第141話 聞きたいこと
俺達が拘束されてからどれだけの時間が経ったのだろう。
良く分からない時間の流れに身を任せていた俺は、このままでは何も進展がないので、意を決してイワンに情報を話した。
主に話をしたのは、サーペントのことだ。
俺の様子を見に来たイワンは、想像もしていなかった俺の話を聞き、眉をひそめて告げる。
「サーペント? 何を言ってるんだ? そんなの、伝説上の化け物だろ?」
まぁ、信じてもらえないのは分かっていたよ。
しかし、そこで話を切り上げられては困るので、俺はその場を後にしそうなイワンに向けて食い下がる。
「本当にいるんだって! それも、このカナルトスの真下に。で、近いうちに姿を現して、街を破壊するかもしれないんだ」
「もしそれが本当なら、サーペントはなんで今頃になって、街を襲うんだ?」
「っ!? それは……俺にも分からないけど」
当然のように、まっとうな疑問を投げつけてくるイワンに、俺は言葉を詰まらせてしまう。
そんな俺に対して追い打ちをかけるように、イワンが言葉を続けた。
「カナルトスができたのはとてつもない昔の話だぞ? それなのに、今まで街がサーペントに襲われた記録は残されていない。あくまでも俺の知る限りの話だけど、それでもおかしな話だと思わないか?」
彼の言うとおりだ。
サーペントがカナルトスを襲う理由について、俺は正直何も知り得ていない。
一つだけ、可能性が無いとも言えない仮説を思い浮かべながら、俺はイワンに問いかけてみる。
「だからって、それが襲われない理由にはならないだろ? ……そうだ、バーバリウス商会が河に廃棄している薬が原因なんじゃないのか?」
「……ありそうな話ではあるが。それも確証はないな。とにかく、俺は今から忙しくなる。全て終わるまで、ここで大人しくしていろ」
俺の言葉を聞き、何やら考えこむような素振りを見せたイワンだったが、そんな言葉を残して部屋を後にしてしまった。
少しずつ遠ざかってゆく足音を聞きながら、俺は悪態を吐く。
「大人しくなんてしていられる場合じゃないんだよ……くそっ! メアリー、どうしたらいいと思う?」
焦りのあまり、傍で今までの様子を見ていたであろうメアリーに問いかけた俺は、返って来た彼女の声を聞いて苦笑いした。
「んんんんんんんぅぅ!」
「すまん、何言ってるか分からん。俺が猿ぐつわを外せたら良いんだけど……」
依然として両手両足を拘束されている俺には、彼女の猿ぐつわを解くことはできない。
なぜ俺だけ猿ぐつわを解かれているのかとイワンに聞いたら、メアリーが叫びまくってうるさかったかららしい。
今となっては、叫びまくったせいで疲れたのか、メアリーはかなり大人しくなっている。
そうして俺は、再び薄暗い部屋の中でゆっくりと流れてゆく時間に身を任せた。
イワンが出て行ってからしばらくたったころ、唐突に、何かの振動が床から全身に伝わって来る。
「なっなんだ!?」
音に気付いても部屋の外の様子を見に行けるわけでは無いため、俺は全身の神経を耳に集中した。
床に耳を当て、聞こえてくる音を精査する。
大勢が走っているような足音や、怒号、そして何かが爆発するような衝撃音。
それらの音に該当するような事例など、そう多くはない。
「襲撃されてる? 誰かがここを襲撃してるのか? もしくは、街で戦闘でも起きてるのか?」
呟いた俺は、その直後、騒音の元が俺達の元へと近づいていることに気が付く。
駆けてくる足音を聞き、咄嗟に扉の方に目を向けた俺は、メアリーに目配せしながら叫んだ。
「こっちに誰か来るぞ! お~い! 誰か! 助けてくれ!」
すると、俺の返事に答える女性の声が、耳に響いてきた。
「そこに誰かいるの!?」
『げっ! この声は!?』
聞いたことのある女性の声。
その女性は金属が擦れるような騒々しい音と共に扉の前に現れ、躊躇することなく部屋の中へと入ってくる。
長い金髪を振り乱した女騎士、アンナ・デュ・コレットが部屋の中を見渡し、俺とメアリーを見つける。
「子供? こんなところになぜ? 君たち、怪我はない?」
軽装鎧に身を包んだアンナは、俺の傍にしゃがみ込むと、優しい声で問いかけてくる。
そんな問いに俺が頷いて見せると、アンナはゆっくり頷き返し、扉付近で待機していた兵士に向けて指示を出した。
「2人を外に連れて行ってあげて!」
そう言う彼女に、俺は慌てて声を掛ける。
「ちょっと待ってください! 俺のバディがどこかに捕まってるんです!」
「分かったわ、私が見つけて助け出すから。あなた達は外で待っていてちょうだい」
なんとも頼もしい彼女の返答を聞いた俺とメアリーは、足の拘束を外してもらい、兵士に連れられて外に出た。
なぜか腕の拘束だけ解いてもらえなかったことが気になるが、今はそれどころではない。
入り口には氷で作られたトンネルのようなものが出来上がっており、水中を泳ぐことなく、外に出ることができた。
陽の位置を見るに、もうそろそろ夕方に差し掛かろうという時間らしい。水面が日光を反射し、キラキラと輝いて見える。
入るときに通って来た梯子の下で待機しながら、俺は状況を確認する。
『イワンは捕まってないみたいだな。それに、カーズとクリュエルも居ない。あの2人は俺達みたいに捕まってなかったってことか?』
周囲には大勢の兵士が待機しているが、見知った人物はメアリーしかいない。
カーズ達がどこで何をしているのか分からないが、無事であることを祈るしかない。
そうこうしていると、中の捜索を終えたらしいアンナが、氷のトンネルを通って外に出てきた。
彼女の後ろにはシエルとルミーを抱えた兵士が着いて来ている。
「さて、一つだけ君に聞きたいことがあるんだけど。良いかな?」
俺達の元にたどり着いた彼女は、開口一番にそう言った。
「え? は、はい。何ですか?」
戸惑いながら応えた俺に、アンナはシエルを指さしながら告げる。
「この子が、君のバディで間違いない?」
「はい、そうです」
応えた直後、俺は後悔した。
なぜなら、俺の返事を聞いたアンナが、肩眉を上げて大きく頷きながら告げたのだ。
「ふ~ん……そっか。猫耳に、リスの尻尾。そして、まだ幼い男の子」
『ヤバッ……バレたか?』
アンナはリンクの存在を知っている。そのうえ、魔法騎士だ。
ということは、リンク時の特徴からバディの姿も簡単に推測できるということだ。
魔法騎士である彼女が、ゼネヒットに毎晩現れていた謎の子供について知っていても、なんらおかしくはない。
「何よ! あたし達に何か文句でもある訳!?」
焦りのあまり、シエルが声を荒げてそう言ったが、アンナはチラッと一瞥しただけで、無視してしまった。
そうして、次はメアリーに目を向けた彼女は、同じように問いかける。
「あなたのバディはこの子かしら?」
「そ、そうですわ」
「……あなた、メアリー・エリオットね?」
「……」
ズバリ言い当てられたメアリーは、完全に口を噤んで黙り込んでしまった。
そんな彼女を見て、アンナは、ため息を吐くと、俺とメアリーを見比べながら告げたのだった。
「まぁ良いわ。少しあなた達に聞きたいことがあるから、着いて来てもらうわね」