第128話 騒ぎと再会
一通り話合いを終えたところで、俺とメアリーは街に繰り出していた。
目的は調査と、傭兵ギルドへの登録だ。
ちなみに、カーズとクリュエルは別行動で、この街にあるというバーバリウス商会の店に行っている。
「それにしても、ルミーって本当に静かよね」
傭兵ギルドに向かう途中、そう言ったのはシエルだ。
ルミーとは、メアリーのバディのことで、ホッキョクキツネの姿をしている。
普段はメアリーの服の中に隠れているらしく、あまり表に姿を現すことは無い。
「人見知りする子ですから」
そう言ったメアリーは、いとおしそうに自身の胸元を撫でつけた。
そんなところに居るのかよ、と思わず目を背けてしまった俺は、取り合えず話を逸らすことにする。
「話はできるんだろ? って言っても、俺はまだ話したことないけど」
「できますわ。わたくしに似て可愛らしい声ですのよ?」
「そ、そうなんだ」
なんとも答えづらい返答が帰ってきたことに、言葉を詰まらせた俺。
何か文句でもあるの? とでも言われるかと思いきや、メアリーはそれ以上追及してこなかった。
そうこうしていると、目的の傭兵ギルド前にたどり着く。
「ここが傭兵ギルドだな」
「そうですわね」
「なんか、思ったよりボロっちいわね」
色あせてしまった岩づくりの建物。
そんな建物を見て、自由に感想を述べたシエルに対して、俺は苦言を呈する。
「あんまり大きな声でいうなよ……聞かれたらどうするんだ」
周囲に俺達を睨んでいる人がいないか確認した後で、俺は傭兵ギルドの中に足を踏み入れた。
ギルドというくらいだから、中は多くの傭兵達でごった返しているのかと想像していたのだが、思っていた以上に閑散としている。
まばらな人影を見渡した後、一つ深呼吸した俺は、入り口の少年にある受付カウンターに向かった。
「何か御用でしょうか?」
カウンターで待機していた黒髪の女性が、俺を見つめながら問いかけてくる。
「あーっと、ゲスト登録ってのをしたいんですけど。俺と、彼女の2人分」
「お二人ですね。少々お待ちください」
斜め後ろに立っているメアリーを指さしながら告げた俺に、女性はゆっくりと頷いて答えると、奥の部屋へと入って行った。
しばらく待った後、その女性は何やら数枚の書類を手にして、戻ってくると、俺達に記入を要求してくる。
彼女の指示通りに自分の名前を記載した俺達は、書類を提出代わりに小さなペンダントを受け取った。
それは、カーズやクリュエルが持っていた物よりも簡素で、いつ壊れてもおかしくないような見た目をしている。
とはいえ、とりあえずゲスト登録だけ終わったので、俺達はそのまま傭兵ギルドを後にする。
「案外簡単に終わったな。あれで本当に良いのか?」
「さぁ? まぁ、良いって言われたから、良いんじゃない?」
俺の問いに適当に答えたシエルは、大きなあくびをしてみせる。
そんな彼女の様子を見て、俺は深く考えるのが馬鹿らしくなってしまい、意識を次の目的に向けることにした。
「まぁ、そんなもんか。さてと、それじゃあ色々と見て回るかなぁ……」
そのまま歩き出そうとする俺は、直後、メアリーに呼び止められる。
「一度、バーバリウス商会に向かってみませんか? カーズさんのお話が正しいのなら、何か起きるとすればそこだと思いますので」
確かに、彼女の言うことは一理ある。
今のところ他に行く当てもないので、俺は彼女の提案に乗ることにした。
「そうだな。二人もその近辺にいるらしいし、一旦寄っておくのも悪くないか」
そうして俺達は、人の流れに乗るように、大通りを歩いた。
道を歩く人々の中には、大荷物を持っていたり、荷車を引いている者も大勢いる。
やはり、事前に聞いていた物流の街というのは、間違いなく事実なのだろう。
物が集まるということは、人や売り物も集まる訳で、街は商品を売りつける声や笑い声であふれていた。
そんな賑やかな街の中で、ひときわ大きな騒ぎを、俺達は見つけてしまう。
騒ぎはとある店の前で起きていて、何やら騒いでいる人々が怒声を上げている。
「……寄るだけって言ってたわよね? あの二人、何かやらかしたんじゃないの?」
「さすがにそんなことは無いと信じよう」
バーバリウス商会の目の前で起きているその騒ぎを目にして、シエルと俺は口々に不安を零した。
それに対しメアリーは、非常に冷静な口調で状況を分析する。
「どうやらお二人が何かしたわけではなさそうですね。言っている内容から察するに、元々商会に文句のある方々見たいですよ」
言われてからもう一度怒声の内容を聞いた俺は、メアリーの言葉に納得する。
店をたため! 非合法な物を売るな! 命の源を汚すな!
