第173話 3つのエリア
詰め所にたどり着いた私とメアリーが、そのまま建物の中に入ろうとした時、玄関が開け放たれた。
勢いよく飛び出してきた人影に、危うくぶつかりそうになったのを後ろに避けて躱した私は、その人影に目を向ける。
険しい表情をした傷の男―――カーズと、同じような表情をしたクリュエルが飛び出してきたらしい。
2人は私達の姿を一瞬だけ見やったかと思うと、何も言うことなく、町の出口の方へと走り出してゆく。
そんな2人の後を追うように、イワンとジェラールが詰め所から飛び出して来た。
「お、良いところに居た! メアリー! そのままイワンについて、敵の迎撃に当たってくれないか? イワン、作戦を彼女に教えておいてくれ!」
「あぁ、分かった」
「分かりましたわ」
そんな会話を交わしたジェラール達も、そのまま街の出口に向かって走っていく。
1人取り残されてしまった私は、少しだけ疎外感を覚えつつも、仕方がないのでそのまま詰め所の中に入り、様子を伺った。
大勢の人々が慌ただしく走り回り、迎撃の準備を始めているらしい。
そんな人々の中心に立って、指示を出しているヴァンデンスの姿を見た私は、期を見計らって、彼に声を掛けた。
「ヴァンデンスさん! 何が起きてるんですか? ここに敵が来るんでしょうか?」
「マーニャか。悪いけど、今は少々多忙でね、君と雑談している暇はないんだ」
口調はいつものように軽やかだけど、そう言うヴァンデンスの表情は険しいものだった。
それほどまでに状況が悪いのだろうか。
何か手助けできることは無いだろうか。
そんな思いが溢れそうになった私は、だけど、それ以上彼に声を掛けることはできなかった。
多分、私に状況を説明する余裕が無いほど、逼迫した状況なんだろう。
そこまで考えた私は、周りを駆けずり回る人々の邪魔にならないようにと、部屋の隅に向かう。
本当は、避難してきた他の人たちと一緒に、2階の部屋に逃げ込むべきなのかもしれない。
だけど……私は黙って隠れる気にはなれなかった。
多分、さっき詰め所の前で鉢合わせたメンバーは、全員、敵の迎撃のために、町の外へと向かったんだと思う。
メアリーさんも含めて。
それなのに、私だけ逃げ隠れるのは嫌だ。
そんなことを考えながら、何かできることは無いかと辺りを見渡していた私は、部屋のど真ん中にあるテーブルに目を向けた。
テーブルの上には、この町からダンジョンの出口までを記したと思われる地図が広げられている。
その地図の上には、何やら木製の人形のようなものがいくつか置かれていた。
もっと詳しく見るために、テーブルの元に向かった私は、人形の頭が色分けされていることに気が付く。
赤い色の人形が3つと、青い色の人形が5つ。
それらの人形が、地図上に配置されているのだ。
ここまで理解した私は、改めて地図と人形の配置を見て、なんとなく意味を理解した。
「誰か分からないけど、3人の敵が別々の道からこの町に攻めて来てて、それを迎撃するために、3つのエリアに人を送った……ってこと?」
この町からダンジョンの大穴まで抜ける進路は、大きく分けて3つある。
それらの進路上には、それぞれ別々のエリアがあって、そのエリアで迎撃をするつもりらしい。
火炎エリアに、赤い人形が1つと青い人形が2つ。
氷雪エリアに、赤い人形が1つと青い人形が2つ。
森林エリアに、赤い人形が1つと青い人形が1つ。
配置されている人形を改めてみた私は、ついさっき見た光景を思い出す。
先に出口に向かって走って行ったカーズとクリュエル。
その後、メアリーを引き連れて行ったイワン。
多分この2組が、火炎エリアか氷雪エリアに向かったんだろう。
メアリーが居ることを考えると、たぶんイワンとメアリーが氷雪エリアで迎撃するのかな……。
そうなると、カーズとクリュエルが火炎エリアの担当で、必然的に、ジェラールが森林エリア。
つまり、ジェラールだけが、1対1で敵を迎え撃つことになる。
そこまで思い至った時、私と同じように作戦の内容を理解したらしいデセオが、私の頭の上で呟いた。
「この感じだと、森林エリアに行った人は、ちょっと不利かもしれないねぇ」
「そうね……」
そんな彼の呟きに、短く応えた私は、手にしていた弓を握りしめて考えた。
隠れる場所の豊富な森林エリアなら、私の弓矢でジェラールを援護することができるかもしれない。
腹の底から沸き上がって来る使命感に突き動かされた私は、意を決して部屋を見渡すと、ヴァンデンスを探した。
相変わらず指示出しを続けている彼に歩み寄った私は、強いまなざしを投げかけた。
不思議なことに、私のまなざしにすぐに気が付いたヴァンデンスは、怪訝そうにこちらを見ている。
普段の私なら、彼のその視線を受けた瞬間に、自分の判断を疑ってしまうだろう。
でも、今のこの状況で自分を疑っている暇はない。
そう思った私は、手にした弓を強く握りしめると、思いの丈をヴァンデンスにぶつける。
「私、森林エリアに向かいます」
「マーニャ? 何を言ってるんだい? 君は大人しく二階の部屋に……」
私の言葉を聞いたヴァンデンスは、まるで子供を諭す大人のように、私に語り掛けてくる。
そんな彼の姿を見て、声を聞いた瞬間。
私の中の何かが、勢いよく弾け飛び、思わず声を荒げてしまった。
「嫌です!」
短く、大きな否定。
私自身も、自分の口から出て来たその声に驚いてしまう。
それでも、その気持ちが偽りのない本心だということは、誰よりも一番分かっていた。
突然私が声を張り上げたせいで、部屋中の視線が私に注がれている。
猛烈な羞恥心に顔を隠したくなった私は、衝動を押さえながら、もう一度ヴァンデンスに語り掛ける。
「私、守られるだけは嫌なんです。そのために、毎日特訓してきました。だから、行かせてください」
言いながら、私はヴァンデンスの目を凝視する。
強い意志を込めた視線と言葉を前に、流石のヴァンデンスも何か思う所があったのだろう。
1つ、大きく息を吐いた彼は、観念したように告げたのだった。
「分かった。でも、無理はするなよ?」