第157話 足元の轟音
「2人とも、一旦落ち着いてくれ。昨日の敵は今日の友って言うだろ?」
「昨日も何も、彼と会うのは今日が初めてよ」
「昨日なんてもんじゃねぇ、こいつらは俺が生まれた時からの敵だ」
俺の仲介など意にも介さない様子で、2人はにらみ合う。
そんな2人の間を、なんとか取り持とうと頭を回転させていた俺は、不意にその努力を無駄に感じてしまった。
「だぁぁ! 面倒くさいな! それじゃあ、共通の敵がいるってことで、協力できないのか?」
思い付きで放った言葉に、アンナが疑問を投げかけてくる。
「共通の敵? それって何を言ってるの?」
「ハウンズに決まってんだろ!? やっぱりこの女は俺達の敵だぜ」
頭を傾げるアンナに対し、アーゼンが唖然としながら呟いている。
俺も正直、アーゼンの気持ちに賛成だ。
けど、よくよく考えたらアンナは魔法騎士として国に仕えているわけで、いわゆるハウンズの“表の顔”を見てきているわけだ。
ここいらで、俺達とアンナの、ハウンズに対する認識の差を知るのも悪くないかもしれない。
「ちょうどいいや、この際だから聞きたいんだけど。アンナ。ぶっちゃけハウンズのことをどう思ってるんだ?」
俺の問いかけを聞いた彼女は、少し言葉を選びながら話し始めた。
「どうって、まぁ確かに、色々と黒い噂は耳にしたりするわよ? でも、それって噂だし、証拠なんて出てこないから、何とも言えないわね。むしろ、彼らの供給してくれる薬品や武器のおかげで、隣国の侵略を防ぐことに役立ったこともあるくらいよ」
『黒い噂……魔法騎士でも、奴らのそんな噂を耳にするってことか。具体的にどんな噂なのか知りたいな』
抱いた疑問をすぐにでも投げつけようかと考えた俺だったが、しかし、実際にこの場で聞くことはできなかった。
理由は簡単だ、再びアーゼンがアンナに食って掛かったからだ。
「はっ! そうやって国の外に目を向ける前に、国の中に目を向けやがれよ! これだから国って奴は……」
「そういうわけにもいかないでしょ!? 国防をおろそかにしていたら、そもそも安心して暮らせないのよ? あなたこそ、もっと広い世界を見たら?」
「ちょ、やめろって2人とも。口を開けばすぐ喧嘩かよ。まぁ、双方の言い分はなんとなく分かった」
2人を諫めたあと、いったんそこで言葉を区切った俺は、改めてアンナの目を見ながら、力強く告げる。
「アンナ、それでもやっぱり俺は、ハウンズという組織は潰すべきだと思う」
「潰す? 本気で言ってるの?」
「あぁ。大まじめだぞ」
まるで俺の言葉を疑うような視線を、投げかけてくるアンナ。
そんなに俺が言っていることは、荒唐無稽な話なんだろうか。
と、話し合いに熱が入り始めていたその時、何者かが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
汗だくのその男は、俺達の顔を見渡したかと思うと、アーゼンを見つけた途端に、声を張り上げる。
「アーゼンさん! 大変だ、またあいつが現れた! 東の門付近に来てくれ!」
「チッ。またあいつか」
男の言葉を聞いたアーゼンは、舌打ちをしながら席を立ち、部屋の外へと歩き出す。
そんな彼の後について立ち上がった俺は、アンナと顔を見合わせた後、彼に問いかけた。
「アーゼン。何かあったのか?」
「ああ? 最近馬鹿みたいにでかいミミズの魔物が、街の周りに現れんだよ」
そう言いながらも歩みを止めることのないアーゼン。
仕方なく俺とアンナも彼の後を追うように、屋敷の外へと出た。
再び肌を刺すような陽射しが、俺達を襲う。
そんな陽射しをものともせず、ずんずんと歩いてゆくアーゼンの背中を見ながら、俺の頭の上でシエルが呟いた。
「ミミズ……あんまり見たくないわね」
「我は気になりますな。意外と美味かも」
彼女の呟きを拾ったのは、意外にもクレモンだ。
当然、彼の言葉にアンナが顔をしかめながら反応する。
「ちょ、クレモン、変なこと言わないでくれる? 気分悪くなるじゃない」
そんな彼女の傍を飛び跳ねながらついて来ていたロウが、非常に楽しそうなテンションで、叫んだ。
「戦いだぁ!」
どうでも良いけど、ロウはどうして俺達と一緒にアーゼンについて来てるんだ?
