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第187話 楽しみだ

 鋭いエイミィの指摘に、ヴァンデンスはたじろぐ。


 対照的に、エイミィは先ほどまでと変わらない様子なのが、また地味に怖い。


 エイミィの言葉が本当なんだとすると、ヴァンデンスは彼女の弟子にあたるのか。


 ということは、俺にとってエイミィは師匠の師匠……。


 そんなことに気が付いた俺は、こちらに背を向けたままのエイミィに声を掛けた。


「あの、エイミィさんは本当にヴァンデンスの師匠なんですか? だったら、俺にとっても師匠の師匠になるんですが……」


 俺が言葉を紡ぎ終えるのとほぼ同時に、エイミィが再び姿を消す。


 否、正確には移動したんだと思う。


 あまりに速すぎるせいで、俺を含む全員が彼女の動きを目で追えていない。


 何事もなかったかのように、元の席についている彼女は、ニコニコとした表情で、俺を見つめてきている。


 彼女の動きに動揺してしまっていた俺は、一度深呼吸をした後、エイミィの目を見つめ返した。


 赤くて美しい瞳が、燦燦と輝いている。


 そんな瞳に思わず見惚れそうになっていた俺は、唐突に告げられた彼女の言葉を聞いて、小さな声を漏らしてしまった。


「あら、そう? それなら、こうして話をする必要も無いね」


「え?」


 相変わらず、表情や仕草は穏やかなのだが、その言葉からは少しだけ嫌な予感を感じ取れた。


 俺の直感はあながち間違っていなかったようで、それを証明するように、エイミィが口を開く。


「それじゃあ、5分以内にダンジョンの入り口まで来てね。私は外で待っておくから。良いかな? もし遅れたら、軽い罰を受けてもらうからね。あ、それと、マーニャちゃんも一緒に着いて来て頂戴。もちろん、マーニャちゃんが遅れたら、その分ウィーニッシュ君に罰を受けてもらうから。それじゃあ。待ってるわね」


