第140話 そっと目を閉じて
目を覚ました時、俺の視界は完全な漆黒に包まれていた。
おまけに、両手両足の自由も奪われ、猿ぐつわのようなものも咥えさせられている。
『拘束されてるってことか? ってことは、セルパンキーパーズの連中に捕まったってことだな』
務めて冷静を保ちながら、そう考えた俺は、辺りの様子を伺うために聞き耳を立ててみる。
しかし、既にリンクは解除されてしまっているようで、これと言って重要な情報は得られなかった。
唯一聞き取れたのは、傍で誰かが唸っている声くらいだろうか。
俺と同じように捕まっている人物がいるらしい。
『今は何もできそうにないな……』
少しだけ気怠さを感じる頭でそう結論付けた俺は、仕方がないので情報の整理をすることにした。
何よりもまず整理したいのは、今しがたまで見ていた記憶の欠片で得られた情報。
新しく得られた情報はいくつかある。
その中でも一番初めに思い浮かべたのは、なんといってもマーニャの事だ。
なぜ彼女がカナルトスに来ていたのか。何をしに来たのか。今回も来ているのか。
……彼女が無残にも死んでしまうのは、避けられないのか。
それらの考えに、深くはまり込んでしまいそうになった俺は、咄嗟に気を取り直し、ミノーラとの会話を思い出した。
まずは見えるものから、知っているものから、視野を広げていく。
ミノーラの言うとおりだ。
見えないことや分からないことばかりに時間を取られてしまっては、間に合うものも間に合わなくなってしまう。
『必ず助ける。そのために、今は落ち着いて情報を整理するんだ』
一人でそう決心した俺は、改めて情報の整理を続けた。
『サーペント。セルパン川にあんな化け物が住んでいることを、街の住人たちは知ってるのか? いや、十中八九気づいていない。サーペントを見た時のアンナの反応は、知ってる人のそれじゃなかった』
ならば、早いうちに大勢に伝えておくべきか。もしくは、サーペントへの対策を練っておくべきか。
俺にできることと言えば、それくらいだろう。
『そう言えば、結局あの後サーペントはどうなったんだろう。まぁ、それは後で良いか』
心の中で独白した俺は、次に気になることについて考えた。
『マルグリッド。あの子はいったい何者なんだ? アンナやジャックと共闘していたから、多分、ハウンズ側の人間なんだろうけど』
考えながら、俺は彼女の姿を思い返す。
ケラケラと笑みを浮かべながら鞭を振るうその姿は、見た目だけで言えば、幼い少女だった。
『それにしては強かったよな……普通じゃない。まぁ、俺が言うのも変な話だけど』
俺自身も普通ではないからこそ、感じた違和感。
何か、不自然な力によって、彼女は強化されているのではないだろうか。
例えば、カーズの言っていたバーバリウス商会の売っている薬、とか。
そこまで考えた俺は、かすかに聞こえる足音を耳にした。
少しずつ近づいてくる音を聞きながら、息を潜めていた俺は、何者かが俺のすぐ傍に立ち止まったのを感じた。
「ウィーニッシュ。まだ起きてないのか? そろそろ起きてくれないと困るんだがな……もしかして、薬の量間違えたか?」
そんなことを呟いた男は、何やらごそごそと音を立てたかと思うと、俺の首筋に手を当てる。
「死んでるわけじゃ……ん? おい、お前、起きてるだろ」
なぜか起きていることがバレてしまったことで動揺した俺は、背中に嫌な汗をかく。
「黙ってても丸わかりだぞ? 昨日までは何をしても反応しなかったからな」
そう言った男は、俺に取り付けられていた猿ぐつわと目隠しを躊躇することなく外した。
これ以上隠しても意味がないと判断した俺は、急激に明るくなった視界に、目を細めながら、眼前の男を見上げる。
「おはよう。よく眠れたか?」
そう告げた男の腰には、一本のカットラスが携えられている。
恐らく、こいつがセルパンキーパーズのリーダーであるイワンだ。
同時に、彼はゲイリーの兄でもあるらしい。
ふとその事実を思い出した俺は、俺を見下ろすイワンに向けて告げる。
「おはよう。できればもう少し柔らかいベッドで寝たかったな。ところで、イワンっていうリーダーはアンタか? 実は、弟のゲイリーから伝言があるんだけど」
もちろん、はったりだ。
しかし、イワンにとって俺の言葉は予想外のものだったようで、目に見えて動揺を見せている。
「……ゲイリーだと? お前、なぜそれを?」
「詳しく話す前に、まずは拘束を解いてくれよ」
「……」
このまま拘束を解いてくれればなどと考えていた俺の考えは、甘かったようだ。
一瞬迷いを見せたイワンは、何かを思い出したように疑いの目を投げかけてくる。
「そんな言葉で騙されないぞ? やはり、お前らはハウンズの仲間だな?」
「は? なんでそうなるんだ? 違うぞ、俺達はむしろ……」
「違うという証拠はあるのか?」
「証拠? と言われてもなぁ……敵対してるとしか。あ、そうだ、ここ数年間、ゼネヒットに現れるっていう猫耳とリスの尻尾を持った子供のことを聞いたことないか? 毎晩、ゼネヒットの警備を掻い潜って暴れまわってるって。あれが俺なんだけど」
「知らん」
「ぐ……」
「とにかく、お前らが明確な証拠でも出さない限り、ここで大人しくしててもらう」
そう言ったイワンは、そのまま俺を見向きもせずにどこかへと歩き去って行った。
そんな彼を見送った俺は、改めて今自分がいる場所を見渡してみる。
牢屋と言うよりは物置と言った方が似つかわしい小部屋。
積み重ねられている木箱や篭には薄っすらと埃がかぶっており、心なしか空気が淀んでいるように思えた。
薄暗い部屋の中を見渡した俺は、最後に、隣に横たわっている女に目を向ける。
「きれいなドレスが台無しだな……」
「……」
俺の言葉に鋭い目つきで返してきたメアリー。
いつも身に着けていたはずの仮面も没収されてしまったのか、彼女は手足を拘束された状態で床に横たわっている。
大きなけがなどは負っていないようなので、ひとまず安心した俺は、そっと目を閉じて考える事に集中した。
決して、ドレスがはだけて露わになったメアリーの下着から、目を逸らしたわけでは無い。
そのまま、悶々とする頭を落ち着けるために、考え事を続けた俺は、気が付けば深い眠りに落ちていたのだった。