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第183話 理想か希望か

 思ってもみなかった返事を聞き、俺は十数秒もの間、何も言えずに立ち尽くしてしまった。


 シェミーはカーズのバディではない。


 それだけなら、なんとか自分を納得させることができたかもしれない。


 俺の知り得ない人物のバディが、彼に纏わりついているとか。


 少し強引な気もするけど、絶対にない話とは言い切れない。


 だけど……。


 シェミーがカーズの娘を捕食した?


 そんなことがあるのだろうか。と考えた俺は、直後、自分が持っていた思い込みに気が付いた。


 全ての人間が生まれながらにして共生している存在、バディ。


 そんなバディは、文字通り人間と一心同体なのだ。


 この世界での常識。


 だとするなら、人間にできることがバディにできても、何ら変な話じゃないだろう。


 俺とシエルは、あくまでも対等な存在であって、どちらかが飼い主というわけじゃないんだ。


 今更そんなことに気が付いた俺は、部屋中に漂う重たい空気に耐え切れず、視線を足元に落とした。


 そうして、大きなため息を吐く。


 この気持ちは何だろう。


 怒り? 呆れ? 悔しさ?


 胸をざわつかせるような、そんな感情じゃない。


 どちらかというと、この世界で何度も味わってきた、静かな感情。


 それを感じた瞬間、俺はふと、自分の両手の甲に目をやった。


 以前であれば、手の甲にある紋章が光を放っていてもおかしくない。


 しかし、俺の視界に移る紋章は、うっすらとしたままだ。


 もう、訳が分からない。


 思わず、そんな泣き言を呟こうとした俺の右手を、隣にいたマーニャがそっと撫でてくる。


「ニッシュ……さん? 大丈夫ですか?」


「マーニャ。あぁ。大丈夫だよ」


「でも、なんか……」


 小さな声でそう言った彼女は、困惑した目で部屋中を見渡す。


 そんな彼女の視線に釣られるように、俺も部屋の中を見渡した。


 黙ったままでいるカーズとクリュエルは、酷い表情で、足元に視線を落としている。


 そんな二人と俺を交互に見比べる他の皆の表情は、はっきり言うと、困惑しているようだった。


 なぜ驚愕ではなく困惑しているのか。


 浅く考えた俺は、すぐに理由に気が付く。


 皆は捕食について知らないんだ。


 だから、クリュエルやカーズが捕食したと聞いても、事情を飲み込めていない。


 中には、クリュエルにバディが居ないことや、シェミーがカーズのバディじゃないなどの話を聞いて、察している者もいるみたいだが……。


 黙ったまま、疑問を口にできない様子の皆を見渡した俺が、何か声を掛けようとした時。


 意外にもマーニャが、口を開いた。


「あの……すみません、1つ教えて欲しいんですけど」


 老人にそう声を掛けたマーニャは、躊躇することなく言葉を続ける。


「捕食って、何ですか?」


 その質問を待っていたかのように、目を輝かせた老人は、この場に似合わない笑みを浮かべながら言葉を並べ始める。


「気になるのかい? お嬢ちゃん。いいだろう、教えてやろう。捕食とはすなわち、自らのバディを喰らうことで、常人を超越した力を得る手段じゃよ。逆もまたしかり。じゃがな」


