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第191話 修行

 エイミィの修行は、俺達がチュテレールに到着した日の翌日から始まった。


 よくよく考えれば、カーブルストンから町に帰還して、防衛戦に参加し、そのままチュテレールまで来たのだ。


 慌ただしさだけで言えば、ここ数年で最も慌ただしい1日だったかもしれない。


 いや、そうでもないか?


 まぁ、そんなことは置いておいて。


 上質なベッドで目を覚ました俺は、寝ぼけ眼のシエルを頭に乗せたまま顔を洗い、エイミィ達と共に朝食を摂った。


 朝食、と言えば聞こえは良いが、なぜか朝から肉のオンパレードで、俺は今、少しだけ胃もたれしている。


「張り切って食べすぎたかな……」


 俺達が住んでいる町では、畑で採れる野菜が主食なので、あまり肉にはありつけていない。


 完全にゼロと言うわけじゃないけど、やっぱり貴重なんだ。


 同じように張り切ってしまったらしいマーニャも、お腹をさすっている。


 そんな彼女と食後のお茶を堪能していた俺の元に、エイミィがやってきた。


 そうして、修行内容の説明を始める。


「じゃあ、簡単に説明するね。君にはこの霊峰アイオーンを一旦降りて、そしてこのチュテレールまで戻って来てもらおうかな。ただし、4時間丁度で往復すること。良い? 速すぎても遅すぎてもダメ。1秒単位だからね」


「え? こういうのって普通、4時間以内とかじゃないんですか?」


「ダメなもんはダメよ。あ、それと、走るの禁止ね。と言うか、地面に足をつけるの禁止。常に魔法で飛びなさい。その代わり、リンクは使ってもいいよ」


「は? ちょっと待ってもらえ……」


「高い高度を飛ぶのも禁止。山の斜面から10メートルより高くまで飛んだら、私が容赦なく叩き落とすから。それと、なるべく山道に沿って進んでね。外れたら、同じように君を叩きにいかなくちゃいけないから」


「……」


「それと、スタートとゴールの合図は、目印の柱に手を添えることで行いましょう。柱から手を放したらスタートで、柱に手を添えたらゴール。良い?」


「…」


「折り返し地点は、山の麓にある小屋ね。小屋の扉に手を添えたら、折り返していいわよ。はい、ここまでで質問ある?」


 エイミィによる怒涛の説明を茫然と聞いていた俺は、唐突に質問を募集されたことで我に返る。


 色々と聞きたいことはあるけど、余計なことを聞くのはまずい気がする。


 そう考えた俺は、とりあえず修行の内容について、無難な質問をすることにした。


「えっと、4時間丁度でゴール出来たとして、それは誰が判定するんですか?」


「もちろん私よ?」


 さも当たり前のことのように言ってのけるエイミィ。


 そんな彼女の顔を凝視した俺は、少なくとも冗談を言っているわけじゃないのだろうと判断する。


 逆に言えば、彼女は今の修行の内容を大真面目に言っていることになる。


 ヴァンデンスがエイミィに対してたじたじになっていた理由を垣間見た気がした。


「まぁ、質問するよりも実際に1回やってみた方が良いと思うよ」


「はぁ……」


 腑に落ちない気持ちを抱きつつ、とりあえずは彼女の言う通りにやってみようと思った俺は、残っていたお茶を一気に飲み干した。


 そうして、外に出てゆくエイミィの後を追いかける。


 チュテレールの入り口にある門のところに、たどり着いた俺は、エイミィに促されるままに、門の柱に手を添えた。


「ニッシュ。頑張って!」


 俺の後に着いて来ていたマーニャが、応援の声を掛けてくる。


 そんな彼女に頷いて答えて見せた俺は、意を決して前方に目をやった。


「さぁ、準備は良いかな? 私はここで見守ってるから、安心して行っておいで」


 俺と同じように山を下る道を眺めながら、エイミィがそんなことを言う。


 少し間をおいて彼女の言葉の意味を理解した俺は、思わず問いかけてしまっていた。


「え? 着いて来ないんですか?」


「ついて行く必要ないもん。見えるから」


「いや、でも……」


「はいはい、良いから早く出発しなよ~」


 面倒くさそうに言ってのけるエイミィに、釈然としない俺だったが、とりあえずは従うことにする。


 一度だけ深呼吸をして、気持ちを落ち着けた後、シエルとリンクしてジップラインを描く。


 柱に左手を添えたまま、右手を頭上に構えた俺は、その場にいるエイミィとマーニャに向けて告げた。


「それじゃあ、行ってきます!」


 直後、左手を柱から外し、右手でジップラインに乗る。


 修行条件を聞いて、妙に構えていたせいだろうか、想像以上に好調なスタートを切れたことに俺は安堵した。


 取り敢えずはこのまま、ジップラインで山道沿いに下って行けば大丈夫だろう。


 などと考えながら山道を下っていた俺は、数秒後、何かが後ろから追いかけて来る物音に気が付いた。


 何事かと背後を振り返った俺は、その正体を目にして驚愕した。


 獰猛そうな巨体の熊が、俺の後を追うように走ってきているのだ。


 それだけじゃない。


 よく見れば周囲には無数の魔物たちが居て、その赤い瞳で俺のことを凝視していた。


 コウモリ型の魔物の群れや、巨大なヘビ、オオカミ型の群れ。


 大きな岩だらけの山の斜面で、どこに隠れていたのか疑問なほどに、魔物たちが湧き出してきている。


 今のところは逃げ切ることができているが、それも今の内だけだろう。


 何せ、俺はこの後、チュテレールまで戻らなくちゃいけないのだから。


『ニッシュ……これってかなりヤバいんじゃ?』


「俺も同じこと思ってた!!」


 頭の中で響くシエルの声に叫んで返事をした俺は、加速したのだった。

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