第182話 信頼
そうして、3つのエリアの防衛に成功した俺達は、捕虜を1名確保した。
一応、敵の増援が来ることを警戒して、ダンジョンの大穴付近まで斥候を出した後、防衛班の詰め所に向かう。
他のエリアに応援に行こうとも思ったけど、先に捕虜のジャックを閉じ込めておきたいのもあったんだ。
俺とカーズでジャックを脅し、リンクを解除させた上で目隠しをする。
もっと抵抗するのかと思っていた俺は、あまりに従順な彼の態度に少し驚いた。
とはいえ、演技の可能性もあるので、拘束はきつく施し、武器と防具も没収している。
魔法を封じるために、彼らの身体を拘束しているロープに爆霧草をいくつも仕込んでいる。
これでもし魔法を使えば、即座に身体が燃え上がるはずだ。
そんな状態のジャックとバディのアランを、詰め所2階にある別々の個室に閉じ込める。
後は見張りを防衛班の誰かに任せて、俺は階段を降りた。
1階には既に、防衛に出ていたメンバーが全員揃っている。
見た限り、誰一人として大きなけがは負っていないみたいだ。
なぜか泥だらけのマーニャの傍に向かって歩み寄った俺は、彼女に声を掛ける。
「マーニャも、怪我はなさそうだな。それはそうとして、なんでそんな泥だらけなんだ?」
そんな俺の問いかけを聞いた彼女は、少し恥ずかしそうに告げる。
「ウィーニッシュさんも、無事でよかったです。この泥は、その。本当はすぐに落としたいけど……」
言葉を濁らせる彼女を見かねたのか、すぐ傍に立っていたジェラールが言葉を挟んできた。
「この泥はマーニャが町を守ったことの証明みたいなもんだぜ。多分、俺一人だったら、突破されてたしなぁ……はあ、マジで情けねぇよ」
「ちょ、ジェラールさん!? 何を言ってるんですか!? べつに私が何かしたわけじゃないですし、それに……」
「おいおい、謙遜するなよ。マーニャの機転が無かったら、俺は絶対に負けてたぞ?」
本気でへこんでみせるジェラールと、焦りと恥ずかしさに顔を赤く染めるマーニャを見た俺は、思わず笑みを溢してしまった。
「カナルトスの時も思ったけど、マーニャって結構、機転が利くよな」
「そ、そんなこと……」
なぜか必死に言い訳をしようとするマーニャが、言葉を続けようとしたその時。
詰め所の玄関が開き、ヴァンデンスが入ってきた。
一応、今回の防衛戦の指揮を執っていた彼の登場に、部屋中の全員が静まり返る。
静寂の中、部屋の中心に向かったヴァンデンスは、テーブルに腰を預けると、いつも通りの口調で話し始める。
「ん? なんでみんなそんなに緊張してんの? せっかく勝ったんだから、酒でも飲みながら話そうじゃないか」
飄々と言ってのけるヴァンデンスの言葉を聞いた俺達は、いつものことだと半ば呆れながら聞き流した。
しかし、唯一彼の言葉に反応を示した者がいる。
「はっ! 酒があんのか!? いいじゃねぇか!」
そう言ったのは当然、アーゼンだ。
スキンヘッドと腕に装着したガントレッドが特徴的な彼の出で立ちは、部屋にいるメンバーの中でも異彩を放っている。
ドレスと仮面を身に着けているメアリーと並ぶくらい変だ。
「なんでこちらを見ていますの?」
気づかないうちにメアリーに視線を向けていた俺は、彼女から飛んでくる怒気の籠った視線に耐えかねて、視線を逸らした。
とにかく、このまま話が進まないのでは集まった意味がない。
気を取り直した俺は、一つ息を吐いて、話を始める。
「まぁ、祝勝会はあとでするとして、今は情報共有をしよう。こちらの被害は殆ど無し。魔法騎士を1名捕虜にした。現状はこんなところか?」
「お、良いね、少年。おじさんはどうも仕切ったりするのは得意じゃないもんでね、後は任せたよ。ちなみに、今の少年の認識はおおむね合ってる。おまけに、戦力も増えたみたいだしね」
まるで俺の言葉に茶々を入れようとしているようなヴァンデンスの言葉に、若干苛立ちを感じたが、ここは耐えよう。
文句を言っても仕方がない。
そのまま話を進めようと口を開きかけた俺は、しかし、カーズによって話を遮られた。
「情報共有の前に、一つ聞きたいことがある」
そう言ったカーズは、まっすぐにヴァンデンスを睨みつけて、淡々と告げた。
「今回の防衛に置いて、なぜ、あんたは力を発揮しなかった?」
彼の言葉を聞いた全員の間に沈黙が降りてくる。
確かに、ヴァンデンスはリンクすることで、分身を生み出すことができる。
