第175話 私達なら
薄暗い横穴を、松明片手に走っていた私は、金属の擦れるような音を耳にした。
この先には森林エリアがある。ということは間違いなく、戦闘音だ。
そう考えた私は、右手に持っていた弓をギュッと握りしめながら足を速める。
聞こえてくる戦闘音が大きくなるにつれて、私の緊張も高まってゆく。
早鐘を打つ心臓に後押しされるように駆けた私は、そのままの勢いで森林エリアに足を踏み入れた。
そこで一番初めに見たものは、様々な武器を構えたまま待機している防衛班の人々。
武器と言っても、槍を持っている者が数名いるだけで、その他は皆、斧やつるはしといった仕事道具を構えている。
そんな彼らは、今のところ戦闘に加わっている様子はない。
辺りにある木々も、ただ静観しているだけで、想像と真逆の光景を見た私は、当然困惑した。
未だに聞こえる戦闘音を耳にしながら、私はすぐ傍で構えている男に声を掛ける。
「あの、皆さん何をされてるんですか?」
「マーニャちゃん……俺達はここを死守するように命令されたんだ。初めは助けに行こうと思ったけど……あれに混ざって戦えるだけの力が、俺達にはねぇんだよ」
斧を持ったその男は、少し悔しそうにそう告げると、このエリアの中心を指さす。
示された方に目をやった私は、彼の言葉の意味を理解して、唖然とする。
リンク状態になったジェラールが、大勢の騎士に囲まれた状態で応戦しているのだ。
四方八方から切りかかる騎士の攻撃を、体中を覆っている鱗を使って防いだり、尻尾を駆使して反撃したり。
はっきり言って、常人の域では成し得ない戦い方をしている。
中でも、メイスを持った銀色の騎士には、ジェラールも苦戦しているようだ。
どうしてジェラールが戦い続けることができているのか、正直理解できない。
ただ、それだけリンクと言う技術が、有能だということかもしれない。
そんな状況を見た私は、弓矢で援護すれば多少は力になれるかもなどと言った甘い考えを抱いていた自分が恥ずかしくなった。
そもそも、騎士たちが身に纏っている鎧は、間違いなく私の矢を防いでしまうだろう。
牽制にはなるかもしれないけど、効果は僅かしかないように思える。
そう考えるのは、何も私だけじゃなかったらしい。
同じように町に続く道の入り口付近で、ジェラール達の戦闘を見守っている防衛班の皆は、どこか諦めたような目で、彼らのことを眺めているのだ。
防衛班は全員、ヴァンデンスやジェラールから戦闘の訓練を受けている。
そんな彼らですら、しり込みをしてしまうような状態ということだ。
ましてや、装備も乏しいこの状況では、仕方がない。
そう、仕方がない。
その考えに至ったことに気が付いた私は、深いため息を吐いた。
『まただ……また私は』
ウィーニッシュの力になりたい、皆の力になりたい。
守られるだけは嫌だ。
そんな思いでここに走ってきたはずなのに、結局私は諦めてしまっている。
「何か……何か、やらなくちゃ」
「え!? マーニャちゃん? 何かするつもりなのかい?」
小さく呟いた私の声を聞いていたらしいさっきの男が、驚いた様子を見せてくる。
そんな彼に色々と言いたくなる衝動を押さえながら、考える。
ただ、弓矢を射て牽制するだけじゃ、たぶん状況は打開できない。
かといって、ここにいる全員で突撃しても、結果は変わらないだろう。
相手は魔法騎士なのだ。
戦闘訓練を生業にしている彼らに、私達みたいな素人が敵うわけがない。
このままでは、この森林エリアを突破されてしまい、最悪の場合、町まで侵攻されるかもしれない。
せっかく、皆で作り上げて来た、あの町が破壊されてしまうのは嫌だ。
沸々と湧き上がる焦燥に駆られて、そんなことを考えた私は、ふと、1つのことに気が付いた。
「作り上げて来た……?」
「マーニャ、どうかしたのかい?」
いつも通り、頭の上に乗っているデセオが、妙にのんびりとした口調で尋ねて来る。
そんな彼に返事をすることなく、私は周囲に立っている男達を見渡した。
否、正確には、彼らが持っている道具を見ていた。
そして、さっき私が通って来た横穴の入り口を振り返る。
この道は、幅も高さもそれほど大きくはない、比較的に狭い道だ。
だったら、なんとかなるのでは?
「マーニャちゃん?」
私の様子が少しおかしいことに気が付いたらしい男が、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
そんな彼に、私は告げた。
「あの……私達って、この4年間で結構立派な町を作ったと思わないですか?」
「は?」
私がいきなり変なことを言ってしまったせいか、男は素っ頓狂な声を上げる。
それでも私は、言葉を止めることは無かった。
「騎士は毎日、剣の腕を磨いていたから、とても強いんですよね。だったら私たちは? 私たちは毎日、何もしてなかったんですか? 違いますよね? だって、あれだけ素敵な町を作ることが出来たんですから」
「マーニャちゃん、何を言って……」
「そんな私達なら、こんな小さな穴くらい、埋めることができますよね? 大切な町を、守ることができますよね?」
そこで言葉を区切った私は、改めてその場の全員の顔を見渡した。
対する男達は、初めは少し動揺していたものの、自分たちが持っている道具を目にして、何やら頷き始めている。
伝えたいことが伝わった。
そう感じた私は、鳥のバディを携えている男に向けて言う。
「私達は今から、この横穴を埋めます。これをヴァンデンスさんに伝えに行ってください。それ以外の皆さんで、協力して作業に取り掛かりましょう」
力強く頷く男達は、すぐに作業に取り掛かり始めた。
そんな彼らを見た私は、エリアの中心で戦い続けるジェラールに目を向ける。
あと少し。
もう少しだけ、時間を稼いでください。
そうすれば、助けに行くことができます。
心の中で念じた私は、大きく息を吐き出すと、男たちの作業を手伝いに向かったのだった。