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第180話 まとわりつく雪と泥

 ウィーニッシュとアーゼンとゲイリーが、各々の目的地に向かって走り出した頃。


 白い風が吹き荒れる氷雪エリアに、何かが崩れるような轟音と地鳴りが響いていた。


 それらの音を耳にしながら地面を転がった私は、身に纏っていたドレスが雪の水分を吸収し始めていることに気が付く。


「最悪ですわね……」


 雪に交じっていた泥のせいで、汚れがついてしまったドレスを叩きながら、呟く。


 そうして眼前に意識をやった私は、深紅の髪を持っている騎士、ピエールを睨みつけた。


「フハハハハ!! どうした女よ! ドレスが汚れてしまっているぞ? 着替えは持っていないのか? なんなら、着替えのために退いても良いのだぞ? まぁ、我らはその間に進ませてもらうがな」


「馬鹿にしないでいただけます!?」


 安い挑発とは分かっていても、つい怒りがこみあげてしまった私は、そんなことを叫ぶと同時に両手を振るった。


 その手の動きに合わせるように私の眼前に出現した氷の槍は、敵に向かって放たれる。


 空気を切り裂きながら飛んで行く槍を見届けながら、もう一度腕を振るった私は、再び槍を出現させると、間髪入れずに発射する。


 立て続けに放たれた氷の槍は、全てピエールの元へと突き進む。


 が、どれ1つとして有効打にはなり得なかった。


「このようなもの、我にとっては児戯に等しい!!」


 わざわざそのようなことを叫びながら大剣を構えたピエールは、槍に向かって跳躍したかと思うと、横に薙ぐように剣を振るう。


 そんな大剣の軌跡を描くように空中に現れたのは、炎の線だ。


 まるで、空間が焼けているかのように宙に留まる炎は、瞬く間に氷の槍を溶かしてしまう。


「忌々しいですわね」


 やっぱり、氷と炎では相性が悪いのか。


 未だに決定打を与えることができていない私は、焦燥感に駆られながら次の一手を考えていた。


 とはいえ、ピエールの攻撃も私には届いていない。


 パワー自体は敵の方が上だけど、スピードはこちらの方が上なのだ。


 そのうえで私が攻撃を当てることができていないのは、ひとえに、経験値の差だと思う。


 反撃とばかりに、私に向けて突進を仕掛けてこようとするピエールとライを見た私は、回避するために跳躍しようとした。


 その時、私の動きを見たピエールが叫ぶ。


「そろそろこのパターンは終わりにさせてもらおう!! ライ! やれ!!」


「おうよ!!」


 そう叫んだライは、背中にピエールを乗せたまま、前足を高く上げたかと思うと、その前足を振り下ろして地面を激しく振動させた。


 今にも跳躍しようとしていた私は、一瞬バランスを崩しかけたが、ギリギリで風魔法を展開し、宙に飛び上がる。


 だけど、当然ながら私のその行動は、完全に読まれていたわけで。


 地面を激しく叩きつけたライは、その反動でひび割れた地面の亀裂に角をめり込ませると、大きな岩を掘り出してしまった。


 そうして、掘り出した岩を、器用に私目掛けて放り投げてくる。


 咄嗟に風魔法を使って、岩を避けた私は、しかし、岩の陰に隠れて跳躍していたピエールに反応できなかった。


 視界の端で大剣を振りかぶっているピエール。


 そんな彼を見て、無意識にガードしようとした私は、胸元で隠れていたルミーが飛び出したことに気が付く。


 直後、私は背中に強烈な衝撃を受けたかと思うと、硬い地面に叩きつけられた。


「きゃぁ!!」


 全身に痛みが走り、満足に体を動かせない。


 背中には先ほど飛び出したルミーがいるようで、力なく横たわっている感触だけが伝わってくる。


 頭上から落下してくるピエールと、私に向かって走って来るライ。


 ものすごい勢いで突っ込んでくるライの姿を見ながら、私は絶望する。


 微かに聞こえるイワンの叫び声を聞きながら、半ば諦めかけていたその時。


 何かがはじけ飛ぶような音が、氷雪エリア全体に響き渡った。


 直後、ライの背後から2つの影が飛び込んでくる。


 1つは、ライの背後から姿を現したかと思うと、その武骨な腕でライの角を鷲掴みにし、勢いに任せてライの頭部を地面に叩きつけた。


 もう1つは、鋭い角度でライを飛び越えたかと思うと、私の元に落下しているピエール目掛けて、蹴りを撃ち込んだ。


 ピエールはギリギリのところで蹴りを察知し、大剣で受けたらしい。


