニッシュ」


「そ、それもそうだな。とりあえず、エイミィさんのまねをしてみますよ。あと、イメージだな。うん。イメージが大事だって、ヴァンデンスが言ってた」


「分かればよろしい」


 私とウィーニッシュのやり取りを聞いて満足したらしいエイミィは、頷きながらそう言った。


 取り敢えず、これ以上この話が深堀りされてしまう前に、朝食を切り上げた私達は、いつものように例の柱の元に向かう。


 深呼吸をして集中し始めるウィーニッシュと、その隣であくびをしているエイミィ。


 また今日が始まるんだなぁと、思った次の瞬間。


 唐突に、ウィーニッシュの身体が煌々と輝き始めた。


 何が起きているのか、一瞬理解できなかった私は、直後、自分の視界が大きく揺さぶられたことに気が付く。


「な……にが?」


 いつの間にかエイミィの肩に担ぎ上げられていた私は、ふと見た視界の先に、ウィーニッシュの姿を見つけた。


 いつものように、リンクした状態の彼は、なぜか頭から地面に突っ込んだ状態で横たわっている。


 私達の居る場所は特に変わっていない。柱のすぐ近くだ。


 あまりに唐突な出来事のせいで、私が混乱していると、楽しそうな口調でエイミィが告げる。


「よぉし、とりあえず発動までは漕ぎ付けたね。それじゃあ、後は制御だけだよ。悪いけど、本番はここからってところかな」


 そんな彼女の言葉を聞いていたかのように、地面に貼りついていた顔を勢いよく持ち上げたウィーニッシュは、振り向きざまに告げた。


「……タイムは?」


「0時間0分2秒……ってところかな。最高速度でもないし、制御もできてない。まぁ、初めてだし、しょうがないよ」


 エイミィの言葉を聞いたウィーニッシュは、顔中傷だらけのまま、その場にあおむけに寝転がってしまった。


 そうして、大きなため息を吐いたかと思うと、大きな声を張り上げだす。


「4時間丁度って、そういう意味かよぉ!」


 そう叫んだウィーニッシュの言葉を聞いて、私は修行を始めた頃のことを思い出していた。


 条件として挙げられた4時間丁度でのゴール。


 これはすなわち、ウィーニッシュが光魔法を使いこなすことが前提として定められた時間だったということだ。


 光魔法だけを使ってしまえば、速すぎる。


 光魔法を使わなければ、間に合わない。


 つまり、光魔法もそれ以外の魔法も、使いこなせるようにならなくちゃクリアできないようになっている。


 順調に進んでいたように見えた修行は、まさに先ほどエイミィが言ったとおり、ここからが本番だったらしい。


「さて、それじゃあそろそろ種明かしでもしといてあげようかな」


 不意にそんなことを言ったエイミィは、寝転がったままのウィーニッシュに向かって告げた。


「君が突然光魔法を使えるようになったのは、決して君に才能がある訳じゃないからね。全てはミノーラ様のおかげだよ」


「……それって、どういう」


 首だけをゆっくりと上げたウィーニッシュが、私とエイミィの方を見ながら尋ねてきた。


 対するエイミィは、フッと小さく笑みを溢すと、どこか誇らしげに言った。


「泉の水が君の体に馴染んだ結果だよ。だけど、体に馴染むのをただ待つだけじゃ暇だよね? だから、事前に修行してもらってたんだよ」


「え!?」


 泉の水にそんな効果があるなんて予想していなかった私は、思わず声を漏らしてしまった。


 私の様子を見て面白く感じたらしいエイミィは、引き続き楽しそうな表情で告げる。


「もしかしたら、そろそろエイミィちゃんも使えるかもね。光魔法」


 絶句する私とウィーニッシュ。


 そんな私たちの気持ちを代弁するように、私の頭の上のデセオが、小さく呟いたのだった。


「もっと早く教えて欲しかったなぁ……」

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