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第172話 鐘の音

「こんにちは。具合が悪いわけでは無いようですわね」


「あ、ご、ごめんなさい。メアリー様」


 にじみ出るメアリーの優雅さに見惚れていたせいで、彼女の気遣いを無視していたことに気が付いた私は、慌てて謝罪した。


「様なんてつけないでいいのですよ? 私はもう、貴族ではないのですし。マーニャさんは仲間なのですから」


 そんな風に優しく告げたメアリーは、厨房から出て来た女性の方に目を向ける。


「おや、メアリー様じゃないか。何か御用かい?」


 女性は私とは打って変わって、メアリーに対しても気さくな対応をするらしい。


 対するメアリーも、物腰の柔らかい会釈をしてみせる。


「こんにちは、イザベルさん。もしよろしければ、私もシチューを頂けるかしら?」


「はいよ。すぐに持ってくるから、ちょっと待ってておくれ」


 そう言ったイザベルは手に持っていたシチューを私の前に配膳すると、すぐに厨房の方へと戻って行った。


 しばらく、置き去りにされたシチューを眺めていた私に、メアリーが声を掛けてくる。


「食べないのですか? 冷めますわよ?」


「あ、いえ、メアリー様の分を待とうかなって思いまして……あはは」


 ごまかすように笑みを浮かべた私を見て、メアリーは口元に小さな笑みを浮かべながら告げる。


「まぁ、お気遣いありがとうございます。そんなことを言っていたら、丁度来ましたわね。ふふふ」


 彼女の言う通り、シチューを手にしたイザベラが厨房から出てくると、メアリーの前に皿を置きながら話しかけてくる。


「お待たせ! さぁ、温かいうちに食べておくれ。あ、それと、マーニャ。それを食べ終わったら、片づけをお願いしても良いかい? 私はちょっと、弁当を持って行かなくちゃいけないからねぇ」


「あ、はい。分かりました。ついでに、仕込みの方も始めておきますね」


「あぁ、それは助かるね! それじゃあ。頼んだよ」


 それだけ言い残したイザベラは、弁当の入った籠を手にして、食堂の外へと出て行ってしまった。


 パタンという音と共に扉が閉まり、食堂の中に私達だけが取り残される。


 一瞬、気まずさを感じそうになった私だったけど、メアリーが黙々とシチューを口に運ぶ姿を目にして、気を取り直した。


 シチューをスプーンで口に運び、その濃厚な味わいを堪能する。


 そうして、私達はしばらく黙ったまま、シチューを口に運び続けていた。


 とはいえ、2人とも食べるのに夢中だったので、別に雰囲気が悪くなったわけじゃない。


 すっかり空っぽになってしまった互いの皿を見合った私たちは、自然と笑みを浮かべる。


「イザベラの作る食事は本当においしいですわね」


「そうですね。私も早く、イザベラさんみたいに料理できるようになりたいです」


「マーニャさんの作る料理も中々おいしいと思いますわよ? 先週の煮物なんて、本当においしかったですわ」


「そんな、ありがとうございます。でもやっぱり、イザベラさんにはまだまだ敵いません」


「そうかしら? まぁ、マーニャさんがそういうのなら、そうなのかもしれませんね」


 そう言ったメアリーはそこで言葉を区切ると、顎にひとさし指を当てて何か考え込むような仕草をした。


 直後、私の方に目配せをしながら、問いかけてくる。


「それで? 上手になった料理は、やっぱりウィーニッシュに食べさせたいって思ってるのかしら?」


「え? あ、えっと、メアリー様!?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるメアリーを前に、動揺した私は、言葉を詰まらせてしまう。


「だってそうでしょう? 料理の腕を磨きたいってのはつまり、食べてもらいたい人がいるってことだと、私は思うのですが」


 違う!


