第164話 立ちはだかる瞳
アーゼンとはぐれた後、戻る訳にもいかなかった俺達は、そのまま先へと進んだ。
このダンジョンは俺達の住んでいるダンジョンとは違い、殆どのエリアが灼熱エリアで出来ているらしい。
アーゼンも言ってたけど、これだけ地中に熱源があれば、地上が砂漠化してしまうのも頷ける気がする。
アンナの氷魔法で道を造り、地上へと上がれそうな横穴を通って、また別のエリアに行く。
そんなことを何度か繰り返している途中で、俺はふと疑問に思ったことをアンナに問いかけてみた。
「なぁ、結局このダンジョンで魔法が使えないのはどうしてなんだ? さっきの本に書いてあったのか?」
「ん? そうね、私も気になって探してみたんだけど、直接的には書かれてなかったわ。でも、ほら、このページを見て」
そう言った彼女は、先ほど拾った学術書のとあるページを開いた状態で、俺に手渡してくる。
本を受け取った俺は、ありあわせの材料で作った即席の松明で手元を照らしながら、本の内容を読み取った。
「『地上に発生したばかりのダンジョンにおいて、エネルギーの激しい乱れが生じる恐れがある』……エネルギーの乱れっていうと?」
「正直、私にも詳しいことは分からないわ。でも、そのエネルギーの激しい乱れの影響で、私達自身の生命エネルギーにも乱れが生じていたとしたら、魔法が使えなくなるのも、なんとなく理解できるわね」
「なるほどな、逆に、灼熱エリアで魔法が使えるのは、火魔法が暴発してるせいで、ある意味エネルギーが安定してるからか」
「そうそう、飲み込み早いじゃない。まぁ、風魔法とかが使えない理由はもう少し細かな条件があるみたいだけど。今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。ほら、次のエリアの入り口が見えて来たわよ」
「はぁ……また灼熱エリアだよなぁ。そろそろ暑すぎて、ゆで上がりそうだよ」
登り坂を一歩一歩踏みしめながら歩いていた俺が、そんなことを愚痴った時。
少し前を歩いていたアンナが足を止めてこちらを振り返った。
その顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「良かったわね。どうやらここは灼熱エリアじゃないみたいよ」
「本当か!?」
彼女の言葉を聞いた俺は、思わず声を上げながら、小走りで先を急いだ。
立ち止まっているアンナの横を通り抜け、この細い横穴の出口へと向かう。
その途中、俺はいくつかの音を耳にした。
轟々と鳴り続ける風の音と、不定期に聞こえるバリバリという不穏な音。
自然と重たくなってゆく足で、エリアの入り口にたどり着いた俺は、眼前に広がる光景を目にして、絶句した。
今までの灼熱エリアは、どちらかというと横に広く、天井の低い形のエリアだった。
しかし、今俺達がたどり着いたこのエリアは、縦に高いエリアと言えるだろう。
ゴツゴツとした岩壁に囲まれた円柱状の空間。
そんなエリアの中心に、1つの巨大な竜巻が発生している。
当然、エリア中に竜巻が巻き起こした猛烈な風が吹き荒れていて、様々なものを巻き上げてしまっている。
小石や砂利などは当然ながら、そこそこ大きな石まで舞い上がり、宙を飛び交っているこの状況は、非常に危険だ。
そうやって巻き上げられた石は、最終的に竜巻に呑まれ、このエリアの天井を削っているらしい。
どうりでこのエリアが縦に高いわけだ。
「それだけなら、何とかなるんだけどなぁ……」
そんなことを呟いた俺は、意識して見ないようにしていた現実に目を向けた。
竜巻の周囲を飛び交うのは、なにも石だけじゃない。
バリバリと音を立てて空間を切り裂く、小さな雷が、無数に発生しているのだ。
多分、巻き上げられた細かな砂や砂利のせいで、大量の静電気が発生しているんだと思う。
風で巻き上げられている石から身を守ることなら、何とかできるかもしれない。
けど、自分だけならともかく、他の皆を小さな雷から守ることが、果たして今の俺にできるのか。
「暴風エリアってところかしらね。厄介だわ」
背後からやって来たアンナは、そう言ったかと思うと、エリアの壁を見上げながら言葉を続ける。
「見える範囲にある横穴って言うと、あそこの大きな穴くらいね」
アンナの言う横穴を見上げた俺は、ため息を吐く。
そう、このエリアの底にいる俺達が、見上げなければいけないほどの高所に、その横穴はあるのだ。
その横穴を見た後、俺は背後の横穴の中にいるカーブルストンの住民達に視線を移した。
17人もの一般人。
その中には女子供も含まれている。
さて、どうやって先に進むべきか。
俺がそんなことを考えた瞬間、カーブルストンの住民達のさらに背後から、嫌な音が響いて来る。
それは、無数の足音と、ワイルドウルフの吠え声。
当然パニックに陥った住民達は、ワイルドウルフの気配から逃げ出すために、暴風エリアへとなだれ込んできた。
直後、今度はアンナが、まるで狼狽えたような声を漏らす。
「嘘でしょ……」
何事かとアンナの視線の先を追って横穴を見上げた俺は、全身に怖気が走ったのを自覚する。
大きく開いた横穴の暗闇の中から、赤く光る6つの瞳が、ゆっくりと姿を現したのだ。
そうして、暴風エリアを覗き込んだケルベロスは、俺達の姿を確認すると同時に、躊躇うことなく飛び降りたのだった。