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第154話 黒い瞳

 黙り込む私を見やったスキンヘッドの男は、浮かべていた笑みをひっこめると、眉をひそめながら口を開いた。


「で? 魔法騎士様がこんな辺鄙な所に何をしに来たってんだ?」


 彼の問いかけは至極当然なのかもしれない。


 砂漠化の進んだカーブルストンの街には、現在進行形で領主が存在していないのだ。


 それは、元領主が荒れ果ててゆく街を放り出して逃げ出してしまったのが原因である。


 本来なら、国がすぐにでも新しい領主を要するべきなのだが、当然、誰も荒れ果ててしまった街の領主など引き受けたがらない。


 結局、領主不在のまま長い年月が経ってしまっている。


 そんな現状は、住人からすれば、見捨てられたと取られてもおかしくないだろう。


 とはいえ、私がどうにかできる話でもないのは事実だ。


 取り敢えず、目の前の男をあまり刺激しないようにするため、私は素直に質問に答えることにした。


「初めまして。私は魔法騎士のアンナ・デュ・コレットと言います。国王直々にこの街の治安維持を命じられて―――」


「はっ! 国王直々? まさかこの国の王様は、未だにこの街が国の管理を受けていると思ってるのか?」


 私の言葉を遮るように、男は声を荒げた。


『ミスったなぁ……』


 男の反応を見てそう思った私は、それでも対話を続けようと口を開く。


「気分を害されたのであれば、申し訳ありません。ところで、あなたはこの街に住まわれている方ですか? もしよければ、話を聞かせて頂きたいのですが」


「全く、国って奴は本当に勝手だぜ。ハウンズと同じくらい気に入らねぇ。まあいい。どちらにしろ、アンタにはこの街から出てってもらう」


 男の口から出て来た不穏な単語に、思わず反応しそうになった私は、はやる気持ちを押さえつつ、男の動きに注視した。


「抵抗しないなら、このまま見逃してやっても良いんだぜ? ただし、身に着けてる鎧と有り金全部、置いて行け」


 大人しくしている私を見て調子に乗ったのか、男はそんなことを告げる。


 その態度を見た私は、丁寧に対応する必要性が無いことを悟り、ため息を吐きながら返事をした。


「悪いわね。私もそう簡単に引き下がるわけにはいかないのよ」


「安心しろ、金目の物を頂戴したら王都まで送り返してやるからよ」


 そう告げて懐に手を忍ばせた男。


 対する私も、腰に携えている剣の柄に手を添える。


 今にも戦闘が始まるかという、ピリリとした緊張感があたりに漂った時、男は懐から一本の笛を取り出した。


 木製と思われるその笛は、細かな装飾が施されており、とても武器には見えない。


「女だからって馬鹿にしすぎじゃない?」


 思わずそう告げた私に対して、男は肩眉を上げながら短く返答した。


「そう思うか?」


 直後、おもむろに男が笛を吹く。


 予想以上に美しいその音色に、一瞬聞き入りそうになった私だったが、視界の端で動く影に意識を引き戻される。


 咄嗟に動いた影の方へと目を向けた私は、影の正体を目の当たりにする。


 私達が居る屋根の上から見て、眼下にあたる路地に、ワイルドウルフの群れが姿を現したのだ。


 おまけに、狭い路地や小さな建物の窓から、翼を持ったフレイバッドという蝙蝠型の魔物まで飛び出してくる。


 単体であれば脅威となり得ないそれらの魔物が、10匹以上の群れを成して姿を現した。


 間違いなく、これは偶然じゃない。


「魔物を!?」


 驚きのあまり、笛を吹く男に目を移した私は、したり顔の男と視線を交わす。


「魔法騎士様のことを俺達がなめてかかると思ったら大間違いだぜ? 全力で対処するに決まってんだろ?」


 そう言った男は、持っていた笛を懐にしまい込むと、大声で叫びながら突撃してきた。


「ロウ! 行くぜぇ! おうりゃあ!」


「くっ……!」


 力任せに突っ込んでくる男の攻撃を避けるため、右に大きく跳んだ私は、頭上に何者かの影を見た。


 すぐに剣を抜き、迎撃しようとするが、相手の方が動きが速い。


 頭上から降りて来て、いつの間にか私の懐に潜り込んだその生物と、私は視線を交わす。


 クリッとした黒い瞳で私を見つめるカンガルー。


 恐らく、男が先ほど呼んだロウというのは、このカンガルーなのだろう。


 それはつまり、ロウが彼のバディだということだ。


 咄嗟に剣を横なぎに振るって、ロウを追い払おうとしてみたが、その強靭な足で剣を上に弾かれてしまった。


 当然、剣を弾かれた私の胴は、がら空きになってしまう。


 ロウがその隙を逃すわけもなく、私は腹を思い切り強く蹴りつけられ、大きく背後に吹き飛んだ。


「カハッ!?」


 鎧のおかげでダメージこそは少ないが、危うく胃の内容物が込み上げそうになる。


 歯を食いしばって嘔吐だけは避けた私は、吹き飛ばされた反動を利用しながら身をひるがえすと、翼を広げてバランスを取った。


「クレモン! 反撃するわよ!」


「当然!」


 しかし、スキンヘッドの男がただ待っているわけもなかった。


「させるか!」


 そう言って叫んだ男が、私の方を指さしたと同時に、空で旋回していたフレイバッドの群れが動き出す。


 群れがこちらに向かって飛んでいることを確認した私は、即座に剣を抜き取ると、迫りくる群れに狙いを定めた。


 甲高い鳴き声を上げながら、不規則な動きで迫りくるフレイバッドの群れ。


 ついに私の元まで到達したフレイバッド達は、その鋭い牙を見せつけるようにして、襲い掛かってきた。


 その瞬間、私は手にしていた剣を左右に連続で大きく振り抜き、3匹のフレイバッドを仕留める。


 その勢いのまま横に一回転した私は、続けざまに2度3度と剣を振り続けながら、視線の先にいる男の元へと進んだ。


『アンナ! 上だ!』


 10匹以上のフレイバッドに囲まれていた私は、クレモンがそう言うまで気が付かなかった。


 ハッと空を見上げた私は、日光の眩しさに目を細めながらも、カンガルーの影を確認する。


 頭上のロウを迎え撃とうと、その場で身構えた私は、見上げたままの視界の下端で動く、スキンヘッドの男に気づいた。


「本当に面倒ねっ!」


 一人悪態を吐いた私は、即座に作戦を変えることにしたのだった。

2021/9/9修正 クレモンが勝手にリンクを解除しているような矛盾が生じていたため、修正しました。

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