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第138話 追憶:乾いた音

 マルグリッドによる不意打ちをギリギリで躱した俺は、地面を転がりながら彼女から距離を取った。


 こちらを睨みつけてくるマルグリッドを鋭く睨み返しながら、俺は視界の端でサーペントを観察する。


 明らかに俺達のいる場所を凝視しているサーペント。


 まるで、ずっと探していた何かをようやく見つけたとでも言うように、その巨体をうねらせて咆哮を上げ始めている。


 脳みその奥までかき乱すような轟音に、痛みを感じた俺は、歯を食いしばった。


「まさか……サーペントの狙いは!」


 どうやらメアリーが何かに気が付いたらしい。


 自然と視線を交わし合った俺とメアリーは、改めてマルグリッドに目を向けた。


 こいつが通りに足を踏み出した途端、いや、正確にはマルグリッドが白日の下に姿を現した途端。


 サーペントがこちらに注意を注ぎ始めたのだ。


 なぜ、サーペントがマルグリッドのことを狙うのか。


 素朴な疑問を抱きつつも、俺はそれ以上に強烈な危機感を覚えていた。


「バレちゃった。くくくっ。どうしよう、またあいつに街を破壊されちゃうよ~? そうなったら、もっと被害が出ちゃうかもねぇ」


「何が可笑しいんだよ」


「楽しくない? スリル満点だよ? あ、でもこれ以上街を壊しちゃったらあたしも怒られちゃうかなぁ? まぁ、いっか。ぜーんぶあいつのせいにすればいいし」


 楽し気に言ってのけるマルグリッドは、サーペントの視線に全く動じていないようだ。


 それどころか、この状況を楽しんでいる。


『こいつ、ヤバいわね。それよりニッシュ。サーペントがまた集中砲火してくるみたい! さっきの水の防御膜は作れる?』


「あいにく周りに水がないしな……」


「なに? 独り言?」


 こちらの様子を伺いながら、隙あらば攻撃を仕掛けようと身構えているマルグリッドに、俺は短く応えた。


 そんな膠着状態が長く続くわけもなく、事態は唐突に動き出す。


「ウィーニッシュ!」


 メアリーの叫び声と共に、四方八方から水の弾丸が降り注いで来る。


 咄嗟に物陰に向かって飛び込んだ俺は、俺に追従するように飛び込んでくるマルグリッドの姿を目の当たりにする。


 そんな彼女は、右手の鞭で弾丸を弾きながら、左手の鞭を俺の方へと伸ばしてきた。


 鋭く風を切って伸びてくるピンク色の鞭。


 それに捕まってしまえば、また先ほどのように身動きを封じられてしまうだろう。


「捕まってたまるかっ!」


 気合と共にそう叫んだ俺は、身を投げ出して飛び込んでいる体勢のまま、右の拳にポイントジップを作り、思い切り地面を殴りつけた。


 直後、瞬発的な反動によって、俺の身体が宙に浮かび上がる。


 おかげで、俺は伸びて来ていた鞭をギリギリ躱すことに成功した。


 うつ伏せのまま地面に落下した俺は、間髪入れずに立ち上がると、駆け寄って来るマルグリッドに向き合う。


 悠長に構える時間は無い。


 続けざまに放たれる鞭を視界でとらえるよりも速く、俺はトルネードジップを放った。


 当然、トルネードジップに巻き込まれた鞭の先端は、ラインに沿って俺を巻き込むように軌道を描いてゆく。


 このまま制御を奪ってしまおう。


 そう考えた俺は、しかし、それが上手くいかないことを思い知る。


 マルグリッドがニヤッと笑みを浮かべた直後、描いていたトルネードジップが消し飛ばされたのだ。


「なっ!?」


「あたし達からこれを奪うことはできませんよ? 身体の一部みたいなもんだからね!」


 そう言ったマルグリッドは、俺の周りに巻き込むように伸びている鞭を思い切り引っ張った。


 当然、引っ張られた鞭はその勢いのままに径を縮めて、俺を締め上げようとする。


 そのうえ、このタイミングでなぜかサーペントが集中砲火をやめてしまった。


 当然ながら、手すきになった鞭をマルグリッドが持てあますわけもなく、容赦なく俺に向けて放たれた。


 捕まる!