しかし、俺が見た限りでは、火炎エリアに彼の分身は居なかった。
ただ、底に関して俺は、あまり疑問を感じていない。
なぜなら、ヴァンデンスとはそういう男なのだ。
何を考えているのかは分からないけど、彼は俺達が自分達で問題を解決するように促しているような傾向がある。
案の定、カーズの質問を聞いたヴァンデンスは、ニヤリと笑みを浮かべると、小さく呟いた。
「そのおかげで、いい経験ができたろう?」
「ふざけているのか!?」
おちょくるようなヴァンデンスの態度に、カーズが激高する。
しかし、ヴァンデンスが態度を改めるわけがない。
「ふざけてなんかいないさ。おじさんは至極真っ当な考えに基づいて行動しているつもりだぞ? それとも……」
そこで言葉を区切ったヴァンデンスは、急に真顔に戻ると、まっすぐカーズを見つめながら尋ねる。
「おじさんことを信頼できないと思った?」
その言葉を聞いて顔をしかめるカーズ。
対するヴァンデンスは再び笑みを浮かべると、俺に視線を投げてくる。
彼の視線を受けた瞬間、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
なぜか、今のこの話の流れすらも、ヴァンデンスにとっては全てお見通しだったように思えてならない。
思い通りになるのは癪だけど、他にタイミングも思いつかなかった俺は、思い切って口を開いた。
「信頼。か。そういう意味で、俺も一つだけ聞いておきたいことがある」
そう前置きした俺は、カーズの隣にいるクリュエルに目を向けて、問いかけた。
「クリュエル。バディはどこに居るんだ?」
俺の腹の中でぐるぐると渦巻いていた疑念。
ようやくそれをぶちまけて、小さな満足感と大きな不安を抱いた俺は、彼女の返事を待つ。
しかし、俺の質問を聞いたクリュエルは、口をキュッと結んだかと思うと、険しい表情のまま固まった。
何か話したくない事情でもあるのか。
脳裏をかすめた疑問を振り払うように、一旦目を閉じた俺は、彼女の隣のカーズに目を向ける。
そして、同じ質問を繰り返した。
「クリュエルのバディはどこに居るんだ?」
言いながら、俺は喉から飛び出てきそうな言葉を、必死に飲み込む。
『クリュエルにバディの捕食をさせたのか?』
自らは行わず、仲間だけに捕食をさせているのか。
もしそうなのだとしたら、そこにはどんな事情があったのか。
場合によっては、カーズを仲間と認めるわけにはいかなくなる。
「ウィーニッシュさん……?」
俺から自然と漏れ出る怒りに気が付いたのか、隣にいるマーニャが小さく呟いた。
そんな彼女を意識的に無視した俺は、鋭くカーズを睨む。
対するカーズは、何かを観念したかのように、ゆっくりと口を開いた。
「クリュエルはバディを捕食している」
「……それは、お前が強制したのか?」
「……そう認識してもらって構わない」
カーズのその言葉を聞いた俺は、込み上げる怒りを全力で抑え込んだ。
「ウィーニッシュ。誤解しているようだが、私は自らの意思で……」
「自分はせずに、仲間だけに捕食させたってのか?」
カーズの言葉をフォローしようとするクリュエルに対して、俺は思わず言葉をかぶせてしまう。
どちらにしろ、クリュエルが自分から率先して捕食したんなら、最初の質問の時点でそう答えているはずだ。
未だに黙りこくったままのカーズを見ているうちに、苛立ちが増幅してしまう。
なんとか冷静さを取り戻そうと、俺が大きく深呼吸をしたその時。
聞きなれない声が、2階へと続く階段の方から聞こえてきた。
「自分はせずに? ふぉふぉふぉ。何を言っておる。カーズも自らのバディを捕食しとるはずだ」
階段を降りて来るその声の持ち主は、どこか切ない表情を浮かべた老人だった。
どこかで見たことのある老人。
すぐに記憶を探った俺は、この老人のことを思い出す。
前回の記憶や今回の人生で、カーズと対面した時に居た老人だ。
影が薄くて、話は殆どしたことが無い。そのせいで、俺は彼の名前を知らない。
そんな老人に対して、俺は疑問を乱暴に投げつける。
「カーズがバディを捕食している? じゃあ、シェミーは誰のバディなんだよ」
答の分かり切っている問いかけ。
そう思っていた俺は、しかし、老人の答えを聞いても、一瞬理解できなかったのだった。
「シェミーはカーズの娘のバディじゃ。そして、その娘は既に、シェミーによって捕食されている」