そんなことを言っている人々の様子に、俺は呆れながら呟く。
「あぁ、本当だ。どんだけ恨まれてんだよ」
バーバリウス商会が具体的に何をしたのか分からないが、怒声を上げている人々の様子を見るだけで、何らかの悪さをしたのだと、容易に想像できる。
俺がそんなことを考えていると、頭の上でうつ伏せに寝転がっていたシエルが、俺の髪を引っ張って何かを指し示した。
「ねぇニッシュ、あっち見て!」
「ん? え? あれって……」
シエルの指さす方向を見た俺は、思わず目を見開いてしまう。
「どうかしました……まずいですわね」
俺の様子に気づいたメアリーも、そちらの方を見て眉をひそめてしまう。
それもそのはずだ、バーバリウス商会の方に鎧をまとった騎士が二人、歩いてきているのだ。
そのうえ、俺とシエルは騎士のうちの一人に見覚えがあった。
「そこの者達! 今すぐに解散しなさい!」
歯切れよく叫んだその女騎士は、きれいな金髪をなびかせながら、さっそうとバーバリウス商会の前に歩み寄ってゆく。
商会に対して文句を言っていた男達も、そんな彼女の声を聞き、すぐに口を噤む。
「やっぱり、あれって」
「あぁ、あれはアンナだな」
「ウィーニッシュはあの女を知っているの?」
声も姿も、完全にアンナで間違いない。
「まぁ、色々とあって、一応知ってる。魔法騎士のアンナ・デュ……なんだっけ?」
「コレットじゃなかった?」
「それだ、アンナ・デュ・コレット!」
俺達がそんなやり取りをしている間に、商会の前で騒ぎを起こしていた男達は散り散りに逃げ去ってゆく。
しかし、アンナは彼らを追いかける素振りを見せなかった。
逃げてゆく男達を忌々しそうに睨んだかと思うと、一緒に現れた赤い髪の騎士に何かを伝えている。
そんな彼らの様子を遠巻きに見ていると、メアリーがひそひそと話し始めた。
「魔法騎士が……。ということは、カナルトスの領主は近いうちに何か事を起こす気なのでしょうね」
「そうなのか?」
「魔法騎士を寄こしている時点で、それ相応の理由があるはずです」
「なるほどな」
思っていたよりも早い収穫に満足しそうになった俺は、視界の端にまだ見える男の姿に気が付いた。
その男は先ほどまで商会の前で騒ぎを起こしていたわけでは無いようだが、どこか怪しさを感じる。
まるで、商会のことを見張っているような、アンナたちの様子を伺っているような、そんな視線。
怪しい。
直感的にそう考えた俺は、隣に立つメアリーに囁きかけた。
「それじゃあ、俺はちょっと気になることができたから、単独行動させてもらうよ。メアリーはどうする?」
「私は魔法騎士が何をしているのか、少し探ってみますわ」
「了解。それじゃ、またあとでな」
そうして、俺とメアリーは各々で調査を進めることにしたのだった。