第177話 群れを成して
「ジェラールさん、大丈夫ですか!?」
茫然と立ち尽くしているジェラールに対して、私は声を掛けながら駆け寄った。
私に気が付いた彼は、軽く頷きながら応える。
「あぁ。俺は大丈夫だ。それより、この短時間で塞いだのか?」
「はい、皆さんが協力してくれましたので。ヴァンデンスさんにも伝令を出してます。それより、ジェラールさんも迎撃を手伝ってください」
あまり話している余裕はないと考えた私は、問答無用でジェラールの手を引き、正面の坂を覗き込める丸太の陰に向かった。
坂を覗き込むと、さっきジェラールがいた辺りにはまだ煙幕が漂っている。
その周辺を避けるようにして、騎士達が坂を上ろうとしてくる様子を見て、隣にいるジェラールは状況を理解したらしい。
今のところは、私達と同じように丸太に身を隠している防衛班の皆が、石を投げるなどして迎撃できている。
この戦法なら、少しは騎士たちの侵攻を遅らせる事はできるかもしれない。
だけど、完ぺきだとは到底思えない。
その証拠に、少しずつ、敵が私達のいる頂上付近に近づきつつあるのだ。
「私はここから、弓矢と石で牽制を続けます。ですので、できればジェラールさんは前線に出て、騎士が上って来るのを妨害してもらってもいいですか? ただ、深追いは必要ありません。できる限り時間を稼ぎたいんです」
「なるほどな。それは良い案かもしれない。けど、あいつらが上って来る斜面はここだけとは限らないだろ? 左右の斜面はどうなってる?」
彼の懸念を聞いた私は、流石だと感心しつつも、今わかっている状況を簡単に説明することにした。
「左は崖になってます。多分、鎧を着ている彼らには登れないかと。右に関しても、現在進行形で防御態勢を進めてるんですが……まだ間に合ってないです。一応、見張りを数名立ててます」
「よし、分かった。それじゃあ俺はこのまま、正面と右手に集中して迎撃すればいいんだな。それなら何とかなりそうだ」
「はい。お願いします。万が一こちらで何かあったら、合図を送りますので、その時は頂上に戻ってきてください」
私はポケットから小さな笛を取り出すと、それをジェラールに見せた。
この笛は、普段狩りなどで町の外に出るときに、異常を知らせるために身に着けている物だ。
当然、ジェラールもそのことを知っている。
案の定、笛を目にした彼は深く頷いたかと思うと、そのまま丸太の陰から身を乗り出して、迎撃に出発した。
坂を駆け下りながら、木々の間を縫うように走り抜ける彼の姿は、さながら森の魔獣だ。
その俊敏な動きは、当然、リンクの恩恵なんだろう。
心のどこかで羨ましいなと思った私は、すぐにその雑念を振り払うと、敵を迎撃することに意識を集中した。
もし、魔法騎士のうちの誰かが空を飛べたのだとしたら、この作戦は殆ど意味を為さないだろう。
だけど私は、今対峙している敵の中に、空を飛べる者は居ないか、少ないのではないかと考えている。
そもそも、空を飛べるのなら、ジェラール1人を相手に戦う必要が無いからだ。
多分、敵は私たちのことを舐めてかかっている。
少なくとも、今この場所にいる魔法騎士は、カナルトスで見た翼を持った騎士に比べて弱い。
だとするなら、私たちがここでするべきは、なるべく時間を稼ぐこと。
きっと、他のエリアで敵を迎撃し終えた仲間たちが、援軍に来てくれるはずだ。
それまで、ここで耐え切る。
もしくは、死んでも背後の道をふさぎ切って、時間を稼ぐ。
そうなる前には、ヴァンデンスが何かしらの援軍を寄こしてくれればいいけど。
そんなことを考えながら、矢を射た私は、頭上に視線を上げた。
念のため、空を飛んでいる敵がいないか、確認しようと思ったのだ。
その瞬間、眼下の煙幕の中から、一陣の影が飛び出してくる。
視界の下端でその影を目にした私が、咄嗟に弓を構えた時、その影は手にしていた棒状のものを、勢いよく投げた。
矢をつがえて、陰に狙いを定めていた私は、投げられたそれが、まっすぐに私のいる場所めがけて飛んでいることに気が付く。
すぐにでも逃げ出そうと身体を動かした私は、次の瞬間、ズドンッという重たい衝撃を全身に感じた。
その衝撃に驚いた私は、全身を縮めて様子を伺い、とんでもないものを目にする。
地面に横たわって身を縮めていた私の足先から数センチのあたり。
そんな場所を覗き見た私は、丸太の壁を貫通した太い槍の切っ先を目の当たりにする。
どんな腕力で投げれば、槍が1本の木を貫通するんだろう。
きっと、風魔法に乗せて投擲したんだ。
そんな感心とも恐怖ともとれる感情を私が抱いている間にも、状況が変化してゆく。
「てめぇ! よくもやりやがったな!?」
「また出て来たよ! ったく、面倒だなぁ」
怒りを滲ませたジェラールの声と、そんな彼をあしらうような口調の男の声。
多分、槍を投げたであろう魔法騎士とジェラールが接敵したんだろう。
何とか自分が無事であることを伝えなきゃと思い、恐る恐る丸太から顔を覗かせた私は、想像通り、対面している2人の姿を目にする。
そうして、声を上げようと思った時、迎撃をしている防衛班の誰かが、不意に声を上げた。
「あれはなんだ!?」
何か異変が起きたのかと、咄嗟に周囲を見渡した私は、頭上にその異変を見て取る。
木々の上を群れを成して飛ぶ何か。
甲高い奇声のようなものを上げながら、私たちのいる頭上を旋回したその群れは、まっすぐに、急降下をし始めた。
徐々に近づく奇声と、その姿を目にした私は、仲間への注意喚起のために、声を張り上げたのだった。
「フレイバッドよ! 皆気を付けて!」