表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/277

第192話 得も言われぬ悪寒

 ウィーニッシュが修行に出るのを見送った私は、しばらくの間エイミィと一緒に柱の近くで山道を見守っていた。


 どれくらいの時間が経ったのか分からないけど、その間エイミィは微動だにせず、腕組みをしたままだ。


 流石に4時間も柱の傍で見守り続けるわけにもいかないと感じた私は、足元にいるデセオと視線を交わす。


「流石に4時間ずっと待つわけにもいかないよねぇ。僕らは何か別のことしてようよ」


「うん」


 デセオの提案に賛同した私は、エイミィに軽く会釈し、その場を後にした。


 と言っても、あまりうろつくのも良くないのではないかと考えた私は、とりあえずハーシュの家に向かう。


 そうして、そのまま家の中に入ろうとした私は、なにやら大量の布を手にしたハーシュと鉢合わせた。


「あ、ハーシュさん。おはようございます」


「おぉ。おはよう」


 短く挨拶する彼の手元を見た私は、意を決して申し出てみることにした。


「どこかに行くんですか? 良ければ、私にも何かお手伝いさせてください」


「ん? 手伝ってくれるのか? それじゃあ、一緒に着いて来てくれんかの」


 ニッコリと笑みを浮かべたハーシュは、それだけ言うと歩き出してしまう。


 向かっている先は、昨日見た例の泉らしい。


 全く同じ道を歩いた私とハーシュは、当然ながら、ミノーラ様の眠っている泉の傍にたどり着く。


 道中、ハーシュから大量の布を受け取っていた私は、それらの布を強く抱きしめながら、改めてミノーラの姿を観察した。


 相変わらず心地よさそうに寝息をたてている彼女の姿は、どうしても神様には見えない。


 そう思うのは、私だけなのかな。


 ふと、そんな失礼なことを考えてしまった私は、気を取り直して、手にしていた布を1枚、ハーシュに手渡す。


 布を受け取ったハーシュは、ミノーラの傍にしゃがみ込んだかと思うと、一度深く頭を下げた。


 そうして、手にしていた布を泉に浸し、濡れた布でミノーラの身体を拭き始める。


 慣れた手つきで彼女の身体を拭いてゆくその姿は、傍から見れば少し乱暴にも見えたけど、ミノーラが目を覚ますようなことは無かった。


 そんなハーシュの姿は、普通のおじいちゃんにしか見えない。


 背中にある翼や頭についている角が無かったら、ドラゴニュートとは気づけないくらいだ。


 一通り身体を拭い終わったらしいハーシュは、濡れた布を一旦脇に置くと、もう一枚の布を要求してくる。


 その要求にこたえた私は、今度は乾拭きされてゆくミノーラの様子を見守った。


 なんだか、昨日までの騒動が嘘のように、穏やかな時間が流れている気がする。


 そうして、ミノーラの身体を清め終わったらしいハーシュは、今度は残った大量の布を泉に浸し始めた。


 大量に作られる濡れタオルを抱えた私は、湧き上がる疑問に耐えかねて、彼に質問を投げかける。


「あの、この濡れタオルは何に使うんですか?」


「皆に配るんじゃよ。儂らは毎朝、こうして泉の水で体を清めるんじゃ。ほれ、これは嬢ちゃんの分じゃよ」


 最後の1枚を絞ったハーシュは清々しい顔つきでそう言った。


 なるほど、と納得した私は、ふと、泉に視線を移す。


 昨日はあまり泉を観察できなかったけど、改めて見ると、意外とこの泉は深いらしい。


 もし落ちてしまったら、私やウィーニッシュでは足が底に届かないだろう。


 少し怖い想像をした私が、身震いをした時、そんな私の様子に気が付いたらしいハーシュが、小さく笑いながら口を開いた。


「大丈夫じゃよ。落ちても儂が助けちゃる」


「あはは……ありがとうございます。それにしても、これだけ湧き出してる泉なのに、あふれ出したりしないんですね。なんだか不思議です」


 そう言った私は、泉の中心に目を向けながら言った。


 水面に波を作るくらいの勢いで湧き出しているらしい泉の水は、しかし、一定の量を保っている。


 普通に考えれば、変な話だ。


 何か理由があるのか。と考えようとした私に、ハーシュが答えを示してくれた。


「泉の中によく目を凝らしてごらん」


「え? あ、はい」


 言われるままに目を凝らした私は、泉の中になにやら横穴らしいものを発見した。


「あ! 何か穴が空いてます……もしかして」


「その横穴は、山の麓まで続いとるんじゃ。そうして、巨大な河になって海まで続いとる」


「それって……もしかして、セルパン川ですか?」


「おぉ! よく知っとるのぅ! その通りじゃ」


 目を輝かせて嬉しそうに言うハーシュを見て、私は少し気恥ずかしくなった。


「いえ、少し前に行ったことがあるので」


「そうかそうか。それじゃあ、これは知っておるかの? セルパン川と言う川の名前は、河に生息するサーペントから取られた名前なんじゃよ」


「そうなんですか!? それは知りませんでした」


「ふぉふぉ。そもそもサーペントは、儂らドラゴニュートと根源を共にしてるんじゃよ。じゃから、あやつも儂らと同じように、ミノーラ様を守ろうとしておる」


「え?」


「安心せい、嬢ちゃん達があやつと一戦交えたことくらいは知っておる。それに、あやつがあの程度で命を落とすことはない。それよりも、嬢ちゃんには、もっと考えて欲しいことがあるんじゃ」


 なんてことない、とでもいうような表情で告げたハーシュ。


 彼の様子に反して、私の頭は混乱の真っただ中にあった。


 サーペントがミノーラを守ろうとしていること。


 そんな事情は全く知らなかったとはいえ、私がサーペントに攻撃をしてしまったこと。


 あまり意識していなかった罪悪感が、急激に湧き上がってくる。


 しかし、ハーシュは私に怒りを向けるようなこともなく、穏やかな表情のままだ。


 彼の言うように、安心してもいいのかな。


 そんなことを考えた直後、ハーシュがゆっくりと告げる。


「そもそも、サーペントはなぜ、あの街を襲ったのかのぅ」


「……」


 得も言われぬ悪寒が、背筋を走り抜けてゆく。


 なんだろう。とても嫌な予感がする。


 全身を蝕むように、じわじわと広がりを見せ始めた不安。


 そんな不安が顔に現れてしまったのか、ハーシュは私の顔をじっと見つめてきた。


 ゆっくりと開かれるハーシュの口。


 更に何か怖い情報が飛び出してくるんじゃないかと、一瞬身構えかけた私は、しかし、彼の言葉を聞いて脱力したのだった。


「さて、そろそろ戻るとしよう。早く持って行かんと、タオルが乾いちまう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