 が、防御が完全に出来たわけでは無かったらしく、ものすごい勢いでエリアの壁に吹っ飛ばされていく。


 そうして、ピエールの代わりに私のすぐ傍に落下してきたのは、細長い足を持った謎の生き物だった。


「ふぅぅーーーー!! 温まって来たぜぇ!! 次、次はどいつが相手だぁ!?」


 なぜか興奮気味のその謎の生物は、辺りを見渡しながら拳をぶんぶんと振っている。


 そんな様子を茫然と見るしかできなかった私は、動かなくなったライの腕に座っている人物に目をやった。


 スキンヘッドに武骨なガントレッドをつけているその男は、足元のライを一瞥したかと思うと、私の元に歩み寄ってくる。


 そうして、謎の生き物の隣に立つと、私を見下ろして言った。


「ん? おめぇがメアリーか? 絶対にそうだよな。ウィーニッシュの小僧が言ってた通りだぜ。変な仮面にドレス姿の女」


 変な仮面にドレス姿!?


 ウィーニッシュの中の私のイメージがそんな風になっていることに、若干の憤りを覚えつつ、私はゆっくりと立ち上がった。


 抱いた憤りはひとまず脇に置いて、私はウィーニッシュの名前が出たことに安堵しながらも、スキンヘッドの男に返事をした。


「そうですわ。それより、あなたは誰なのですか?」


「俺はアーゼンだ。こいつはバディのロウ。で、残りの敵はどいつだ?」


「今、あなた方が倒したのが恐らく最後ですわ。ただ、まだ潜伏している騎士がいる可能性は考えられます」


 私がそう告げた直後。


 眼前にいたはずのアーゼンが、唐突に私の腕を掴むと、力強く引っ張り背後に放り投げた。


 急なことで反応できなかった私は、ゴロゴロと地面を転がると、文句を言うためにアーゼンを睨みつける。


 が、喉まで出かかっていた文句を、私は口にすることができなかった。


「貴様、中々やるではないか!」


「てめぇこそ、ロウの蹴りを受けて生きてんのか、流石は魔法騎士様ってところか? まぁ、俺の敵じゃねぇがな」


 いつの間にか接近していたらしいピエールの大剣を、右手のガントレッドで受けているアーゼン。


 その立ち位置的に、私は完全に守られたらしい。


 開いている左手で反撃を試みようとするアーゼンに対し、分が悪いと考えたらしいピエールは、大きく後ろに跳躍する。


 そうして、ピエールが今一度大剣を構えた時、ピシッと言う乾いた音が、辺りに響き渡った。


 直後、ピエールの持っていた大剣がひび割れ、崩れ落ちてしまう。


「ふむ……」


「決着はついたみてぇだな」


 ニヤッと笑みを浮かべるアーゼンと、不機嫌そうに口を噤むピエール。


 流石に敵わないと思ったらしいピエールは、手にしていた剣の柄を背後に放り投げると、深いため息を吐いた。


「今回はこんなところか。武器が壊れてしまっては仕方あるまい。退却だな」


「逃がすと思ってんのか!? この野郎!」


 未だに余裕を見せるピエールの様子が癪に障ったのか、怒りを顕わにするアーゼン。


 それに対して、相変わらず余裕の表情のピエールは、アーゼンを無視して倒れたままのライに声を掛ける。


「いつまで寝ているつもりだ? ライ、起きろ!!」


「うるせぇなぁ。くそっ、頭痛てぇ。覚えてやがれよスキンヘッド野郎」


 ピエールの声掛けに、そんな悪態を吐いてのそりと起き上がったライは、それだけを言い残すと、急に走り出した。


 進行方向には立ち尽くしているピエールがいる。


 そんなライの疾走を妨害しようと、アーゼンとロウが動くが、ライの走りは止められない。


 そのままピエールと合流を果たしたライは、脱兎のごとく走り去ってしまった。


 てっきり、そんな彼らを全力で追いかけるものと思われていたアーゼン達は、意外にも後姿を見送っている。


 取り敢えず、危機は去ったのだと安堵した私は、立ち尽くしているアーゼンの元に向かった。


「追わなくて良かったのですか?」


「どうせまた襲撃に来るから、今は追い返すだけで良いんだとよ」


 そう答えるアーゼンは、言葉とは裏腹にどこか腑に落ちていない様子の表情だ。


 きっと、ウィーニッシュから何か言われているんだろう。


 そんな風に自分に言い聞かせて納得した私は、気を取り直して、町に続く横穴の方へと歩いた。


 今回は何とかなったけど、次はどうなんだろう。


 脳裏をかすめるそんな不安を振り払うように、私はドレスに纏わりつく雪と泥を払ったのだった。

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