「喰らう……!? え、それじゃあ……!?」


 驚きのあまりに動揺するマーニャ。


 そんな彼女の動揺が広がるように、部屋の中には息を呑む音が伝播していった。


「バディを、食った?」


 ぽつりと、そう呟いたのは、ジェラールだ。


 彼はまるで信じられない者でも見るように、カーズとクリュエルを見る。


 そうして、困惑した表情のまま、もう一度呟いた。


「なんでそんなことしたんだ?」


 彼の言葉を合図にするように、部屋中の視線がカーズとクリュエルに注がれる。


 誰も口にはしないが、彼らに注がれる視線には、薄く濁った不信感のようなものが含まれている気がした。


 俺も皆と同じように、カーズとクリュエルに視線を向ける。


 大勢の人間に見つめられたまま、部屋の片隅に立ち尽くしている2人。


 そんな様子を見た俺は、生まれて初めて、2人がとても小さくてか弱い存在に見えてしまった。


 モノポリーのメンバーとして暴れていた時の面影など、全くない。


 2人の姿を見ているうちに、妙な息苦しさを覚えた俺は、深呼吸する。


 そうやって頭の中を整理した俺は、その過程で息苦しさの正体を見つけた。


 前の人生で、カーズがゼネヒットを襲撃した事件。


 あの時のカーズは、バーバリウスの屋敷を焼き払い、おまけに多くの兵士を黒焦げにして回っていた。


 それほどまでに深い憎悪が、彼の中に渦巻いていたんだろう。


 理由は明白。


 そして、それを理解してしまえば、さっきのジェラールの問いかけに対する答えも、見えてくる。


 そこまで考えた俺は、今度こそ沸き立つ怒りを胸の中に感じながら、口を開く。


「なんでそんなことをしたのか。俺達が聞くべきことは、そんなことじゃないな」


 一度言葉を切った俺は、改めて部屋中の皆を見渡す。


 重たい空気の中、黙り込む皆に向けて、俺は再び言葉を並べる。


「どうして俺達は、ゼネヒットから逃げ出して、ダンジョンの中で生活している? ただ生きる為か? 呼吸をして、まずい飯を食って、一日中働かされた挙句、硬い床で寝て、虐げられて。そんな生活から逃げ出すためだろ? 大切なものを全て奪われて、ここに逃げ延びたんだろ? あんな生活はもう嫌だから、みんなで頑張ってこの町を作ったんだろ?」


 言いながら涙が込み上げそうになった俺は、一度そこで深く息を吸い込むと、話を続けた。


「2人がどんな事情で捕食したのか、知らない。知らないからこそ、さっきはあんな言い方をしてしまった。カーズ、クリュエル。すまない。本当に申し訳ない」


 しばらくの間、深々と頭を下げた俺は意を決して顔を上げると、カーズの目を見つめながら続ける。


「その上で頼みがある。全ての元凶を、バーバリウスをぶっ飛ばすために、一緒に戦ってほしい」


 俺の言葉を聞いたカーズは、しばらく黙ったまま、俺の目を見返してきた。


 どれくらいの時間が経ったのか、部屋の中の沈黙が淀み始めた頃、ゆっくりとカーズが口を開く。


「俺の娘は、ハウンズのとある施設に誘拐された」


「……!?」


 彼の言葉を聞いたクリュエルが、カーズの隣で目を見開いて驚いている。


 しかし、クリュエルの様子など知らぬ顔で、カーズは話を続ける。


「娘を取り戻すため、その施設に侵入した俺は、施設の中で大勢の子供たちを見つけた。全員、娘と同じくらいの年齢の子供だった。けど、その中に娘は居なかった。そうして、ようやく見つけたのが、シェミーだ。元々はピンク色の犬型のバディだったシェミーが、今の姿で施設内の小さな部屋に監禁されていたんだ」


「そんな……」


 カーズの言葉を聞いて、誰かが小さく声を漏らす。


「娘は既に、シェミーに捕食された後だった。妻も、娘が攫われたときに命を奪われた。俺はもう、何も失うものはない。どんな手を使ってでも、復讐する。それで構わないなら、力を貸そう」


 そう言って、口を堅く結んだカーズは、強い眼差しを俺に向けてくる。


 対する俺は、気圧されそうになりながらも、告げた。


「助かる。でも、1つ言わせてくれ。俺が望んでるのは復讐の手伝いじゃない。一緒に戦ってほしいんだ。俺を守って欲しいわけでも無いし、町を守って欲しいわけでも無い。一緒に、この理不尽な世界に立ち向かってほしい。寄り添っていて欲しい。俺もできる限り、そうするつもりだから」


 俺の言葉を聞いたカーズは一瞬眉を顰め、小さく呟いた。


「理想か」


 あまり乗り気ではない様子のカーズに、俺は改めて言う。


「希望だ」

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