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第165話 地の底より深い

 鈍い地響きと共に着地したケルベロスは、迷うことなく俺の元へと歩き始めた。


 背後の横穴から聞こえるワイルドウルフの気配も、徐々に近づいて来ている。


 状況は最悪。


 とはいえ、為す術が無い状況ではない。


「アンナ。皆を頼んで良いか?」


「そうね、分かったわ」


 俺の提案を聞いたアンナは、短く応えたかと思うと、怯えている様子の住民達を引き連れて、エリアの壁沿いに移動を始めた。


 そんな彼女たちの姿を視界の端で確認した俺は、真正面から向かってくるケルベロスを睨みつける。


「リベンジだ。行けるよな、シエル」


「当たり前でしょ? ニッシュこそ、ビビって漏らしたりしないでよ?」


「もし漏らしても、ここならすぐに乾かせそうだな」


 吹き荒れる暴風の中、そんな軽口を交わした俺達は、静かにケルベロスの様子を伺った。


 対するケルベロスも、身構えている俺の様子を伺うように、ゆっくりと歩いている。


 そうこうしていると、背後の横穴からワイルドウルフが飛び出してきて、俺の周囲を取り囲み始める。


 完全に逃げ場はなくなってしまった。


 とはいえ、そもそも逃げるつもりもなかった俺は、唸り声をあげているワイルドウルフを見回して、一言呟いた。


「あいつはどこにいる?」


 小声で告げた俺の声を聞き取ったシエルが、頭の上で呟く。


「ニッシュの右後ろに居るわ。じっと私たちの事を見てるわよ」


「よし。シエルはそのまま、双頭のヤツを見張っててくれ」


「分かったわ」


 シエルの短い返事を聞いた俺は、すぐに行動を開始した。


 躊躇うことなくまっすぐに、ケルベロスに向かって走り出した俺は、前方より飛び掛かって来たワイルドウルフを蹴り飛ばし、駆け続ける。


 ここは足場が砂じゃない。


 そして、風魔法を使うことができる。


 リベンジを挑むには絶好の機会だ。


 飛んでくる石を避けるために、身を屈めながらも駆けた俺は、ある程度ケルベロスに近づいたところで魔法を発動する。


 途端、あらかじめ描いていたジップラインによって、ケルベロスの足元から岩の槍が出現した。


 地面から勢いよく伸び出るそれらの槍をギリギリのところで躱したケルベロスは、背後へと大きく跳躍する。


 と同時に、俺はケルベロスの動きに合わせるように全力で跳躍した。


 足の裏に発生させたポイントジップによって、爆発的な推進力を得た俺は、瞬く間にケルベロスの懐に潜り込んむ。


 そして、構えていた右の拳を、容赦なくケルベロスの腹めがけて打ち込んだ。


 筋肉質なケルベロスの身体は思っていたよりも固く、俺は右手に痛みを覚える。


 しかし、流石のケルベロスも無傷では済まないらしく、短く唸り声を上げた。


 すぐに拳をひっこめた俺は、すかさずケルベロスの腹を蹴って後退する。


 ほぼ同時に着地した俺とケルベロスは、再び互いの動きを伺い始めた。


 初撃は上々。


 だけど、威力も耐久力も、ケルベロスの方が上であることは間違いない。


 この初撃で倒せなかったことが明確な証拠だ。


「思ったよりもタフな奴だな。全力で殴ったのに、全然効いてないじゃん」


「体のでかさが違うから、仕方ないわよ。それより、双頭の方も注意しておきなさいよ」


「分かってるって」


 眼前の脅威を前に、俺とシエルがそんな会話を交わした直後、驚くべきことに、ケルベロスの頭の内、真ん中の頭が口を開いた。


「流石は呪われし者。お前の言う通りであったぞ、弟よ」


「はっ!?」


 何の前触れもなく話し始めたケルベロス。


 その姿に俺が唖然としていると、今度は右後ろの方に居るであろう双頭の魔物が、言葉を発する。


「分かって頂けたか? さすれば、我も加勢するぞ、兄よ」


 発言しただけでも十分に驚くべきことだが、その発言内容にも、俺は驚きを隠せなかった。


 今にも加勢に加わりそうな勢いの双頭に、俺が注意を向けようとすると、今度はケルベロスの右の頭が声を荒げる。


「ならん! この呪われし者は我の獲物だ! 貴様は大人しく見ていろ、オルトロス!」


 どうやら、双頭の魔物はオルトロスと言うらしい。


 俺を挟んで会話を続ける2頭を見比べた俺は、抑えきれない衝動に駆られて、話しかけてしまった。


「お前ら喋れるのかよ! って言うか、呪われし者って、どういう意味だ?」


 もちろん、その言葉の意味については、なんとなく察しがついている。


 だからこそ、ケルベロスとオルトロスが本当に俺の想定している内容を基に話しているのか、確証を得る必要があるのだ。


『こいつらは何をどこまで知ってる? なんでダンジョンの中に、こいつらがいるんだ?』


 警戒を怠ることなくケルベロスを睨みつけた俺は、6つの瞳に睨み返された。


 その威圧感に、思わず目を逸らしてしまいそうになるが、歯を食いしばってそれを堪える。


 そうして訪れた沈黙を破ったのは、ケルベロスの左の頭だった。


 胃の底に響くような低い声に、エリア全体の空気が振動する。


「我、地獄の門番ケルベロス」


 続けて、右の頭が言葉を続ける。


「汝、地の底に落ちた呪われし者」


 最後に、真ん中の頭が、その言葉を締め括ったのだった。


「運命によりて、我は汝を、地の底より深い地獄へ落としてくれようぞ」

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