第159話 捕食
「思ったよりもボロボロね」
かなり細かく破壊されてしまった領主の屋敷を掘り起こしながら、アンナがそう呟いた。
俺は小さく頷いて彼女に賛同しながらも、頭上を見上げて呟き返す。
「そりゃ、あんなところから落ちたんだからな。って言うか、ここに空気があること自体不思議なんだけど」
俺の呟きの後半を聞いたアンナは、屋敷を掘り起こす手をとめたかと思うと、頬を引きつらせながら口を開いた。
「え? ちょっと、怖いこと言わないでくれる?」
ふと抱いた疑問だったけど、確かによくよく考えれば怖いな。
けど、今現在呼吸に支障は無いわけだし、大丈夫だろ?
そうやって、現実逃避をした俺は、敢えてアンナの問いかけを無視して、質問を投げかけた。
「書斎ってどのあたりにあったんだ?」
釈然としない様子のアンナは、一つため息を吐くと、一度立ち上がって足元を見下ろす。
そうして、何やら山積みの砂を指さしながら告げた。
「……正面玄関入って左手側の、奥の方よ。屋敷の裏庭に面してたわ」
「なるほど。ってことは、大体そのあたりか」
アンナが指示した砂山に目を向けた俺は、大きく肩を落とした後、改めて砂をどける作業に取り掛かった。
シエルやクレモンも、各々で砂を掘り始めている。
魔法が使えれば、あっという間に書斎を掘り起こすことも出来たんだろうけど、できないものはしょうがない。
天井と思われる瓦礫や砂を掻きだすこと十数分。
そこでようやく、アンナが声を張り上げた。
「あ、本棚らしき物発見!」
取り敢えず、彼女の見つけた本棚辺りに集まった俺達は、砂や瓦礫をどけながら、散乱している本を集めることにした。
それらの本の中から、アンナが目当ての物を探し始める。
「え~っと、なんて題名の本だったかな」
「たしか、『カーブルストン周辺の砂漠化と魔物の関係性……』って感じだったはずですぞ」
「さすがクレモン。物覚えが良いわね」
そんな会話を交わしているアンナとクレモンを横目に、それっぽい本を探し始めた俺は、5冊目に手に取った本の題名を見て、思考が止まった。
その本は分厚い学術書で、題名もそれほど不気味なものでは無い。
一見すれば、ただの難しい本だ。
しかし、そのタイトルに含まれている単語を目にしたとき、俺は妙な納得感を覚えたのだ。
「あったあった! ほら、ウィーニッシュ、あったわよ……」
目当ての本を見つけたらしいアンナが声を掛けて来るけど、反応できない。
本を片手に突っ立っている俺の様子が何かおかしいと思ったのか、アンナは躊躇することなく、俺が手にしている学術書の題名を読み上げた。
「『リンクと捕食行為についての副作用と、魔法の関連性について』……何か気になることでもあるの?」
「いや……」
問いかけられて初めて、思考を取り戻した俺は、おもむろに表紙を開いた。
そして、ひたすらにページをめくって、とある単語だけを探し出す。
捕食。
俺の思い違いであってくれ。
そんな俺の願いもむなしく、この学術書は1つの可能性を俺に突き付けて来た。
『バディを捕食すると、疑似的にリンクと同じ結果をもたらす……その代わり、1度捕食してしまえば、バディは完全に体に取り込まれ、2度と姿を見せることは無い……』
「ニッシュ、これって……」
俺の頭の上で同じように本を覗き込んでいたシエルが、酷く言いづらそうに言葉を発した。
多分、シエルも俺と同じことを想像しているらしい。
「いや、そんなバカな話……」
嫌な想像を否定したい衝動にかられた俺は、しかし、完全に否定しきれなかった。
そんな俺達の様子を見かねたのか、アンナが首を横に振りながら告げる。
「バディの捕食なんて、実際にする奴なんているわけないじゃない。それに、ただ捕食するだけじゃダメだったはずよ?」
「そうなのか?」
「詳しくは知らないけど。何か特殊な環境下じゃなきゃ、ダメだった気がするわ。まぁ、世の中にはバディを人に見せたがらない人もいるから、気にしすぎないことね」
微かな希望を抱かせてくれたアンナに感謝しつつも、未だに納得しきれなかった俺は、とりあえず、この本を持ち帰ることにした。
少し荷物になってしまうけど、重要な情報だ。
掘り起こした本棚の下にあったボロボロの布を手に取った俺は、本を包み、自分の腰に結び付ける。
そんな俺を見ていたアンナが、ふと思い出したように呟いた。
「それにしても、バンドルディアね。どうりで聞いたことある名前だと思ったわ」
バンドルディアとは、今の学術書の著者の名だ。
それだけ理解した俺は、反射的に質問を投げかけてしまう。
「アンナ、この本の著者のことを知ってるのか?」
「実際に会ったことがある訳じゃないわ。でも、結構有名な人よ。魔法とかバディとか、いろんな物事について研究した人物で、その著書は多岐に渡ってるから。魔法騎士になるときに、必ず勉強する人物の一人ね」
「まだ生きてるのか?」
「さぁ? それより、ここを脱出する方法を考えるわよ」
俺が本の著者に食いつく理由がいまいち分からないせいか、少しあきれ顔のアンナは話題を変えようとした。
その時。
俺達の背後で生存者の捜索を続けていたアーゼン達の方から、悲鳴が聞こえてくる。
「うわぁぁぁぁ!!」
「なんだ!?」
咄嗟に声の方へ振り向いた俺は、上空に大きく跳ね上げられる人間の影と、舞い上がる砂ぼこりを目の当たりにする。
すぐに助けに向かうために、一歩を大きく踏み出した俺は、直後、足を止めざるを得なかった。
舞い上がった砂埃の中から、巨大な犬の顔が3つ、姿を現したのだ。
黒い毛皮に覆われたその犬は、打ち上げられた人間を一口で飲み込んでしまうと、その真っ赤な瞳でこちらに視線を投げかけてくる。
そこで俺は気が付いた。
巨大な犬の魔物が3匹現れたわけでは無いことを。
3つの首を持った、巨大な犬。ケルベロスと呼ばれる魔物が、現れたのだということを。
瞬間的に、俺の脳裏を1つの言葉がよぎる。
地獄の番犬。
地獄?
「もしかして……」
嫌な予感が全身を駆け巡った直後、俺を凝視したケルベロスが唸り声をあげて、こちらに駆け出したのだった。