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第186話 額に汗

 突然現れたエイミィは、どうやら俺達に対する敵意を持ち合わせていないらしい。


 警戒する俺達のことを見てもなお、朗らかな笑みと柔らかな所作を崩さない彼女の様子がその証拠だ。


 まぁ、俺達のことを『取るに足らない存在』として見ている可能性も、少しだけ残ってるけど。


 取り敢えず、立ち話をするのも変だと思った俺達は、その足で食堂に向かった。


 食堂に入るや否や、適当な椅子に腰かけるエイミィ。


 案内するまでもなく腰を下ろした彼女の様子に、少し気後れしていた俺達は、互いに顔を見合わせる。


「わ、私、お茶を淹れてきます!」


 そう言って厨房の方に走っていくマーニャの後姿を見送った俺は、エイミィと机を挟む席に腰を下ろした。


 そんな俺に続くように、他の皆も適当な椅子に座り始める。


 座っている間も、ジーッと俺を見つめて来るエイミィ。


 彼女の視線に耐えかねた俺は、思い出したように自己紹介を始めた。


「あ、えっと。俺はウィーニッシュって言います。ご存じだったみたいですが、一応初対面だったと思いますので」


「はい。丁寧にありがとう。会えてうれしいわ」


「ははは……ところで、さっき言ってたドラゴニュートって。本当なのでしょうか?」


「本当ですよ。私は正真正銘ドラゴニュートです。カナルトスに行ったことのある貴方なら、少しは聞いたことがあるんじゃないかな?」


「はい」


 彼女の問いかけに、俺は短く返事をする。


 そして、以前聞いた話を思い出した。


 カナルトスを支えている5本のメインブリッジは、かつてドラゴニュートと呼ばれる者が、魔法を駆使して作ったのだと。


 カナルトスへの道中に聞かされたその話を、俺はあまり気に留めていなかった。


 まさかこうして、ドラゴニュートを名乗る人物が直接押しかけて来るなんて、想像もしていなかったからだ。


「お待たせしました」


 俺が、もう少し詳しい話を聞いておけばよかったと考えていた時、お茶を持ったマーニャが厨房から戻って来た。


 そうして、エイミィや俺達の元にお茶を配り始める。


 流石に人数が多いので、途中からジェラールやイワンが手伝い始める。


 対面しているエイミィはと言うと、マーニャからお茶を受け取ると、柔らかな微笑みを浮かべながら、礼を口にした。


「ありがとう。このお茶はあなたが淹れたの? すごくいい香りがするわね」


「あ、はい! ありがとうございます」


 エイミィに褒められたことがよほど嬉しかったのか、マーニャは恥ずかしそうに喜んでいる。


「ところで、あなたのお名前を聞いても良いかな?」


「え? 私ですか? 私は、マーニャと言います」


「マーニャ……そう。なるほどね、それで……あぁ、ごめんなさい。気にしないでね。こちらの話だから」


 マーニャの名前を聞いたエイミィは、何かを考え込むような顔をしたかと思うと、1人で納得してしまったらしい。


 呟いた後、困惑しているマーニャに謝罪し、おもむろにお茶を口にする。


 釣られるようにお茶を口にした俺は、香りと温もりで心を落ち着けると、意を決して本題を切り出すことにした。


「それで、エイミィさん。今日は何をしにこんなところまで?」


「ふふふ。気になるよね、それ。全部話してあげたいんだけど、ここでは話せないことが多いの。だから、とりあえず私たちの住んでいる街、チュテレールまで着いて来てくれないかな?」


「チュテレール? それってどこに……?」


 どこにあるのか。


 単純な疑問を尋ねようとした俺の言葉は、しかし、驚くメアリーの声に遮られてしまった。


「チュテレール!? まさか、あの霊峰の!?」


 驚きのあまり立ち上がってしまった様子のメアリーは、視線が自らに集中していることに気が付くと、気恥ずかしそうに腰を下ろした。


 そんな彼女の様子を見ていたエイミィが、クスッと笑みを溢して告げる。


「えぇ。そのチュテレールよ」


「そんなに有名なのか……?」


 メアリーの反応を見た俺は、初めて聞いたその地名を頭の中で反芻しながら呟いた。


「私たちが住んでいるチュテレールは、霊峰アイオーンの頂上にあるの。そこには、セルパン川の水源もあるわ」


「あのセルパン川の水源が!? それは、想像しただけでもすごそうですね」


「どうかしら? 少しは来る気になった?」


 改めて問いかけて来るエイミィ。


 対する俺は、どうするべきかと頭を悩ませた。


 単純に行ってみたいという気持ちはもちろんある。


 ただ、観光に行くわけじゃないんだ。ドラゴニュート達の思惑がどういったものなのか分からない以上、迂闊に「はい」とは言えない。


 俺のそんな葛藤を知ってか知らずか、お茶を飲み切ったらしいエイミィは指を1本だけ突き立てたかと思うと、小さく告げた。


「1つだけ伝えておくね。君を呼んでるのは私達ドラゴニュートじゃない。君を守ろうとしているお方だよ。もちろん、君も良く知っているお方だ」


 誰のことだ?


 すぐに頭をフル回転させて考え始めた俺は、1つだけ思い当たる節があった。


 と言うか、今のエイミィの言い方的にそれ以外考えられなかった。


 いっそのこと、名前を出して確かめてみるか。と思った俺は、しかし、口を開けなかった。


 対面しているエイミィがにこやかに笑いながら、口に人差し指を添えたのだ。


 思ったことを話すなと言う意味か、それとも、他に意味があるのか。


 定かじゃないけど、従っておいた方が良い気がする。


 取り敢えず、推測があっているのなら、彼女の申し出を受けるほうが良いだろう。


 色々と分からないことは多いけど、最終的にそう判断した俺は、大きく深呼吸をした後に告げる。


「分かりました。チュテレールについて行きたいと思います」


「それは良かった。うんうん。私もその方が良いと思うよ。ところで、ここに私の知り合いがいると思うんだけど、どこにいるか知らない? とてもきれいな羽を持っている子なんだけど」


「きれいな羽?」


 突然の問いかけに、一瞬戸惑った俺は、しかし、食堂の中を見渡してみて気が付く。


 言われてみれば、ヴァンデンスがいない。


 いつもなら、こういう状況の時には必ず姿を見せている筈の彼がいないのは、少し変だ。


 食堂にいないとしたら、たぶん防衛班の詰め所だろう。


 そんなことを考えた矢先、食堂の扉が急に開け放たれ、息を切らしたヴァンデンスが駆け込んで来た。


 やけに珍しく慌てた様子の彼は、食堂を見渡してエイミィを見つけたかと思うと、額に汗を流して嫌そうな顔を見せる。


「え、エイミィさん……」


「あら、お久しぶりねヴァン坊。てっきり、久しぶりに会う師匠に、挨拶もしないのかと思ったわ」


「いやぁ、まぁ、色々と忙しくて……でもほら、こうして急いで駆けつけたんで」


 エイミィに対してそう告げたヴァンデンスの顔が、次の瞬間には真っ青に変化してゆく。


 なぜ彼がそれほどまでに慌てているのか。


 一瞬理解できなかった俺は、いつの間にかエイミィの姿が消えていることに気が付いた。


 つい今まで座っていたはずの席に、誰もいない。


 代わりに、入り口に突っ立っているヴァンデンスの目の前に、エイミィの姿があった。


 首を傾げながらヴァンデンスに顔を近づけるエイミィ。


 そんな彼女は、先ほどまでと対して変わりのない口調で、告げたのだった。


「忙しい? お酒の匂いがするけど?」

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