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第135話 追憶:巨大な尻尾

 サーペントと呼ばれたその化け物は、河の中から姿を現したのだろう。


 その巨体からは大量の水が滝のように流れ落ちている。


 しかし、それらの水が街や河に降り注ぐことは無かった。


 まっすぐ落下していた無数の水は、まるで風に乗って運ばれているかのように、街の周りを漂い始めたのである。


 深く考えるまでもない。


 サーペントが魔法を使用して、大量の水を操っているのだろう。


 人の使う魔法とは明らかに異なるその規模感が、それを証明している。


『焔幻獣ラージュに、サーペント……この世界には何体の化け物が居るんだよ』


 そんなことを考える『俺』は、心の中でため息を吐きながら、事の成り行きを見守ることにした。


「……もしかしてあのサーペントって、怒ってるのかな?」


 俺の呟きに反応する者はおらず、ただ沈黙が流れる。


 代わりに応えてくれたのは、他ならぬサーペント自身だった。


 手足は無く、全身を青い鱗に覆われたサーペントは、その黄色い瞳でカナルトスの街を見渡すと、俺達のいる場所を見て動きを止めた。


 直後、固く閉じていた口を大きく開いたサーペントは、耳をつんざくような咆哮を上げる。


 咆哮による音波と、それによって発生した暴風が、俺達の全身に襲い掛かる。


 生臭さを含んだその暴風に耐えていた俺は、視界の端で動く影を目にし、咄嗟に近くの路地に身を隠した。


 その行動が功を奏したようで、俺は細い路地の物陰から、通りの惨状を目の当たりにする。


 街の周囲に漂っていた浮き水から、無数の弾丸が降り注いできたのだ。


 高圧水流と思われるその弾丸は、街の建物や地面を小さく抉ってしまうほどの威力があるらしい。


 普通の人間が浴びてしまえば、ひとたまりもないだろう。


 まさに、死の雨だ。


『どうなってんのよ! ニッシュ、どうするの!?』


「どうするって言っても……おいおい、ちょっと待て、あいつ何するつもりだ!?」


 頭の中から呼びかけてくるシエルに、軽口を返そうとしていた俺は、新たに現れたもう一つの巨大な影を目にして、呟いた。


 サーペントの左わきから姿を現したそれは、恐らく、サーペントの尻尾と思われるもの。


 鱗に覆われた巨大な肉の塊とも言えるその尻尾が、ゆっくりと反動をつけながら、街の方へと倒れこんできたのだ。


 空から降り注いで来る巨大な尻尾に、俺は強烈な圧迫感を覚えた。


「やっべぇ! 逃げろ! みんな逃げろ!」


 もはやなりふり構っている場合ではない。


 敵も味方も関係なく、そう叫んだ俺は、高圧水流の飛び交う空に向けてジップラインを使って飛び上がった。


 後ろや周囲を見ることもせず、ひたすらに尻尾から離れるように飛ぶ。


 途中、何度も水の弾丸を四肢に受けた俺は、それでも速度を落とすことなく飛び続けた。


 飛び立ってからどれだけの時間が経っただろう。


 数秒? 数十秒? 数分? それとも数時間?


