第136話 追憶:水の球
メアリーに作戦を伝えた俺は、すぐに行動を開始した。
ジップラインを真下に伸ばし、急降下を始めた俺の後を、メアリーが着いて来ている。
チラッと背後を確認した後、俺は自分のするべきことに意識を集中することにした。
セルパン川の水面すれすれまで降下した俺は、そのまま街の下に向かってラインを伸ばし、視線を上げる。
俺達の頭上には、ボロボロと瓦解を始めているメインブリッジとカナルトスの街がある。
その背景に見える晴天の空とサーペントの巨影、そして浮いている水のことを一旦無視した俺は、左手と両足に意識を集中した。
右手のジップラインで空を飛びながら、残りの手足から、それぞれ5本ずつのラインを伸ばしていく。
それらのラインは螺旋を描きながら河の中に沈んだかと思うと、大量の水を引き連れて再び姿を現した。
「メアリー! 準備は良いか!」
「いつでも大丈夫ですわ!」
「いくぞ!」
彼女の返事に応じるようにそう叫んだ俺は、3本の巨大な水の柱を上空の橋に向けて伸ばしていった。
3本の水の柱は互いに絡まり合いながら、ついに崩壊しかけているメインブリッジに衝突する。
「今だ!!」
「はい!」
俺の掛け声に合わせて水の柱に突っ込んでいったメアリーは、短くそう叫ぶと同時に、柱に触れた。
途端、メインブリッジまで伸びていた水の柱が、見る見るうちに氷の柱へと変貌を遂げてゆく。
「まずは1本!」
「まだまだ足りませんわ! 早く次の柱を!」
「分かってる!」
出来上がった氷の柱をまじまじと見る余裕もないままに、俺は次の柱を作るために、再びラインを描き直した。
その間も、右手で伸ばしたラインで移動を続けている俺達は、気が付けばサーペントによって抉られた一角の真下に到達していた。
それまでに造り上げた柱の数は10本。
1本の柱を建てるために、毎度15本のラインを描かなければいけないのは、思っていた以上に大変だ。
とはいえ、休んでいる暇はない。
同じく、メアリーも俺と同じように消耗しているはずだ。
「メアリー、大丈夫か? あと10本くらい作れそうか?」
「だ、大丈夫ですわ! 舐めないでくださる?」
明らかに強がっている様子のメアリーに頷いて見せた俺が、未だ氷の柱で補強できていない個所に方向転換した直後。
俺の頭の中でシエルの声に響き渡った。
『ニッシュ! 右前方から何かが来るわ!』
咄嗟に右前方を警戒した俺は、水面から何かが飛び上がって来るのを目撃する。
1つ、2つと宙に飛び上がって来たそれらの物体は、徐々に数を増やしながら俺達の方へと向かって来ているようだ。
よく見ると形の定まっていないそれらは、まるで空に浮かんでいる水のようで。
そこまで考えた俺は、強烈に嫌な予感を覚える。
「メアリー! 回避だ!」
言いながら急上昇した俺は、足元を何かが掠めていったことに気が付く。
「きゃあ! 撃って来ましたわ!」
「サーペントに気づかれた!」
言いながら、左手でこちらに向かってくる水の塊に狙いを定めた俺は、迎撃のための雷を放った。
バリバリと音を立てながら走り抜けた稲妻は、水の塊を貫き、そのまま河へと落ちてゆく。
しかし、雷撃を受けた水の塊が動きを止めることは無かった。
普通に考えて、水の塊は生物ではなく、サーペントによって操られている水なのだから、当然だろう。
「効かないかっ!」
徐々に近づいてくる水の塊は、既に数十もの数に増えている。
このままでは完全に包囲されて、高圧水流の弾丸でハチの巣にされてしまう。
現に、俺達の進行方向へ先回りをし始めている水の塊も現れ始めていた。
「ヤバいな」
容赦なく撃ち込まれてくる弾丸を、なんとか躱しながら、先を目指す俺達。
じわじわと追いつめられていった俺達は、ついに限界を迎えてしまった。
『ニッシュ! 左後方にも奴らが現れたわ!』
「ウィーニッシュ! 前!」
「っ! 包囲された!」
シエルの警告に背後を振り返った俺は、立て続けに告げられたメアリーの警告を耳にし、理解する。
俺達を取り囲むように、四方八方に広がった無数の水の塊。
それらの中に突っ込んでいくわけにもいかず、移動をやめた俺達は、身構えた。
直後、躊躇いなど持たない水の塊たちは、一斉に弾丸を発射する。
まるで、狙い定めたかのように、正確に俺やメアリーに飛んでくる弾丸。
それら全てを避けきれる訳もなく、咄嗟にメアリーのことを庇おうとした俺は、一瞬で視界が歪んだことに気が付く。
何が起きたのか分からない。
ただ一つ分かるのは、俺達が水中に居ると言うこと。
「な!? どうなってるんだ!?」
周囲を見渡した俺は、そこでようやく気が付いた。
いつの間にか俺達を包み込むような水の球が出来上がっているのだ。
半径が5メートルくらいはありそうな大きな水の球は、さながらサーペントの操っているそれと同じようにも見える。
すぐにメアリーに目を向けてみるが、彼女もまた驚いている様子なので、彼女の仕業ではなさそうだ。
と、状況を理解できなかった俺は、ふと、もう一つのことに気が付く。
俺達を包み込んでいる水の球が、飛んできていた高圧水流の弾丸を全て吸収してくれているのだ。
誰かが、俺達のことを助けてくれた。
俺がその考えに辿り着いた直後、その人物が足元からゆっくりと姿を現した。
「これくらいの防御魔法も使えないのか。基本中の基本だぞ」
そんなことを言いながら河から上昇してきたゲイリーは、半ば呆れたような表情を見せている。
彼の胸元に水流の鱗を見た俺は、ようやくその魔法具のことを思い出しながら、安堵した。
「ゲイリー! なんでここに居るんだ!?」
「ゲイリーさん!?」
驚きのあまり声を上げてしまう俺とメアリー。
そんな俺達を軽く無視したゲイリーは、辺りを一望した後、俺に向けて告げる。
「話は後だ。お前たちはこのまま柱を作って、サーペントを迎撃しろ。俺は包囲しているあいつらを潰す」
淡々と言ってのけるゲイリーは、そのまま水の球から出ていこうとしたが、何か思い出したかのように俺の方を振り返り、付け加えるように言ったのだった。
「それと、どこかにマーニャが居るはずだ。探しておけ」