普通、アーゼンのすぐ横に居るべきだろ。
そんな疑問を抱きつつも、改めて前方に目を移した俺は、アーゼンの少し前方、街の中に1つの異変を見つける。
カーブルストンの地面は完全に石が敷き詰められているわけじゃない。
所々に、砂の場所が点在しているのだ。
恐らく、長い年月をかけて砂がかぶってしまったり、風化した結果なんだろう。
そんな砂地の一か所が、妙に大きく膨れ上がっている。
そのふくらみに向かって歩いていたアーゼンは、唐突に歩みを速めると、流れるように走り出し、そのふくらみに突撃した。
武骨なガントレットを、ふくらみに叩きつけ、全身で体重を食らえる。
その直後、膨らんでいた砂の中から、一匹の巨大なミミズが、姿を現し、アーゼンへと猛攻を始めたではないか。
咄嗟に助けに向かおうとした俺の隣で、アンナが冷静に分析を始める。
「あれは、サンドワームね……にしてはでかすぎるような気がするけど」
助けに行くつもりは無いらしい。
まぁ、よく見れば、アーゼンは見事な動きでサンドワームの攻撃を捌いているから、助けは要らないだろうけど。
仕方がないので、俺は勉強がてら、アンナに質問をしてみた。
「普通はあんなにでかくならないのか?」
「ええ、普通は3メートル程度よ。でもあれは、10メートルくらいあるわね。3倍以上……あぁ、気持ちわるっ」
突然顔をしかめたアンナにつられて、アーゼンの方に目を向けた俺は、後悔した。
両手でサンドワームの身体を持っていたアーゼンが、全身全霊の力を込めて、ワームの身体を引きちぎったのだ。
「うわぁ……」
ボタボタと落ちるワームの体液に、俺が思わず声を上げた時、アーゼンが大きな勝鬨と共に、手にしていたワームの亡骸を地面に叩きつけた。
ドンッという衝撃と、彼の叫びが、辺りに響き渡る。
そんな音の中に、何か聞きなれない異音が混じったように感じた俺は、呟きながら周囲に目を向ける。
「ん? 今なにか……」
特に何もない。
と思った直後。
ゴゴゴゴゴゴという地響きが、俺達の立っている足元から響きだしたかと思うと、瞬く間に轟音が辺り一帯に広がる。
そして、まるで溶けてしまったかのように、地面が抜けた。
「おわあぁぁぁぁぁ!? 地面が!? シエル!」
俺達と一緒に落下を始める大量の砂と瓦礫。
それらになんとか掴まろうとしながら、頭の上に乗っていたはずのシエルに声を掛ける。
しかし、いつの間にか振り落とされていたらしいシエルは、少し上の方で、砂の中に紛れてしまった。
「ニッシュ! ダメッ! そっちに、届かない……」
砂の中に消える瞬間、彼女のそんな声が聞こえる。
「クレモン!」
「アンナ……!」
俺達と同じ状態に陥ってしまったのか、アンナとクレモンの声もどこかから聞こえてきた。
このままでは、穴の底に身体を叩きつけられて、命を落としてしまう。
そう考えた俺は、徐々に暗くなってゆく視界の中に、全力でラインを張り巡らせたのだった。