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第178話 退却宣言

 飛来した無数のフレイバットは、バタバタと翼をはためかせながら、私の頭上を通過していった。


 完全にこちらのことを無視したのかと思った私は、しかし、それが思い違いだということに気が付く。


 帯のように群れを成して飛ぶフレイバットは、その黄色い瞳で、私のことを見ているのだ。


 いや、私だけじゃない。


 まるで、その場にいる人間を全員吟味するように、無数の視線を周囲の人間に向けている。


 そのまま、斜面に沿って飛んでいくフレイバットの様子を眺めていた私は、大きな悲鳴を耳にした。


 どうやら、数名の騎士がフレイバッドの襲撃を受けたらしい。


 剣を振って追い払おうとする騎士は、しかし、10匹を超えるフレイバットに纏わりつかれたまま、バランスを崩して斜面を転がっていった。


 1人、2人と、フレイバットに襲われる騎士が現れたことで、ようやくこの状況を飲み込むことができたらしい騎士たちは、一斉に集合し始めた。


 その様子を見た私達も、なんとなく状況を理解し始める。


 理由は分からないけど、突然現れたフレイバットの群れは、騎士だけを狙って襲撃しているらしい。


 その証拠に、今のところ防衛班のメンバーや私を含めて、誰一人としてフレイバットに襲われていない。


 対する騎士の周りには、フレイバットの群れが旋回しながら飛び回っていて、視界の確保もままならないほどだ。


 と、そんな様子を茫然と見ていた私の元に、ジェラールが戻ってくる。


 困惑した表情の彼は、騎士に群がるフレイバットを一瞥すると、開口一番こういった。


「どうなってんだ!? あれもマーニャの作戦か?」


「いいえ、私にも何が何だか……」


「そうか。まぁ良いか。どちらにしろ俺達には好都合だ。それより、けがは無いよな? さっきの槍は、結構ヤバかっただろ?」


 そう言われて、危険な目にあったばかりだということを思い出した私は、足元の丸太を貫通している槍に目をやりながら返答する。


「狙いは外れてたので、大丈夫です。怖かったのは事実ですけど……」


「そりゃよかった。よし、それじゃあ今のうちに迎撃体勢を整えるか。あれじゃあ当面の間、あいつらも動けないだろ」


 そう言った彼が、再び坂を駆け下りようとしたその時。


 どこからともなく声が響いてきた。


「たいきゃぁく!! たいきゃぁく!! 直ちに退却せよ!」


 魔法騎士達が攻め込んで来た横穴のある方向から聞こえて来たその声。


 すぐに目を凝らして声の主を探そうとした私は、だけど、その人物を目にすることはできなかった。


「敵の伝令かな……?」


 足元に居たデセオが、丸太の上に飛び乗りながら呟く。


「ってことは、別の場所で何か動きがあったのかな?」


「どうだろうな……さっきのフレイバットも気になるし……くそっ、他のエリアはどうなってる?」


 丸太の傍にしゃがみ込んだジェラールも、声のした方向に目を凝らしながらそんなことを呟いた。


 そうこうしている間にも、フレイバットに襲撃を受けていた魔法騎士達が動きを見せる。


 ジリジリと交代を始めた彼らは、見事な連携でフレイバットを迎撃しながらも、退却を始めたのだ。


 そんな騎士達を見たジェラールが、すぐに声を上げた。


「追撃するぞ! 一斉に奴らを狙え!!」


 彼の声に合わせるように、防衛班のメンバーが一斉に石を投げ始める。


 流石の騎士達も、多数のフレイバットと飛んでくる石を完全に防ぎきることはできなかったようで、少しずつだけどダメージを与えることができているみたいだった。


 このまま退却してくれれば、とりあえずこの森林エリアは守り切ることができる。


 そんなことを考えた私は、油断はしないように警戒は続けながら、様子を伺う。


 そうして、完全に斜面を降り切った騎士たちは、引き続きフレイバットを迎撃しながらも退却の足を速めた。


 そんな彼らを見て、私たちのうちの誰かが、自然と声を張り上げる。


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 あの魔法騎士達を、私たちが退けることに成功した。


