第185話 お迎え
ダンジョンでの防衛戦を終えた俺達は、カーズの一件や情報収集などを終えた後、一旦解散していた。
まだ警戒が必要な可能性もあるし、今のうちに休憩しておこうというのが皆の総意だ。
あの後、俺は食堂で軽く食事をしてから、自分の部屋に戻ってきている。
マーニャやメアリー、ジェラール達と食卓を囲んで食べたシチューは、やはり格別だった。
思わずよだれが出てきそうな光景を思い返した俺は、ベッドに横たわったまま、ふと思い返す。
それは、俺が食事中に尋ねた質問について。
シチューを口に含みながら、ふと1つの疑問を抱いた俺は、隣で同じようにシチューを食べているジェラールに聞いたんだ。
『そう言えば、さっきの爺さんの名前、知ってる?』
俺がそんなことを気にしたのには訳がある。
カーズの事や捕食の事について知っていた老人は、もしかすると、とある人物なのではないかと思ったのだ。
そう、カーブルストンで手に入れた例の本の著者、バンドルディアだ。
しかし、俺の推測は当てが外れていたみたいだった。
『ん? あぁ……なんだったっけか? たしか、グレアムって名前だったと思うぞ?』
『グレアム? 全然聞いたことないな……』
『まぁ、そうだろうな。元々カーズ達と一緒にこの町に来たはずだから、日も浅いはずだしよ。それにあれだ、あの爺さん、普段は殆ど人と話をしないんだぜ』
そう言ったジェラールがヤレヤレといった感じで肩を竦める様子を思い返した俺は、深いため息を吐く。
「どうしたの? ニッシュ。また考え事? 少しは寝ておいた方が良いんじゃない? 帰ってくるまでに色々あったんだし、疲れてるでしょ? 少なくとも、私はもうヘトヘトよ」
「そうだな、ちょっと寝るか」
俺の隣でへたり込んでいるシエルを見た俺は、彼女の言う通り、少し眠ることにした。
薄っぺらい布団で体を覆い、ついでにシエルにも布団を掛けた俺は、そのまま目を閉じて深い眠りへと落ちてゆく。
カーブルストンで起きた事、ケルベロスとオルトロスの事、アンナやアーゼンと話した事、捕食の事。
防衛戦の事、カーズとシェミーの事、泥だらけのマーニャの事。
意識が薄れてゆくまで、様々な事柄が頭の中を渦巻いてゆく。
気が付けば深い眠りについていた俺は、まどろみの中にいた。
薄っすらと暗い闇の中で、誰かに呼びかけられている気がする。
俺を呼ぶのは誰だ?
ずっと遠くから掛けられているようなその音は、まるで狼の遠吠えのようにも聞こえた。
『誰だ?』
そんな俺の問いかけは、周囲の闇に溶け込むように消えてゆく。
こちらから呼びかけても意味がない。
そう思った俺は、改めて耳を澄ましてみた。
意識を耳に集め、音を聞く。
すると、小さな音が少しずつ大きくなり、次第には耳をつんざくような音へと変化してゆく。
カンカンカンッ!! カンカンカンッ!! カンカンカンッ!!
なんてうるさい音なんだ。
そう思うのと同時に、鳴り響く鐘の音の意味を思い出した俺は、一気に意識を覚醒させた。
ガバッと上半身を起こして、ベッドから飛び起きた俺は、未だに鳴り響いている音の方、つまり、窓の外へと目を向ける。
「ニッシュ! 急いで行くわよ!」
俺と同じように飛び起きたらしいシエルが、窓に貼りつきながら俺を振り返って言う。
「分かってる!」
すぐに頷いた俺は、シエルの元に駆け寄ると窓を勢いよく開け放ち、そのまま窓の外に飛び出した。
いつも通り、俺の頭にしがみ付くシエルを無視して、俺は、ジップラインを描く。
目的地はもちろん、町の入り口だ。
「もう追撃が来たのか!? さすがに早すぎるだろ!」
若干の眠気を感じながら、そんな文句を言った俺は、警鐘の鳴り響いている町の入り口の様子を伺った。
今のところ、敵はここまで到達していないらしい。
そうなると、さっきの防衛線と同じように、どこかのエリアで迎え撃つべきか。
俺がそう考えた直後、町の入り口の様子が一変する。
突如として、まばゆい光が町の入り口に姿を現したのだ。
その光が強すぎるせいで、光源となっているであろう何者かの姿を確認することができない。
その光に向かって、防衛班が攻撃を仕掛けているが、全て空振りに終わってしまうようだ。
まぁ、光のせいで狙いを定めることができないので、仕方がないかもしれない。
ジェラールやメアリーだけでなく、カーズやクリュエル、そのほかの面々も、俺と同じように入り口に向かっている。
そうして、町の入り口にたどり着いた俺達は、動きを止めたらしい光の前に立った。
眩しすぎて直視できない光に、俺は声を掛ける。
「おい! それ以上進むなら容赦しないぞ! 引き返せ!」
「……」
対する光は全く返事をすることなく、ただ輝き続けている。
その様子に、引き返す意思がないと判断した俺は、意を決して戦闘態勢に移行する。
しかし、俺が攻撃を仕掛けるよりも早く、光が動いた。
一瞬にして俺の眼前に移動してきた光は、瞬きながら光量を増してゆく。
「っ! このっ!!」
咄嗟に自分の周りを殴りつけて攻撃をしようと思った俺だが、全て空振りに終わった。
そのまま、光量を増してゆく光に耐え切れず、俺が目を腕で覆った瞬間。
唐突に、光が消えた。
そして、1人の女性が、俺の目の前に姿を現す。
体系は華奢で、スレンダーなその女性は、美しく輝く金髪を持っている。
ウェーブのかかったロングヘアを、これほど美しく保つのは、どれほどの手間がかかるんだろう。
瞳の色は鮮やかな赤色をしていて、思わず見とれてしまいそうなほど、綺麗だった。
一目見て、その美しさに目を奪われない人は居ないだろう。
しかし、彼女はそれ以上に目を引く異質なものを、背中に持っていた。
それは、巨大な翼。
アンナがリンクした時に生やすような、羽毛の翼ではない。
言うなればドラゴンの持っていそうな、翼だ。
よく見れば、彼女の頭には2本の角のようなものが生えている。
それらの特徴もまた、俺にドラゴンを連想させる。
突然現れた女性の姿を見て、微動だに出来なかったのは俺だけじゃないらしい。
周りにいる皆も、彼女の姿を見て茫然としているようだ。
既に敵対する意思を無くしてしまっていた俺は、一度唾を飲み込むと、ゆっくり彼女に語り掛けた。
「あ、あの、あなたは?」
俺の問いかけに、女性は朗らかに答える。
「こんにちは、私はエイミィ。ドラゴニュートのエイミィよ。よろしくね」
そう告げたエイミィは、間髪入れずに言葉を続けたのだった。
「あなたがウィーニッシュ君で合ってるのよね? 私は訳あって、あなたを迎えに来たの。少しお話しできるかな?」