第156話 白羽の矢
どうして俺が、こんな辺境の街カーブルストンにいるのか。
それを話し始めると長くなってしまうので、簡単に説明しよう。
約1か月前、カナルトスでのサーペント騒動を切り抜けた俺達は、全員でゼネヒット付近のダンジョンまで戻ることができた。
その道のりは大変だったけど、一人も欠けることなく窮地を脱することができたこともあって、皆、暗い表情はしていなかった。
唯一、カーズだけは何やら不穏な雰囲気を纏っていたような気もするけど、あいつはいつもそんな感じだしな。
そうして、地下の街に逃れた俺達は、更に生活基盤を整えながら、いつも通りの生活を続けていた。
当然、俺は久しぶりに特訓を再開する。
初めの方は、本当にいつも通りの生活が続いたんだけど、とある日を境に、ゼネヒットに1つの変化が表れ始めた。
その日、俺がいつも通り夜の街を駆けまわっていると、1人の男が衛兵の隙を見て、俺に叫びかけて来たんだ。
「怪人様! 助けてください!」
短く、悲痛なその叫び声を聞き、思わず足を止めた俺は、次の瞬間、羽交い絞めにされて地面に組み伏せられる男の姿を目にしてしまう。
すぐに、男の元に飛んだ俺は、組み伏せようとする衛兵達をスタンさせ、彼を逃がすことに成功した。
流石に、地下の街まで連れて行くことはできないから、彼には一つ助言をしてその場を去ったけど……。
その日を境に、同じようなことが頻発するようになったんだよなぁ。
そして、同じように、ハウンズによる地下の街への侵攻も激化していった。
そのあたりでようやく、俺達は知ったんだ。
カナルトスでの一件が、人づてに、エレハイム王国中に広まっているって。
で、そんな噂の中に、『ゼネヒットの怪人』と呼ばれている俺が、ハウンズに反乱を起こそうとしている。というものがあった。
まぁ、あながち間違いじゃないんだけど……。
この噂を、あのバーバリウスが聞き逃すわけもなく、事実、ハウンズによる襲撃の回数が日に日に増えて行った。
とはいえ、街までの道のりをヴァンデンスが見張っているし、見張りの数もかなり増やすことができたから、まだ街に侵入されたことは無い。
ダンジョンの中っていう、防衛しやすい場所を選んだことが、功を奏したみたいだな。
そんな状態でこれからのことを話し合った俺達は、幾つかの新しい目標を立てたんだ。
1つ目は、街の機能の拡張。
現在、既に住んでいる住民が安定して暮らしていくための施設は、十分に揃っている。
けど、今後はもっと大人数がこの街に住む可能性を考えておく必要があるため、拡張が必要だということだ。
これは主に、街の住民達全員で取り組んでいくことになった。
2つ目は、情報収集。
集めるべき情報として俺が提示したのは、2つ。
アルマとヴィヴィの居場所。
そして、セルパン川の名前の由来。
その他にも、ハウンズに関することや国の動向など、色々と探る必要がある。
これは主に、ゲイリーとイワンに任せてある。
そして3つ目が、仲間の勧誘だ。
住民は充分いるが、戦闘員はもう少し欲しい。
俺達がそう考えた理由は、カーズに聞いた話が原因だ。
それは、ヘル・ハウンズという戦闘組織の存在。
マルグリッドのような猛者が、ハウンズ側には彼女を含めて残り7人いるらしい。
人数的には、俺達側も揃って来ている気もするけど、ギリギリの戦いなんか望んじゃいない。
そこで白羽の矢が立ったのが、最近このカーブルストンで荒くれ者たちを束ねているという、アーゼンだったんだ。
街の防衛やその他諸々の準備のために、勧誘にあまり大人数を割くことができない状況で、俺が一人でカーブルストンに赴いた。
まぁ、この街に到着する前に、近くの村でなにやら取引をしているアーゼンに出くわしたわけだけど。
で、アーゼンやその仲間たちと詳しい話をするためにカーブルストンにやってきたら、なにやら侵入者がいるとかって話になったわけだ……。
「大人しくしておくように言われて、街の入り口付近の家で待ってたら、なんか聞き覚えのある女の声が聞こえて来たから、出て来たんだよ」
「……そう。それは良いんだけど、なんであんたはそんな話を、全部私にしたわけ? 一応私、魔法騎士なんだけど?」
「おいウィーニッシュ、俺は国の奴らとつるむつもりはねぇぞ? 当然、ハウンズもな。この女をぶっ飛ばさねぇって気なら、お前らの仲間になる話は無しだ」
1つの机を囲むように座っている俺達は今、元領主の屋敷にある部屋にいた。
椅子に腰を下ろしたままにらみ合うアーゼンとアンナ。
そんな二人を見て、俺の頭の上に乗っているシエルが呟く。
「そろそろ喧嘩はやめてもらえない? 見てるこっちがイライラしてくるんだけど。クレモン、それにロウ。あんたたちも止めなさいよ」
「シエルと言ったかな? 我も喧嘩は好きではないが、この男に関しては許してはおけんのだよ」
シエルの提案を聞いたクレモンは、机の上に立ったままアーゼンを睨みながら告げる。
そんなクレモンを見たカンガルーのロウは、アーゼンの隣で尾を一度だけブンッと振ったかと思うと、口を開いた。
「喧嘩が好きじゃない? なんでだよ? 喧嘩、面白いじゃないか」
バディまで相性が悪いらしいアンナとアーゼン。
そんな2人を見比べた俺は、深いため息を吐いたのだった。