 色々と腑に落ちない点はあるけど、一旦は脅威がなくなったことに安堵しつつ、声を張り上げた私は、気が付けば右の拳を頭上に振り上げていた。


 我に返って、少し恥ずかしさを覚えた私は、大きく息を吐き出して胸の鼓動を鎮めると、隣にいるジェラールに目を向ける。


 よく見れば、彼の全身を覆う鱗には無数の傷が入っている。


 それだけ激しい戦いを、一人だけで繰り広げていた証拠だろう。


「ジェラールさん。あの、ありがとうございました。ジェラールさんが時間を稼いでくれてなかったら、たぶん負けてました」


 そんな私の言葉を聞いたジェラールは、満面の笑みを浮かべたかと思うと、大声で話し始める。


「何言ってんだ? この勝利は俺だけの手柄じゃねぇぞ!? ここにいるみんなでつかみ取った勝利だ! そうだろ!? 俺達も、やればできるってことだよ! なぁ、そうだろ!!」


 彼の声掛けに、そうだそうだと賛同する防衛班のメンバー達。


 中には怪我を負って座り込んでいたり、全身泥だらけになっていたりする者もいるが、全員が笑顔だ。


 彼らの笑顔を見て、一気に緊張が解けた私は、気が付けばその場に崩れるように座り込んでしまった。


 あまりに唐突に膝から崩れ落ちたせいで、ジェラールや他の皆が心配の声を掛けてくる。


 そんな彼らにお礼を述べつつ、深く息を吐いた時。


 近くの茂みから、ガサガサっという音が聞こえてきた。


 すぐさま臨戦態勢に入る皆と一緒に、私もその茂みに目を向ける。


 また魔法騎士が攻め込んで来たのか。


 嫌な想像が頭の中を駆け巡り、手にした弓をギュッと握りしめた私は、茂みから現れる1人の男を目にした。


 フードを深々とかぶり、腰にパンパンのポーチを携えている男。


 ゲイリーだ。


「ゲイリーさん!?」


「ゲイリー! てめぇ、戻ってたのか!?」


 驚きを隠せない私とジェラール。


 そんな私たちのことなどお構いなしに、ツカツカと歩いたゲイリーは、全員の中心に立って周囲を見渡した。


「全員無事か」


「おい、どうしてお前がここに居るんだ? ゼネヒットに調査に向かってたはずだろ?」


 ゲイリーに詰め寄るジェラールが、そんなことを口にする。


 確かに言われてみれば、ヴァンデンスの立てていた作戦に、そもそもゲイリーの名前は含まれていなかった。


 つまり、町に居ないから戦力から外されていたってことらしい。


 言われるまで気づかなかったことを、そっと胸の内にしまった私は、詰め寄るジェラールを宥めてから、ゲイリーに尋ねる。


「あの、ゲイリーさん。もしかして、さっきのフレイバットはゲイリーさんが……?」


 だとしたらどうやったんだろう。


 そんな疑問を抱く私を、フードの中から一瞥したゲイリーはゆっくりと首を横に振ると、短く告げる。


「あれは俺じゃない」


「じゃあ、誰がやったんだ?」


 当然の疑問を口にするジェラール。


 そんな彼に対して、ゲイリーは深いため息を吐くと、説明を始める。


「俺がやったのは、退却の指示を叫んだところだけだ。魔物の誘導は俺じゃない。簡単に言えば、ウィーニッシュが帰って来た。手段については、後であいつに聞いてくれ」


「ウィーニッシュが!?」


 ゲイリーの説明を聞いた私は、思わず声を上げてしまう。


 すぐに口を閉ざした後、辺りを見渡してみるが、どこにも彼の姿は見当たらない。


 そんな私の様子に気が付いたらしいゲイリーは、再びゆっくりと首を横に振りながら告げる。


「ウィーニッシュは新入りと共に、別のエリアに向かった。俺は戦えない者を誘導してこのエリア経由で町に向かってたんだが……」


「戦えない者?」


 一瞬理解が追いつかなかった私の前で、ゲイリーが唐突に指笛を吹く。


 すると、その音に呼び寄せられたかのように、茂みの奥から大勢の人が姿を現した。


 彼らを見てなんとなく状況を察した私は、続いて背後の閉じられた横穴を振り返って苦笑いする。


「あー……そっか、そうですよね。氷雪エリアとか火炎エリアとかを通るのは危険ですよね」


 言いながら、私はこの後に待っているであろう重労働を思い、深いため息を吐いたのだった。

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