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第132話 水龍の鱗

 カーズの言う『それなりの準備』にあたる『小さなペンダント』を手にした俺は、訝しみながら、それを首にかけてみた。


 しかし、これと言って何も変化は感じない。


 どうしても納得のいかなかった俺は、すぐ傍にいるカーズに話しかけた。


 彼は足元にある穴の中の、まっすぐ下に伸びる梯子を覗き込んでいる。


「なぁ、これで本当に良いのか? 何か、呪文みたいなものが必要とか、そんなロマンのある物じゃないのか?」


「ロマンって何よ、ロマンって」


「首に掛けるだけで大丈夫だ。安心しろ」


 俺の質問に茶々を入れるシエルと、こちらを見もせずに応えるカーズ。


 そんな二人の反応に、少し不服を感じながらも、俺は今いる小部屋を見渡した。


 ここは、昨日俺が見つけた、セルパンキーパーズの拠点に続く道の途中。


 梯子の入り口を見つけた部屋だ。


 宿屋で情報共有をしてから一夜が明けて、俺達はここに集合したのである。


 集合するまでに、カーズが準備したのが、今俺の胸元に光っている小さなペンダントだ。


 これは水龍の鱗と呼ばれる魔法具らしく、水中での呼吸と移動、そして身体の撥水を補助するための道具とのことだ。


 その効果により、このカナルトスではごく普通に使用される魔法具として有名なんだとか。


 よくよく考えれば、昨日俺が追いかけた男は、俺とは違って服を着たまま河の中に入って行った。


「もっと早く知りたかったな……いや、これって本当に効くのか? 俺はまだ信じないぞ」


 信じないというか、信じたくない。


 わざわざずぶ濡れになってまで見つけた俺の苦労が、全て水の泡になる気がする。


「本当にウィーニッシュは世間知らずですわね」


「……メアリーに言われるのか」


「失礼ですわね」


「失礼も何も、ドレスで河の中に飛び込む馬鹿は、どこを探してもいないぞ」


 頑なに着替えるつもりは無いと言い張った彼女は、いつも通り、ドレスと仮面を身に着けた状態でここにいる。


 本当にその格好のまま河の中に飛び込むつもりなのだろうか。


 いくら水龍の鱗があっても、動きづらい気がしてならないんだが。


 そんな俺の考えも知らず、メアリーは俺を睨み、何か言いたげにしている。


 が、彼女が俺に文句を言うことは無かった。


 正確には、クリュエルによって制止されたと言った方が良いだろう。


「おい、そろそろ静かにしろ。遊びじゃないんだぞ」


 言われるがままに口を噤む俺とメアリー。


 そんな俺達とは違い、クリュエルの物言いに疑問を感じたらしいシエルが、首をかしげながら告げた。


「遊びじゃないって言うけど、別に敵対してるわけじゃないんだから、そんなに警戒することもないんじゃない?」


 シエルの言葉に一瞬納得しかけた俺だったが、唐突に話し出したシェミーの言葉を聞き、考えを改めることにした。


「アンタ馬鹿なの? 敵じゃないけど味方じゃない。そんな関係性の相手が、小さなきっかけで敵になることなんて、よくあることでしょ」


「誰が馬鹿よ!」


「ほらね」


「ぐっ」


 言いくるめられたシエルが、俺に助けを求めるように視線を投げてくるが、正直勝ち目はなさそうだ。


 俺もまた、シェミーの意見に納得してしまったのだから。


「よし、行くぞ」


 ようやく話がひと段落したのを見て取ったのか、カーズはそう言うと、黙々と梯子を降り始める。


 仕方がないとばかりにカーズに続く皆を見届けた俺は、前回と同様にジップラインで扉を固定すると、梯子を降り始める。


 そうして、ひたすらに梯子を降りた俺達は、難なく梯子の一番下に到達した。


 すぐ目の前を流れる河を覗き込みながら、メアリーがぼそりと呟く。


「近くで見ると、汚いですね」


 彼女の言うとおり、セルパン川はお世辞にもきれいな河とは言えない。


 まぁ、これだけの大きさの河なのだから、大量の土砂や泥が流れているのは仕方がないだろう。


 そんな汚い河の中で、迷うことが無いように、俺は昨日と同じようにシエルとリンクすると、皆に声を掛けた。


「ここからは俺が先導するよ。皆、着いて来てくれ」


 言った直後、足元の水中を覗き込んだ俺は、一瞬躊躇した。


 本当に水龍の鱗が効果を発揮するのか分からないからだ。


 とはいえ、ここでずっとしり込みするわけにもいかず、俺は思い切って飛び込む。


 水面を割って、水中に身体を投じた俺は、大きな違和感を覚える。


 それは、目に見て分かるような異変だった。


 俺の身体を、無数の気泡たちが覆い尽くしているのだ。


 普通であれば、発生した気泡は水面の方に登っていくはずだが、びっしりと俺の身体に貼りついているのである。