 と声を大にして言いたかった私は、だけど、声に出すことはできなかった。


 その代わり、強烈な恥ずかしさを覚えた私は、顔に熱が集まるのを感じながら、そっと俯いてしまう。


 そんな私の姿を見たのか、テーブルの上でゴロンと寝転がっていたデセオが呟く。


「完全に図星だよ、その反応は。そんなんじゃ、隠し事なんて絶対にできないね」


「ふふふ、デセオさんはとても素直ですね。誰に似たのでしょうか」


 確実に私の反応を見て面白がっているデセオとメアリー。


 そんな2人に少しだけ腹を立てた私は、唇をキュッと結んだまま、メアリーを見上げた。


「あら、怒らせてしまいましたか? ごめんなさいね。そんなつもりは無かったの」


 私の様子に気が付いたらしいメアリーが、取り繕うように告げる。


 すると、今までメアリーの肩で様子を見ていたキツネのルミーが、テーブルに飛び降りたかと思うと、口を開いた。


「マーニャちゃん。ご、ごめんなさい。メアリーが意地悪しちゃった。でもねでもね、メアリーはとっても優しい子だから、許してあげて?」


「ちょっと、ルミー!? 何を言っているの!?」


「だって、メアリーが悪いんだよ!? ホントはマーニャちゃんの事、心の底から可愛いって思ってるくせに、こんな意地悪しちゃうんだもん! だから、ルミーが素直になれないメアリーの代わりに謝ってあげてるんだもん!」


 可愛い口調だけど、はっきりとものを言うルミーを目の当たりにした私は、思わずキョトンとしてしまった。


 そもそも、ルミーがしゃべっているところをあんまり見たことが無かったのもあるけど、それ以上に、メアリーが慌てている様子が珍しい。


「分かった! わかったわよ! 謝るわ。私、ちょっと意地悪してしまいましたわ。いえ、意地悪というか、面白くてつい……。それより! そんなお話をしに来たわけじゃありませんのよ!」


 焦りのせいか、少し口調が乱れつつあったメアリーは、謝罪の言葉を述べる途中で何かを思い出したらしい。


 急に真面目な雰囲気を漂わせた彼女は、1つ深呼吸をすると、質問を投げてくる。


「1つ教えて頂きたいことがありますの。マーニャさんがウィーニッシュのためにしてあげたいのは、料理を作ることだけですか?」


 その問いかけを聞いた私は、一瞬意味が分からなかった。


 なぜそんなことを聞くんだろう。


 メアリーも、ウィーニッシュに何かをしてあげたいと思っているから、牽制するつもりなのか。


 それとも、別の意図を含んだ質問なのか。良く分からない。


 彼女は何が知りたいんだろう。


 そう思った私は、ふと、彼女の視線が私の足元に向かっていることに気が付いた。


 その視線の先にあるのは、私がさっきまで訓練で使用していた弓矢。


 直後。


 私は彼女の思惑を1つ推測する。


 私が弓矢の練習を始めた理由に、ウィーニッシュが関係していると考えている?


 胸の内に湧き上がった疑念に気が付いた私は、改めて眼前のメアリーを見つめる。


 そして、弓矢が何か? と私が質問を投げかけようとしたその時。


 カンカンカンッ!!


 という甲高い鐘の音が、町中に響き渡った。


 3回が1セットになったような鐘の音が、何度も繰り返して鳴り響く。


 その音を聞いた私とメアリーは、同時に立ち上がると、食堂の入り口に目を向けた。


 高鳴る鼓動と噴き出す汗が、私の全身に緊張を染み渡らせる。


 なぜ緊張する必要があるのか。


 それは、この鐘の音の意味を知っているからだ。


 て・き・だ!


 3回1セットの鐘の音は、敵襲を意味している。


「マーニャさん!」


「はい!」


 メアリーの呼びかけに反応した私は、すぐに足元の弓矢を手に取ると、彼女と一緒に食堂を飛び出した。


 そうして、あらかじめ受けていた指示の通りに、防衛班の詰め所に向かって疾走する。


 同じように走り出している多くの住民達を横目で見ながら、私は猛烈な不安を抱いていた。


 私の知る限り、ウィーニッシュはまだ帰ってきていない。


 一応、ヴァンデンスやジェラールが居るので、大丈夫だとは思うけど。


 それでも不安はぬぐえない。


 この町で暮らし始めて、一度も聞いたことのなかった敵襲の合図。


 未だに鳴りやまないその鐘の音は、まるで鳴る度に町中の空気を締め上げていくように、甲高く反響を繰り返したのだった。

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