第131話 それなりの準備
「私達は件の団体が商会の前で抗議している場面に出くわしましたの。その後、魔法騎士が二名現れて、彼らを追い払う場面を目撃しました」
メアリーの言葉を聞いたカーズが、自分の記憶を確かめるように頷き、呟いた。
「魔法騎士……確かに、騒ぎが収まった後に入って来たな」
「はい。その魔法騎士達は、現在この街を納めている領主、カッセル家の邸宅に滞在していますわ。目的は、セルパンキーパーズの活動を鎮圧することだとか」
「そうか……」
カーズとしては予想の範疇だったのか、短く相槌を打つと、メアリーに続きを促す。
「で、ざっくりですが、2人の情報を集めてきました。1人は、ジャック・ド・カッセルという名の赤毛の男。バディは獅子型で、武芸に優れているらしいです」
メアリーの言葉を聞いた俺は、2人の魔法騎士の姿を思い浮かべていた。
その間にも、彼女の言葉は続いてゆく。
「もう1人は、アンナ・デュ・コレット。バディは梟型で、特に魔法に優れているそうです」
そう言う彼女の言葉に、俺は違和感を覚えた。
俺とメアリーがバーバリウス商会の前でアンナ達を見た時、傍にバディはいなかったような気がするのだ。
よく考えれば、傍にいない方がおかしいけど……。
「あと、2人ともウィーニッシュと同じように、リンクを使いこなしています」
さらに追加の情報を口にしたメアリーはチラッと俺の方に視線を投げてくる。
そんな彼女に、俺は感心していた。
同じように彼女の情報収集能力に感心したらしいシエルが、俺の頭の上で呟く。
「よくそこまで調べることができたわね……」
シエルの言葉に、口元を隠しながら笑って見せたメアリーは、得意げに言い切る。
「魔法騎士を名乗るだけあって、お二人とも巷では有名でしたわよ?」
つまり、彼女は情報収集のために聞き込みをして回ったということだろう。
ドレスに仮面を身につけた女が聞き込み?
そんなにうまくいくもんなのか?
流石に仮面は外したんだろうか。
などと、どうでも良いことを俺が考えた直後、腕組みをしたカーズが話を整理する。
「なるほど。ってことは、その有名な騎士達よりも先に、セルパンキーパーズのリーダー、イワンを見つける必要があるということだな」
口では簡単に言っているカーズだが、その表情はあまり芳しくない様子だ。
まぁ、それなりに有名ということは、アンナ達2人の魔法騎士がそれなりに功績を上げる程の人物だということだろう。
それを考えるだけでも、簡単なことではないと理解できる。
まぁ、俺の持ってる情報を聞いたら、話は変わるかもだけど。
早速俺の出番か? と俺が口を開こうとした時、メアリーが再び口を開いた。
「もう一つ、これは立ち聞きしたお話なのですが、最近その二人が頻繁に街の見回りをしているそうです」
「単純に見回りしてるってことじゃないのか?」
追加された情報にあまり価値を見出せなかったのか、今まで黙り込んでいたクリュエルが眉をひそめながら問いかける。
そんなクリュエルの問いに、メアリーは問い返す形で返答した。
「もしそうなのだとしたら、なぜ彼らはバディを連れずに見回りをするのでしょうか?」
「その見回りに、何かしらの目的があると?」
「おそらくは」
二人の間に沈黙が流れる。
そんな二人の沈黙を見比べながら、俺は先ほど抱いた違和感のことを思い出していた。
アンナ達がバディを引き連れていなかったこと。
もしそれに理由があるとするならば、どんな理由があるだろうか。
考えていくうちに、俺は同じようにバディを傍に置いていなかった一人の男のことを思い出した。
それは、バーバリウスだ。
あいつのバディはどうやら、透明になることができるらしく、その力を使って空から偵察を行っていたようなのだ。
そして、アンナのバディもあいつと同じように空を飛べる梟型。
今回も同じような目的だろうか。
だとすると、何を偵察していたのかが最大のカギになる。
「どんな目的があるにせよ、早く居場所を特定しないといけないな」
考え込んでいた俺は、カーズのその言葉を聞いて、意識を現実に引き戻す。
そしてついに、口火を切った。
「それについてはもう解決済みだぞ。なにせ、俺がもう見つけたからな」
「なに?」
俺の言葉に関心を示すカーズ達。
そんな彼らを見渡した俺は、右手の人差し指を突き立てると、それをまっすぐ下に向けながら告げた。
「セルパンキーパーズの拠点に行くための入り口は、川の中だ」
俺の言葉を聞いたカーズが、肩眉を吊り上げながらゆっくりと頷いて見せる。
恐らく、続きを促しているのだろう。
皆が俺の言葉に聞き入っている様子を見て、少し優越感に浸った俺は、促されるがままに、説明を続ける。
「魔法騎士を見て逃げていった男の一人を尾けてみたら、メインブリッジの下に伸びている梯子を見つけたんだ。で、降りてみたら、橋を支えてる柱まで続いてて、その男が川の中に入っていくのを見た」
そこで言葉を区切った俺は、両手を広げながら告げる。
「で、同じように飛び込んで入り口を見つけたってわけだ」
俺の言葉を聞いた皆の視線が自然と、濡れている俺の頭に集まってゆく。
「あぁ、それで生臭いのか」
「そんなに喧嘩を安売りするなよ、クリュエル」
優越感に浸れたおかげだろうか、クリュエルの小さな煽りに、俺は憤りを覚えることなく受け流すことができた。
そんなことよりももっと情報が欲しいと言わんばかりに、カーズが続きを尋ねて来る。
「で、その先まで見たのか?」
「入り口付近だけ見た後、すぐに引き返した。一人で突っ込むのはやめた方が良さそうだったし。俺一人で解決しちまったら、アンタの見せ場が無くなるだろ?」
「余計なお世話だ」
俺の言葉をフンッと鼻で笑い飛ばしたカーズは、短く呟く。
そんな呟きの直後、ベッドの上でずっとゴロゴロと転がっていたシェミーが、しびれを切らしたように声を上げだす。
「ふぁ~あ~。ねぇ、まだ話し合い続けるの? もう場所が分かったんだから、とっとといけば良いじゃない? せっかくだし、差し入れでも買っていく?」
どうでも良いが、シェミーの声を聞いたのはすごく久しぶりな気がする。
それもそのはずだ。
今回の人生において、俺はまだシェミーとそれほど絡みが無かったからだ。
まぁ、カーズのバディだし、そんな深い関係になることもないだろう。
俺がそんなことを考えていると、何やら考え込んだ様子のカーズが、首を横に振りながら話し始める。
「すぐにでも向かいたいのは山々だが、もう少し準備しよう。場所が場所だからな、それなりの準備が必要だ」
「それなりの準備?」
カーズの言葉の真意を量りかねた俺は、単刀直入に尋ねたのだった。