第162話 常識の差
「で? 具体的にどうやってここを切り抜けるってんだ? でたらめだったら、ただじゃおかねぇぞ」
得意げにしているアンナが気に喰わなかったのか、そう言ったアーゼンは、拳を強く握りしめながら彼女を見下ろした。
対するアンナは、うんざりした表情でアーゼンを見上げると、ため息混じりに言葉を続ける。
「信用ないわね。まぁ良いわ。ウィーニッシュ、今ここで魔法って使える?」
突然話を振られたことに戸惑った俺は、先ほど魔法が使えなかったことを思い出しながら返事をする。
「ん? いや、それはさっき……」
「いいから、自分の得意な魔法を使ってみて」
そんな俺の返事を遮るように、魔法を使うよう催促してきたアンナ。
少し腑に落ちない俺だったが、試しにと両手を前に伸ばして、ラインを思い描いた。
そして、ジップラインを発動してみるが、やはり発動できない。
「いや、やっぱり使えないな」
「ってことは、アンタが一番得意なのは風魔法か光・闇魔法なのね」
一人で納得する彼女に文句を言いたくなった俺は、衝動をグッと抑え、疑問を投げかけるだけに止めることにした。
ただでさえアーゼンとアンナが揉めやすいのだ。俺まで火に油を注ぐのは得策じゃない。
「風魔法だけど。光と闇魔法は使ったことないぞ。それがなんなんだ?」
「私が得意なのは、氷魔法と火魔法なんだけど……」
まるで、もったいぶるように言葉をそこで区切った彼女は、静かに右手を前に突き出す。
直後、彼女の掌の中に、小さな氷塊が生まれ、そのまま真下に落下した。
その様を見て、俺は思わず声を上げてしまう。
「なんで、魔法を使えるんだ!?」
ふぅ、とため息を吐いたアンナは、肩を竦めながら説明を始める。
「簡単に言えば、今私たちがいるエリアと、私の魔法の相性がいいからよ」
「え? 氷魔法と灼熱エリアの相性が良いのか?」
俺のイメージ的に、火魔法と灼熱エリアの相性がいいと言われれば、理解しやすい。
けど、氷魔法と灼熱エリアの相性は、むしろ悪いように思えるんだけど……。
そんな俺の疑問を理解したのか、アンナは続けてこう言った。
「そうよ。この本によると、灼熱エリアはダンジョン内に充満してた生命エネルギーが暴発して、火魔法に変異した結果らしいから。氷魔法も火魔法も、熱を操る魔法でしょ? 相性がいいのは当然よ」
いや、そんな簡単に『当然よ』なんて言われても分からないし、耳馴染みのない単語が出た気がするんだが。
混乱に陥りそうになった俺は、一旦話を整理するために、アンナに1つだけ質問をした。
「は? ちょっと待って。意味わからないんだけど。生命エネルギー? ってなんだ?」
この質問を聞いたアンナは、ようやく俺の理解が追いついていないことに気が付いたのか、眉を顰める。
「名前の通りよ。私達や地表の植物とか。全てのものに生命エネルギーが宿っていて、魔法はその生命エネルギーを変異させて使用するもの……常識でしょ?」
『常識なのか!? 魔法はイメージだとしか聞いてないぞ!?』
魔法を使う者なら誰もが知る常識。
とでも言いたげなアンナの様子に、俺の脳内は混乱する。
はじめて魔法を練習した時、ヴァンデンスからこのような話を聞いた覚えはない。
それこそ、イメージが最も重要という話くらいだ。
その他に何かないのか聞いても、彼は何も知らなかったわけで……。
そこまで考えた俺は、不意にヴァンデンスが言っていた言葉を思い出した。
『そういえば、ヴァンデンスが言ってたな。より効率の良い魔法の使用方法は、貴族が独占してるって。この常識の差がそういうことか』
なんとか自分を納得させた俺は、とりあえず話を進めるために、釈明しておく。
「すまん、俺の師匠はかなり感覚派な教え方だったから。詳しい理論は知らないんだ」
「感覚派ねぇ。それでよくあれだけ動けてたわね」
カナルトスでの事を思い出したのか、訝しむように俺を見たアンナ。
と、ここまで話に着いてこれてなかった様子のアーゼンが、不機嫌そうに声を荒げた。
「で、氷魔法を使えたら何だってんだ!?」
対するアンナは、アーゼンに目を移したかと思うと、近くを流れる溶岩に右手を向けながら告げる。
「氷魔法を使えるってことは、こういうこともできるのよ」
瞬間、シューと言う音と共に、溶岩から大量の蒸気が吹き出し始める。
「なんだ!? 霧か!?」
驚くアーゼンを余所に、俺はアンナが何をしたのかなんとなく理解した。
多分、溶岩を急激に冷やしただけだ。その結果、周囲の空気に含まれていた水分が結露して、蒸気が発生した。
そんなところだろう。
無言のまま腕を伸ばし続けていたアンナが、ゆっくりと腕を降ろすと、発生していた蒸気が薄れてゆく。
そうして、姿を現したのは、黒く固まってしまった溶岩だった。
「溶岩が固まってる」
「こうやって道を造りながら進んでいきましょう。でも、足元の警戒は怠らないでね。完全に固まって無い個所もあるかもしれないから」
つまり、流れる溶岩ばかりで通れそうになかった灼熱エリアに、道を造ることができる。ということか。
20人もの人間で進むためには欠かせない能力だ。
「よし、これで灼熱エリアの突破方法が分かったとして。あとはどこを目指すかだな」
俺がそう告げると、頭の上に乗ったいたシエルが、左前方の方を指さして言った。
「ここがダンジョンってことは、上に向かえば良いんでしょ? あそこの横穴とかどう? 上に続いてるみたいだけど」
言われるままに俺はその横穴に目を向ける。
シエルの言うとおり、確かに道が上に続いているみたいだ。
結構距離はあるけど、アンナの氷魔法があれば、何とかたどり着けるだろう。
「良さそうだな。よし、それじゃあアンナ、頼むよ」
「分かったわ。その代わり、あんたたち2人は魔物の気配にも注意してちょうだい」
俺とアーゼンに向けて告げられた彼女の言葉。
その言葉を聞いたアーゼンは、ようやく出番が来たと言わんばかりに笑みを浮かべると、短く告げる。
「魔物ならこの笛でどうとでもなるぜ」
ようやくチームワークが出始めたか? と、一瞬期待した俺は、続くアンナの言葉に落胆した。
「さっきケルベロスは支配できなかったじゃない。同じことが起きたらどうするのよ」
彼女の言葉を聞いたアーゼンが機嫌を悪くしたのは言うまでもない。
思わずため息を吐く俺とシエル。
2人の言い合いは、もううんざりだ。
そう考えた俺は、なんとなくカーブルストンの住民たちに目を向けた。
今まで黙ったまま話を聞いていたらしい彼らもまた、どこかアーゼン達の言い合いにうんざりしているように見える。
そんな様子を見た俺は、自分だけじゃなかったんだと、どことなく安心したのだった。