「は? え? ちょっ!?」


 口を挟む隙が無いほどの早口で、ツラツラと言葉を並べたエイミィは、次の瞬間には消えていた。


 言うまでもない、彼女は既にこの町を出て、ダンジョンの入り口で待っているのだろう。


 正直、彼女の言うことを無視してしまうのも1つの手なんだと思う。


 だけど、それは愚策なんだろうと、俺は思った。


 引きつる顔でヴァンデンスを見た俺は、真剣な表情をしている彼を視線を交わす。


「何をしている少年!? 早く行かないとヤバいことになるぞ!! マーニャちゃんもだ! 急げぇ!!」


 一瞬の間をおいて叫ぶヴァンデンス。


 そんな彼の声に急かされるように、俺とマーニャはすぐに走り出した。


 いや、走っている場合じゃない。


 食堂を出た俺は、すぐさまシエルとリンクし、躊躇することなくマーニャを担ぎ上げる。


 そして、食堂から街の入り口までの最短距離を結ぶラインを描き、出せる限りの最高速度で町の外に向かった。


 ダンジョンの薄暗い横穴を潜り抜け、最短で外に出られる火炎エリアを素通りした俺達は、そのまま大穴に飛び出す。


 食堂を出てからどれくらいの時間が経ったのか、正確に測れていないため、油断するわけにはいかない。


 担いでいるマーニャのことを配慮できない状況に、一人罪悪感を抱いていた俺は、大穴の縁にたどり着くと、その場に膝をついてうずくまった。


 走ったわけじゃないのに、呼吸が苦しい。


 荒い呼吸を繰り返して、なんとか落ち着きを取り戻し始めた俺は、そこでようやくマーニャの様子を伺う。


 担がれていたマーニャも、俺と一緒に地面に四つん這いになっている。


 彼女の頭にしがみ付いたままのデセオが、目を回している様子から、かなり揺れが激しかったらしい。


 すぐに謝罪しようと口を開きかけた俺は、しかし、頭上から掛けられた声を耳にして、口を噤んだ。


「おぉ、ギリギリだったよ。やるね。君は結構見どころがありそうだ。ご褒美として、チュテレールまでは私が連れて行ってあげるよ」


「え? ご褒美って……失敗してたらどうなってたんだ?」


「もちろん、チュテレールまで自力で飛んでもらうつもりだったよ」


「自力で? それってどういう?」


 まだ落ち着いていない呼吸のせいで、あまり頭が働かない俺は、エイミィの言う意味が良く分からなかった。


 そんな俺の様子を理解してか、エイミィは小さく首を傾げてみせる。


 途端に、彼女の身体が眩い光に包まれ、その光が膨張し始めた。


 咄嗟に目を両腕で覆った俺は、光が弱まるのを確かめて、エイミィの様子を伺う。


 そうして、俺達は初めて、1頭のドラゴンを目の当たりにした。


 金色の鱗に全身を覆われた、巨大なドラゴンが、俺達のことを見下ろしてきている。


 全長何メートルあるんだろうか。


 その偉大な姿を見て、俺もシエルもマーニャもデセオも、まるで身体を拘束されてしまったかのように、固まってしまった。


 まず間違いなく、彼女の姿はゼネヒットからも見えているはずだ。


 と言うか、先ほどまで俺達の町に攻め込んでいた魔法騎士達も、この姿を見ているんじゃないか。


 そう考えた俺が、穴の縁にある新しい基地に目を向けると、案の定騒ぎが起きている様子だ。


 ハウンズや魔法騎士達は、ここにドラゴニュートが現れたことを知って、どう行動するだろうか。


 ふと、俺はそんな小さな疑問を抱いた。


 しかし、その疑問は一瞬にして解消される。


 それも、エイミィの言葉によって。


「ほら、早く私の背中に乗って。大丈夫、これから1か月間、このダンジョンは私の従者が守るから」


 彼女がそう告げた直後、俺達の背後にあるダンジョンの大穴から、猛烈な突風が吹き上がってきた。


 何事かと背後を見上げた俺は、絶句する。


 エイミィとほとんど同じ大きさの、青いドラゴンが、大穴の中から飛び上がって来たのだ。


 空高く上昇した青いドラゴンは、ゆっくりとエイミィの傍に降り立ったかと思うと、低い地響きを起こして着地する。


「な……」


「彼が居れば、君達の町を狙う敵は、町に近づくことはできないでしょ? でも勘違いしないでね。私達が君達の手助けをするのはそこまで。積極的に敵を壊滅させるようなことはしないから」


 そう告げたエイミィは、ノソノソと動いて背中を見せたかと思うと、首を振って乗るように促してくる。


 思わずお互いの顔を見合った俺達は、意を決してエイミィの背中に乗った。


 背中にある突起物にしがみ付いて、振り落とされないようにした俺達は、そのまま彼女の上に乗って、空へと上昇する。


 瞬く間に雲を突き抜けた俺達は、気が付けばゼネヒットの見えない場所まで移動していた。


 空高くなのに不思議と息苦しくない状況に慣れ始めていた俺は、ふと、右手の方に視線を投げる。


 そこには、いつか見た巨大なセルパン川と、5本のメインブリッジが見て取れる。


 遥か下の方に、小さく見えるカナルトスの街を見て取った俺は、そのまま川に沿って視線を動かした。


 そうして、進行方向を見た俺は、雲を突き抜ける程の高さを誇る巨大な山を目にする。


「すごい……」


 隣でそう呟いたマーニャの声に、頷いて同意を示した俺は、高鳴る鼓動を感じながら深呼吸した。


 まず間違いなく、進行方向にある巨大な山が目的地だと思う。


 俺を呼んでいる存在のこと、これから起きること、ドラゴニュートのこと。


 色々と気になる物事に思いを馳せた俺は、本当に久しぶりに思った。


 楽しみだ、と。

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