 少なくとも、まだまだ逃げ足りないと俺が感じていた最中、それは唐突に訪れた。


 重たく、短い衝撃波。


 背後で弾けたその衝撃波は、一秒と待つことなく、俺の背中に激痛を打ち付ける。


 まるで、巨大な岩が背中にぶち当たったのかと錯覚するような衝撃を受けた俺は、猛烈な勢いで前方に吹き飛ばされた。


 その際、頭部を激しく揺らされたせいで、視界が若干歪んでしまう。


 遅れて全身を駆け巡ってゆく痛みによって、なんとか意識を失わずに済んだ俺は、勢い任せに暴れている体のバランスを取り戻そうと、ラインを描く。


 再び背後から響いてくるサーペントの咆哮。


 それを耳にした俺は、痛む身体を両手でさすりながら、カナルトスの街を振り返った。


 そして、眼下に広がる光景を前に、思わず声を漏らしてしまう。


「嘘だろ……」


 街の東側の一角がゴッソリ無くなっている。


 街だけでなく、街の東を支えていた2本のメインブリッジも、盛大に削り取られてしまっていた。


 このままでは橋が街を支えることができず、最悪の場合、街全体が崩壊するかもしれない。


 そんな俺の懸念を証明するように、カナルトスの街や橋に、損壊した個所を起点とする無数の亀裂が走り始めていた。


「ウィーニッシュ!」


 街の様子を見て呆気に取られていた俺は、不意にかけられた声の方に視線を向ける。


 ボロボロになったドレスを風になびかせながら近づいてきたのは、メアリーだ。


 ドレスがボロボロになったのは、恐らく水の弾丸のせいだろう。


 いつの間にか止んでいる弾丸のことを思い出しながら、俺は、彼女に声を掛けた。


「メアリー! 無事だったか!」


「私はなんとか、でも……」


 そう言った彼女は、俯きがちに街の方に目を向けた。


「あれでは、カナルトスは壊滅ですね」


「かといって、俺達にあれを何とかできるとも思えないし……ん? あれは……」


 咆哮を上げた後、動きを見せないまま街を凝視しているサーペントに目を向けた俺は、そんなサーペントの正面に居る人物を見つけ、唖然とした。


「アンナ・デュ・コレット……あいつ、何してるんだ!?」


「まさか、サーペントと戦うつもりでしょうか?」


 白い翼を羽ばたかせたアンナが、サーペントの正面で何やら動きを止めている。


 かなり距離があるため、彼女が何をするつもりなのかは正確には分からない。


 ただ、サーペントに面と向かって対峙している彼女の後姿からは、ただならぬ覚悟を感じる。


 対するサーペントは、アンナの姿には気が付いていないのか、相変わらず街の中に目を凝らしているようだった。


 まるで、何かを探しているようだ。


 サーペントの目的について考えながら、街の中に目をやった俺は、とあるものを目にして、思わず小さく笑ってしまう。


 そんな笑みを隠した俺は、メアリーに声を掛けた。


「なぁ、メアリー」


「何ですか? ……まさか、彼女に助力するなんて言いませんよね?」


「そのまさかだとしたら?」


「何を馬鹿な!? 彼女は敵です! それよりも、他の皆さんを助けた方が!」


「それはそうなんだけど、他の皆はたぶん大丈夫だろ。あそこ見てみろよ」


 言いながら、俺は先ほど見つけた街の中の人影を指さす。


 促されるままに街に目を落としたメアリーも、気が付いたらしい。


「あれは、クリュエルさんと、カーズさん。でしょうか? それと、イワンさんも」


「みたいだな」


 そんな3人はそれぞれ、崩れてしまった区画から逃げる人々を先導して、街の出口に向かっているようだった。


 逃げるだけと言っても、この状況では容易なものではない。


 カナルトスの街全域に、飛び散った橋の瓦礫や巨岩が転がっているのだ。


 民間人だけで逃げることは容易ではないだろう。


 同じく避難誘導をしているらしいジャックの姿も見えることから、どうやら先ほどの戦闘は一時休戦となったらしい。


 唯一姿が見えないのは、桃色の少女、マルグリッドだけだ。


 それらを見て取ったらしいメアリーは、小さくため息を吐くと、仕方がないとばかりに告げる。


「分かりましたわ、で、何か作戦はありますか?」


「そうだな、民間人が逃げる時間を稼ぎつつ、街の崩壊も抑えて、サーペントを退ける方法か……1つだけ思い浮かんでるけど」


「本当?」


 半信半疑の様子のメアリーに、俺は大きく頷きながら応える。


「あぁ、そのためには、メアリーとルミーの力が必要不可欠だ」


「私達の……?」


 俺の言葉を聞いたメアリーは、訝しむように首をかしげる。


 それと同時に、彼女の胸元から顔を出したルミーは、同じように首をかしげてみせるのだった。

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