第179話 遅い帰還
マーニャとゲイリーが合流する少し前。
カーブルストンからゼネヒット近くまで帰って来ていた俺とアーゼンは、ダンジョンの大穴の縁で大暴れしていた。
ダンジョンの入り口付近に、国のものと思われる仰々しい基地が作られていたんだ。
幸い、基地にはあまり人間はおらず、俺とアーゼンの2人だけでも、十分制圧することができた。
そのまま、ダンジョンの中に入ろうと思った俺達は、ふと気づく。
敵の基地だとしたら、武器や防具もあるのではないだろうか、と。
そうして今、持てるだけの物資を持った俺とアーゼンは、同じように袋を担いでいる20人を引き連れて町に向かって走っていた。
大穴の壁に沿うように作られている細い道を走りながら、俺は頭を働かせる。
『上の基地は間違いなく、俺達の町に侵攻するための拠点だよな。でも、殆ど人がいなかったのはなんでだ? もしかして、もう侵攻が始まってるとか……』
妙な胸騒ぎを覚えながら走る俺は、加速したい衝動を押さえつつ、背後に目をやる。
荷物を抱えた状態の一般市民が20人。
彼らにこれ以上の負担を強いるのは、あまり望ましくないだろう。
ただでさえ、子供にも荷物を持ってもらったりしているのだ。
焦った結果、転んだ誰かが持ってきた武器でけがをしたなんてことになったら、目も当てられない。
もどかしさと焦燥と、そして不安を抱えたまま走っていた俺は、頭の上に乗っていたシエルの声を聞いて、足を止めた。
「ニッシュ、この先の横穴から人の気配がするわ!!」
「皆止まれ!」
即座に足を止め、俺とアーゼンは互いに目配せをする。
手にしていた袋をそーっと地面に置いた俺は、1人でその横穴に向かって歩み寄った。
そして、気配を伺いながら横穴の中を覗き込む。
しかし、そこには誰もいなかった。
「ん? シエル、誰もいないぞ?」
周りに聞こえないように、俺は小さく問いかける。
「あれ? ……おかしいわね。確かに、誰かが歩く足音が聞こえたんだけど」
釈然としない様子のシエルがそんなことを呟いた時。
俺は横穴の中にある岩の陰から、人影がスッと現れたのを確認した。
「隠れてやがった!」
咄嗟に身構え、その人影に向かって右手を伸ばした俺は、騎士の姿をしたその人影を、横穴の壁に貼り付けようと、ラインを描く。
しかし、そのラインが効果を発揮することは無かった。
というより、俺は魔法を発動しなかった。
なぜなら、姿を現した騎士の姿が、非常に見慣れたそれに変化したからだ。
フードを深々とかぶった男。見間違えるわけもない、ゲイリーだ。
「ゲイリーか?」
警戒を続けながら問いかけた俺の言葉に、ゲイリーが短く返事をする。
「そうだ。想定より遅い帰還だな」
彼の口調と声を聞いた俺は、ホッと胸を撫で下ろすと、構えを解いて一歩後ずさる。
そうして、俺の方を見て警戒を続けているアーゼン達を手招きして、安全を報せた。
一応、軽く警戒したままのアーゼン達が歩み寄ってくる様子を横目で見ながら、俺は正面に立つゲイリーに声を掛ける。
「こんなところで何をしてたんだ? それに、騎士の格好をしてたような気がするんだけど……」
「隙を伺っていた。それと、お前たちの帰りを待っていた」
「隙? それってどういう意味?」
頭の上のシエルが問いかけると、ゲイリーはなんてことないことのように告げる。
「今、町は魔法騎士の襲撃を受けている」
「は!? それは本当か!?」
「本当だ。俺がゼネヒットで襲撃のことを知った時には既に、ダンジョンの入り口に基地が作られていた。そのまま町に戻るのは危険と判断し、奴らに奇襲を仕掛けるために策を弄していたが……」
そこで言葉を区切ったゲイリーは、俺とアーゼンを交互に見比べると、まるで同意を求めるように問いかけてくる。
「もはや策など不要だろう?」
「はっ! なんだなんだ? もしかして、目的地が無くなったなんて言わねぇよなぁ!?」
「落ち着けって、アーゼン。皆がそんな簡単に負けることはない。そうだろ? ゲイリー。で、今はどんな状況なんだ?」
不安そうにしているカーブルストンの住民達にも聞こえるように、気丈に振舞いながら、俺は状況を確認する。
「敵は3つに分かれて侵攻を始めた。森林エリアと氷雪エリアと火炎エリア。中でも火炎エリアには、カナルトスに居たジャック・ド・カッセルという魔法騎士が向かっている」
「あのライオンを連れてる騎士ね……結構な強敵ね」
「面白そうじゃねぇか!! そいつ、俺と戦わせろよ!!」
ゲイリーの説明を聞いたシエルとロウが、各々の感想を述べる。
そんな2人を無視したゲイリーは、そのまま説明を続けた。
「ちょうどこちらも3人だ、このまま敵の背後から奇襲をかけるのが良いだろう。問題は……」
一度言葉を区切ったゲイリーは、アーゼンの背後にいる20人の様子を伺った。
まぁ、言いたいことは分かる。
魔法騎士との戦いに、一般人である彼らを巻き込むのは危険すぎる。
つまり、俺とゲイリーとアーゼンのうち一人は、彼らを安全に誘導しなくちゃならない。
「皆を連れて行くなら、迷いなく森林エリアだよな。なおかつ、出来るだけ接敵は避けた方が良い。俺は正直、そんな器用なマネ得意じゃないし……」
そう言った俺は、隣に立っているアーゼンを見上げた。
そして、想像する。
茂みや木の陰に身を隠しながら、大勢を引率するアーゼンの姿。
いや、無理だ。想像できない。
「お前らはここで待ってろ」と大声で言い放ち、立ちはだかる敵を一掃しに向かいそうな姿しか想像できない。
まぁ、勇ましいんだけど。
訝しむように俺の顔を見て来るアーゼンから視線を逸らした俺は、ゲイリーに依頼する。
「ゲイリー、皆のことを頼めるか?」
「問題ない」
元よりそのつもりだったのか、ゲイリーは短く応えながら頷いた。
そんな彼の様子を見て、俺はアーゼンに向き直る。
「それじゃあ、俺は火炎エリアに向かうことにするよ。アーゼンとロウは氷雪エリアに向かってくれ」
「はぁぁぁ!? おい、俺は火炎エリアに行くぞ! そこに強い魔法騎士が居るんだろ!? 戦わせろよ!」
俺の言葉に憤慨するロウを、一瞥したアーゼンは、フンッと鼻を鳴らした後ゆっくりと口を開いた。
「俺はどこでもいいけどよ、どっちにしろ、そのエリアがどこにあるのか知らねぇぞ?」
言われてみれば確かに。
そう考えた俺が、どうしたものかと考えようとしたその時。
フッと右手を前に伸ばしたゲイリーが口を開いた。
「そう言うことなら、俺のバディを貸してやろう」
「は?」
ゲイリーのバディ?
見たことも聞いたこともないその存在に驚いた俺は、唐突に姿を現したそれを見て言葉を失なう。
突き出されたゲイリーの腕にしがみ付いている、カメレオン型のバディ。
その姿を見た俺は、深く納得するとともに、安心する。
「よし、それじゃあ、こいつの誘導する先で、魔法騎士をぶっ倒せばいいんだな!? そう言うことなら、俺も手を貸してやるよ」
なぜかテンションが上がっているアーゼンは、そう言ったかと思うと、おもむろに例の笛を取り出し、吹き始めたのだった。