第155話 敵意の先
※2021年9月9日に、前話である154話の内容を修正しています。
もし、それ以前に読まれた方は、154話だけ読み直すことを推奨します。
修正内容は、いつの間にかクレモンが勝手にリンクを解除していた場面を
終始、リンク状態での内容に変更しています。
稚拙なミスでした。申し訳ありません。よろしくお願いします。
急降下してくるロウを睨みつけた私は、左手を頭上に振り上げて、風魔法を放った。
まるで、私の腕から放たれたようなその風は、まっすにロウに向かって吹いてゆく。
その様を観察しながら、私はもう一つの魔法を準備していた。
それは、氷魔法だ。
本来であれば、カーブルストンのような砂漠化している地域で、氷魔法を使用するのは非常に難しい。
使えなくはないが、使用方法が制限されるのだ。何しろ、湿度が低いのだから。
しかし、水分が完全に無いわけじゃない。
とりわけ、これだけ暑い環境下に置かれた人間は、当然のように水分を排出している。
簡単に言えば、さっき私が放った風魔法には、私の汗が含まれているのだ。
螺旋を描くようにして吹き進んでゆく風の渦が、もう少しでロウに到達する直前、そんなタイミングで私は氷魔法を発動する。
ロウから見れば、ただの風魔法の中に、唐突に氷の矢が発生したように見えるだろう。
突然現れる氷の矢に、即座に対応できるものなど殆どいないはずだ。
「よしっ! これであとは……」
風魔法に乗った無数の氷の矢が、ロウの身体に突き刺さるさまを目にした私は、すぐに次の標的に意識を集中した。
視界の端で、ロウが地面に落下してゆく。
しかし、スキンヘッドの男はどこにも見当たらない。
「あれ? どこに行った?」
『あそこだ、あの建物の中に入って行った』
「え? 建物に?」
少し離れた位置にある古びた建物を見た私は、仕方がないとばかりにそこに向かった。
そして、複数の視線に気が付く。
この視線は、街に入った時に感じたそれと完全に同じものだ。
周辺にある建物、ほぼ全てから注がれる視線に、私がうんざりとし始めたその時。
先ほど聞いたばかりの笛の音が、周囲に響き渡った。
「っ!?」
咄嗟に身構えた私は、四方八方から現れたワイルドウルフの群を睨みつけながら、声を張り上げる。
「あんたねぇ! 自分で戦えないの!? こんな魔物を利用して! 情けない男ね」
そんな私の声掛けに、男は全く反応を示さなかった。
代わりと言うべきか、ワイルドウルフたちが唸り声をあげて吠え始め、次々と私に襲い掛かってくる。
それらの攻撃を剣で受け流し、隙を見て攻撃に転じては、また受け流す。
圧倒的な数を前に、しばらく拮抗状態を維持していた私は、不意に右足の自由を奪われた。
「なにっ!?」
ワイルドウルフを切り捨て、再び身構えようとした時に、右足が動かせないことに気が付いたのだ。
すぐさま足元に目を落とした私は、状況を理解した。
いつの間にか地面から現れていた紫色の蔦が、私の右足首に巻き付き、地面に縫い付けてしまっているのだ。
このままでは飛び立つこともできない。
「こんな蔦、すぐに!」
手にしていた剣で蔦を切り裂こうとした私は、その行動がミスであったことを知る。
まるで、私の隙を探していたかのように、ワイルドウルフの群れが一斉に襲い掛かって来たのだ。
「くっ! しつこいのよ!」
迫るワイルドウルフに左手を伸ばして狙いを定めた私は、躊躇することなく風魔法を放った。
勢いよく放たれた暴風が、飛び掛かろうとするワイルドウルフを一斉に吹き飛ばしてゆく。
その様を見て一瞬安堵した私は、その瞬間、左手の手首に一本の蔦が巻き付くのを目撃する。
巻き付いた瞬間、私は左手をものすごい力で地面に引っ張られた。
半ば安堵していたタイミングもあり、抵抗が遅れてしまった私は、そのままうつ伏せに倒れこんでしまう。
すると、この時を待っていたとでもいうように、私の周囲の地面から次々と紫色の蔦が生えてきたのだ。
それらの蔦は、躊躇することなく私の全身に巻き付いてゆく。
「ちょ! 放しなさい!」
背中の翼を巻き込むように、ギリギリと締め付けてくる蔦。
手にしていたはずの剣も、いつの間にか蔦によって遠くに引きずられてしまっている。
これは本格的にまずい。
私がそう考え始めた時。
ようやくスキンヘッドの男が建物から姿を現した。
「これは傑作だぜ! おい、お前ら! もう出て来ても大丈夫だぞ!」
手を叩きながら笑っている男は、そんなことを言うと、ずんずんと私の方へと歩いてくる。
私はというと、四肢を広げたままうつ伏せに倒れこんだ状態で、地面に固定されている状態だ。