 その中でも特に大きな気泡が、俺の口や鼻辺りに留まり続け、おかげで呼吸することもできた。


「おぉ……これは確かに。水中でも呼吸ができるな、すげー」


『感心してる場合? ほら、あそこでしょ』


 水龍の鱗の効果に、思わず関心の声を漏らした俺を、シエルの心の声が諫める。


 そんな彼女の声に促されるように、前方に目を向けた俺は、少し先の方に見える仄かな光を確認した。


 そして、後ろに全員が待機していることを確認した俺は、ジップラインを駆使して光の方へと向かう。


 柱にできている亀裂から中に入り、そーっと水面から上の様子を伺った俺は、そのまま柱の中の陸地に這い上がった。


 近くの壁には松明らしきものが掛けられており、そのわきに、柱の壁に沿うような螺旋階段が設けられている。


「階段か……」


 ぞろぞろと這い上がって来る皆を横目で見ながら、俺は階段の先に目をやる。


「結構上まで続いてますわね」


 俺と同じように階段の先に目をやったメアリーがそう呟いた。


 すると、何やら考え込んでいる様子のカーズが、階段や周囲の壁を見渡しながら言葉を並べ始める。


「柱の中にこんな空間があったのか……いいや、全ての柱の中がこうなっているわけではないか。でないと、街を支えることなんてできない」


 ここでカーズの考察を聞いているよりも、早く先に進んだ方が良い。


 そう判断した俺は、一つ息を吐き出すと、階段の先に向けてジップラインを描きながら告げた。


「俺、ちょっと先の方を見てくる。皆はゆっくり追いかけて来てくれ」


 そうして、階段の先に向けて飛び上がろうとした俺の脳裏に、シエルの声が鳴り響いた。


『ニッシュ! 右!』


 咄嗟に右の方に目を向けた直後、俺は右手の手首に激痛を覚える。


 すぐに手首に視線を投げた俺は、真っ黒でヌメっとした何かがまとわりついていることに気が付いた。


「なっ!? なんだこれ!?」


 驚きと、その黒い何かを引きはがした時の痛みで、俺は思わず声を上げてしまう。


 直後、頭上から何者かの声が響いてきた。


「侵入者だ!」


「やべっ」


 セルパンキーパーズに見つかってしまった。


 そんな焦りと、先ほどの不可思議な黒い物体に動揺した俺は、頓珍漢なことを口走ってしまう。


「おい! 俺達は敵じゃない!」


「どこの誰がそれを信じるんだっ!」


 頭上から返って来た言葉に、俺は心の中で賛同する。


 まったくもってその通りだ。


 仕方がないので迎撃しようと、再びジップラインを描こうとした俺の耳に、カーズの声が響いてきた。


「魔法を使うな! 壁を見ろ! キラーリーチだ!」


「キラーリーチ!? なんだよそれ!」


「ヒルだ! 魔法を使うと飛びついてくるぞ!」


 カーズの言葉の通り、俺がジップラインを使おうとした右手に反応したのだろう、今度は2、3匹のでかいヒルが、飛び掛かってきた。


 それらを、ギリギリのところで躱した俺は、舌打ちをして、頭上を見上げた。


 ぞろぞろと姿を現してくる複数の人影。


 それらの中に、一人、松明を持っている男が、俺達を見下ろしたまま腕を振り上げている。


 男の周囲にいる人影たちは、皆一様に弓矢を構えていて、確実に俺達のことを狙っている。


「これは厄介だな」


 ぼそりと呟くカーズを横目に、俺は考えた。


 奴らの中に飛び込んで魔法を使えば、奴らにとっても痛手になるのではないか?


 そう思い、俺が思い切り垂直跳びをしようとした直後、松明の男が階段から身を投じた。


 突然のことに驚き、跳び上がり損ねた俺は、まっすぐに降下してくる男を凝視する。


 あと少しで男が床に到達するかという時、男は盛大に風魔法を使用した。


 それは着地の衝撃を和らげるためであり、同時に、ヒル達を刺激するため。


 ボトボトと一斉に飛び掛かって来る巨大なヒル達に、俺達が苦戦している隙を突いて、男が水の中へ飛び込んでいく。


 その姿を見て、すぐに彼の後を追った俺は、亀裂の手前で男を捕まえた。


 反撃しようとする男の腕や足を押さえつけ、何とか水面に浮かび上がろうとした俺は、ふと、男の首元に掛かっているペンダントに気が付く。


 それさえ奪ってしまえば、かなり有利になるだろう。


 頭の中を一瞬過った考えに従い、男の身に着けていた水龍の鱗をしっかりと握りしめた瞬間。


 俺は意識が遠のいてゆくのを感じた。


『ニッシュ!?』


 シエルが慌てたように、頭の中で叫んでいる。


 そんな声を聞きながら、俺はぼんやりと思い出し始めていた。


 記憶の欠片。


 予想だにしていなかった欠片に動揺しつつも、俺は深く暗い意識の底に、沈んでいったのだった。

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