 そう思った直後。


 1つの影が俺とマルグリッドの間に降り立った。


 かと思えば、伸びていたマルグリッドの鞭を、音もなく切断してしまう。


 カットラスを手にしているその男、イワンは俺に背を向けて立ち、マルグリッドと対峙している。


 俺が突然の援軍に驚いていると、追加で3つの影がマルグリッドの奥に現れた。


「ウィーニッシュ! ここにいたか」


 そう言ったのはカーズだ。


 マルグリッドに負わされた顔の傷から血を流してはいるものの、無事らしい。


 その隣には、ナイフを構えたクリュエルと魔法を唱える準備をしているメアリーが居る。


「あ~、もう! だから邪魔! なんであたしの邪魔するの!?」


 囲まれて怒りをあらわにするマルグリッド。


 こうなってしまえば、流石のマルグリッドも敵わないだろう。


 僅かな心の余裕ができた俺は、ふと空を見上げた。


 サーペントが突然攻撃をやめた理由が気になったのだ。


 そして、心の余裕は一瞬にして焦りに変わる。


 再び尻尾を振り上げた状態のサーペントが、今まさに俺達がいる場所に狙いを定めているのだ。


 なんとかその攻撃を防ごうと、アンナが巨大な岩を使って迎撃しているようだが、上手く行くとは到底思えない。


 そんな状態を理解していたのか、眼前のイワンが俺の方を振り返ることもなく告げた。


「ウィーニッシュ、行ってくれ。あれを止めることができるのは、お前しかいない」


 俺にしかできない。


 それを聞いた俺は、即座に彼の言葉を理解した。


 雷魔法。


 この場にいるメンバーの中で、唯一俺だけが使える魔法。


 そして、サーペントに効果があると思われる強力な魔法。


 ここまで理解できれば、あとは行動するだけだ。


「任せろ!」


「あ! 逃げるつもり!? 待ってよ! あたしがあんたを殺さなくちゃいけないんだから!」


 しつこく俺を追いかけようとするマルグリッドは、イワンやクリュエルに牽制されている。


 そんな彼女を尻目に、思い切り飛び上がった俺は、サーペントの攻撃を妨害しようとしているアンナの元へと飛んだ。


 街の上を飛んでいる時に、ジャックという魔法騎士が炎魔法で街の周囲を取り囲んでいる浮き水を潰して回っていることに気が付く。


 しかし、水の量が膨大すぎて、あまり進捗はなさそうだ。


 休むことなく瓦礫を放ち続けるアンナ。


 それらの瓦礫を受けて、苛立ちを見せているサーペントの注意は、街からアンナへと向きつつあるようだ。


「ってことは、俺に気づいてない可能性もあるな」


『そうね、今のうちかもしれないわ! でかいの一発、撃ち込むわよ!』


「おう!」


 ジップラインでサーペントの腹部に向かう俺は、空いている左手で狙いを定め、ラインを描く。


 そうして、今まさに雷撃を放とうとした直後。


 俺は背後から警告を耳にする。


「下よ! 逃げて!」


 声を耳にした俺は、反射的に左手から伸ばしていたラインを発動させた。


 バリバリという轟音が空気を震わせたのと同時に、俺は全身に激痛を覚える。


「ぐぁ!?」


 視界を下から上に通り過ぎてゆく無数の影。


 まるで弾幕のように飛んでくるそれらの弾は、間違いなく、サーペントの攻撃だった。


 下半身を中心に、モロに攻撃を受けてしまった俺の集中が続くわけもなく、俺は落下し始めてしまう。


 それでもなお続いていた痛みに、俺が耐えていると、不意に何か硬いものが俺の身体を下から支える。


『ニッシュ! 大丈夫!?』


「ぐあぁぁ、痛てぇ……でも、大丈夫だ」


 頭の中で響くシエルに答えながら、俺は自分が大きな瓦礫の上に載っていることを確認した。


 そして、すぐ傍を飛んでいるアンナを目にする。


「大丈夫!? あんた、今の魔法は?」


「助けてもらって悪いな。でも良いのか? 俺達、敵同士だろ?」


「今そんなこと言ってる場合? それより、今の魔法、まだ使える?」


「まだ俺に戦わせるつもりなのか? 人使い荒いな」


「そういう割に元気そうじゃない。さっきの攻撃をまともに受けたのに……どんな身体してるのよ」


「生まれつき丈夫な身体でね。で、何か策でもあるのか?」


 痛む足をさすりながら問いかけた俺は、完全に俺達に敵意をむき出しにしているサーペントを見上げた。


「策ね……。あんたの今の魔法を、サーペントの顔面にでも撃てたら、少しは効くと思うんだけど……、流石にそんなこと、サーペント自身も分かってるみたいだし」


 そう言うアンナの顔は、苦虫を噛み締めたように歪んでいた。


 恐らく、すでに何度もサーペントの顔付近を狙ったが、全て上手くいかなかったのだろう。


「せめて、顔を降ろしてくれたらいいんだけど……」


 メアリーと同じようなことを言うな。


 そんなことを俺が思った時。


 何かが破裂するような乾いた音が、周囲に響き渡った。


「何!?」


 短く声を上げるアンナ。


 そんな彼女の声に続くように、立て続けにもう一度、乾いた音が響き渡る。


 その音の直後、俺達を悠然と見下ろしていた巨大なサーペントが、突然バランスを崩して、街の方へと倒れこんできたのだった。

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