逃げようにも体は動かせないし、男達に何かされても抵抗できない。
剣も手が届かない場所まで運ばれてしまっている。
絶望的ともいえるそんな状況の中で、私は何か逃げ出す方法はないかと頭を回転させていた。
『アンナ……ヤバいですぞ』
「クレモン……あんただけでも、逃げなさい」
『そんなことできるわけないであろう!?』
どれだけ頭を働かせても、全く良い案が思い浮かばないことに疲れた私は、頭の中で狼狽えているクレモンとそんな会話を交わした。
しかし、彼は素直にリンクを解いて逃げ出すことは絶対にないらしい。
そうこうしているうちに、私達の元にいくらかの人間が集まってきた。
一番人数が多いのは、スキンヘッドの男とその部下と思われる荒くれの男たち。
他にも、周辺の建物に隠れていたと思われる老人や、みすぼらしい格好の女性と、数人の子供たち。
その他にも、様々な年齢層の人間がいるが、その全員が共通してみすぼらしい格好をしていた。
そして、もう一つの共通点が彼らにはあった。
それは、手にしていた物だ。
大人だけでなく子供たちまで、全員が手に武器と思われる何かを持っているのだ。
弓矢っぽい飛び道具を持っている者やナイフを持っている者、大きめの石を持っている者。
種類は様々だが、その敵意の先にいるのは、間違いなく私だ。
冷たく、鋭い視線に恐怖を覚えた私は、身体が震えるのを我慢してスキンヘッドの男を睨みつける。
「今すぐ拘束を解きなさい! これは命令よ!」
「は? 命令?」
私の言葉を聞いたスキンヘッドの男は、不意に声のトーンを落としたかと思うと、そう呟いて指で何か合図をした。
途端、私の視覚で何か音がした……と思ったその時。
私は背中に猛烈な衝撃と痛みを感じた。
「がぁっ!」
思わず短く声を漏らした私は、歯を食いしばって痛みに耐えながら、背中の上にいるそれに目を向ける。
「よし、一旦降りて良いぞ、ロウ」
私の上に乗っていたロウに向けてスキンヘッドの男がそう告げると、ロウはしぶしぶと背中の上から降りてゆく。
未だにジンジンと痛む背中の熱に唸り声を上げそうになりながらも、私はもう一度スキンヘッドの男を睨みつけた。
「おぉ、怖いな。でもまぁ、お前の今の状況を理解しただろ? 俺達に逆らえば、もう一度、ロウに跳んでもらうことになる」
「……ふざけないで。どうして私があなた達の言うことを聞かなくちゃいけないの」
「はぁ……そうかそうか、まぁ良いぜ。ロウ、魔法騎士様はまだ状況を理解していないらしい」
そう言ってもう一度男が合図を出すと、再び、さっき聞こえた音が聞こえる。
多分、ロウが跳び上がるときに地面を蹴りつける音なのだろう。
そんな悠長なことを考えた私は、相変わらず頭をフル回転させていた。
ロウが私を踏みつけることによって、私の着ている鎧が少しへしゃげている。
このまま何度も繰り返せば、いつか鎧が壊れて、蔦を切るチャンスが訪れるのではないだろうか。
つまり、このまま何度か男を刺激して、ロウに踏みつけさせていれば、逃げ出すチャンスが来るかもしれない。
そのために、まずは痛みに耐えなくちゃ。
そう思い、来るであろう衝撃と痛みに耐えるため、目を閉じで歯を食いしばった私は、待った。
さっきと同じくらいのタイミングなら、そろそろのはず。
少しでも落ちて来るタイミングを把握しようと耳を研ぎ澄ましていた私は、不意に、聞き覚えのある声を耳にする。
「おいアーゼン、何してんだ? さっき、聞き覚えのある叫び声が聞こえた気が……ちょっと待てっ!!」
『どうして!? なんでこいつの声が聞こえるの!?』
その声を聞いた私は混乱のあまり、目を空けてしまった。
すぐにでも声のした方に目を向けたいが、身体を動かせない。
そんなことを考えていた時、私は地面に伸びる影を見て、何者かが私の身体を跨ぎ、仁王立ちしたことに気が付く。
その人物は、そのまま落ちて来たロウを両腕で受け止めると、そのまま右の方に投げ飛ばしてしまった。
地面を転がるロウと、それを目で追う人々。
そんな人々を無視するように私の正面に立ったその人物―――ウィーニッシュは、怪訝そうな表情で語りかけて来た。
「アンナ……だよな、やっぱり。その翼は見間違えようがないもんな。なんか聞いたことある叫び声が聞こえたと思ったから暑い中出て来たけど、正解だったみたいだ」
なにやら一人で納得しているウィーニッシュを見て、私は少し安堵しつつ、大きな疑問を抱く。
そんな疑問を、私は彼に直接投げかけたのだった。
「ウィーニッシュ。あなたがどうしてここに?」