第127話 水上の都、カナルトス
ヴァンデンスの指示によって、マーニャ達が街を出発したのは、ウィーニッシュ達より約2日遅れての事だった。
出来る限り早く追いつきたい。
そう考えていたマーニャ達であったが、足取りは決して速くなかった。
前日までゼネヒットに潜入していたゲイリーと、長距離の移動に慣れていないマーニャの体力に問題があったからだ。
そうして、マーニャ達がセルパン側のほとりにたどり着く4日前のこと。
先にカナルトスに到着したウィーニッシュ達は、傭兵のふりをして、町に侵入を図っていたのである。
河に架かっている橋を延々と歩き続けてきたせいか、俺は足に若干の疲れを感じながらも、改めて足元のセルパン川を見下ろした。
「これ、本当に河だったんだなぁ……」
海と言われても信じてしまうようなでかさの河だ。
うっすらと見える対岸を実際に目の当たりにしていなかったら、河と言われても信じなかっただろう。
そんな俺の頭の上に座っているシエルは、眼前にそびえているカナルトスの街を見上げて、感嘆しながら呟いている。
「すごい構造の街ね、これって全部、土魔法で作られたのかしら……」
彼女の言葉につられて、俺もカナルトスの街並みに目を向けた。
街を構成する建物は全て岩を変形させて造り上げられている。
5本あるメインの橋に跨るように張り巡らされている無数の通路と建物の様子は、ひどく複雑で煩雑に見えた。
しかし、街全体として見てみると、思った以上にまとまりがあって、見たものに威厳のようなものを感じさせる。
芸術的だ。
俺はそんな感想を抱いた。
そんな風に驚いている俺達を見たメアリーが、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべて、声を掛けてくる。
「ウィーニッシュはそんなことも知りませんの? やっぱりお子様ですのね」
馬鹿にされたような気になった俺は、反射的にメアリーに言い返す。
「仕方ないだろ!? 今までゼネヒット以外の街に行ったことないんだし」
「二人とも、もう少し静かにできないのか」
俺とメアリーの言い合いをうるさいと感じたのだろう、先頭に立って検問の順番待ちをしていたカーズが、こちらを振り返ってそんなことを言う。
今からカナルトスの門兵に検問されるというタイミングで、騒ぎを起こしてほしくないというカーズの気持ちも分かるが……。
しかし、俺はどうしても腑に落ちないことがあったため、考えていることを口に出してしまう。
「す、すまん。でも、一つだけ良いか? 確かにあんまり騒いだら目立つってのは分かるんだけど……」
言いながら、俺はメアリーの姿に目を向ける。
以前に見たことがあるような、ド派手なドレスと仮面を身に着けているメアリー。
彼女は俺の視線に気が付くと、何か文句があるの? とでも言いたげに、睨みつけてくる。
そんな彼女の視線に負けることなく、俺は思ったことをぶちまけた。
「目立ちたくないなら、どうしてメアリーのこの格好には何も言わないんだよ」
「それはどういう意味でしょうか? まさか、私のこの格好に文句があるとでも!?」
俺の言葉に憤って見せるメアリー。
しかし、当然ながら彼女以外の面々は気まずそうに視線を外すだけだった。
誰も文句を言わないのなら俺が言おう。
そう考えた俺は、すかさずメアリーに反論する。
「おおありだよ! どう見ても傭兵に見えないじゃんか! どこの世界に仮面をつけてドレスを身に纏った傭兵が居るんだ!?」
キッと俺を睨みつけてくるメアリー。
そんな彼女と俺を諫めるように、カーズが口を開く。
「ウィーニッシュ、それについては問題ない。元より傭兵には変人が多いと言われている。中には、元貴族の身で傭兵に転身している者も多いから、彼女もその類だと思われるだろう。実際、それは事実だ」
「よくありませんわ! 私が変人だと、そう仰りたいのですか!」
カーズの言葉にも憤りを見せるメアリー。
彼女の言葉を聞いたシエルが、俺にだけ聞こえる程度の声量でぼそっと呟く。
「まぁ、一般人じゃないわね」
幸い、メアリーにはシエルの呟きは聞こえなかったらしく、俺達はそのまま検問の列を進んでいった。
そうして、ようやく俺達の番が回ってくる。
「止まれ。通行証を見せろ」
軽装鎧に身を包んだ兵隊の一人が、俺達に向けて問いかけてくる。
問いかけに応じるために一歩前に出たカーズが、胸元からペンダントのような物を取り出すと、口を開いた。
「通行証は無いが、傭兵ギルドの登録証ならある。内二人は、道中で知り合った者だ。訳あって傭兵ギルドに登録したいと言っているため、一番近かったこの街に連れてきた。私と彼女が証人になる」
カーズが説明している間に、クリュエルも彼と同じペンダントを取り出して兵士に提示した。
それらを見て取った兵士は、少し眉をひそめながらも、短く告げる。
「少し待て」
門のすぐ脇に立っていた別の兵士と何やら話をした兵士は、すぐに俺達の方に目をやると、ゆっくりと頷いて言った。
「よし、通って良いぞ」
カーズとクリュエルのおかげで難なく正門を通過できた俺達は、そのまま、大きな通り沿いに街の中心の方へと歩く。
聞いていた通り、カナルトスは物流の盛んな街のようで、大勢の人々が街中を行き交っていた。
周囲に充満している賑わいは、ゼネヒットの比じゃない。
そんな街を眺めて歩いていた俺は、ふと門でカーズが言っていたことを思い出し、質問を投げかけた。
「傭兵ギルドとかあるんだな。もしかして、さっきの流れだと俺も登録しないと駄目ってこと?」
「そうだな。登録しておけ。ただし、本登録はするな。お前が本登録してしまうと、ハウンズに居場所がバレてしまう可能性がある。ゲスト登録までなら、問題ないだろう。まぁ、本登録より行動は制限されるが」
ゲスト登録なんて都合の良いものがあるのか……。
傭兵ギルドのシステムについては、またあとでギルドに行って調べた方がよさそうだな。
とりあえずカーズの回答に納得した俺は、もう一つ質問する。
「わかった。で、これからどうするんだ?」
「まずは寝泊りできる場所を確保する。その後、部屋で今後の方針を練る」
「分かった」
きっぱりと告げたカーズについて歩いた俺達は、程なくして街の中心付近にある宿屋に部屋を借りた。
各々の荷物を整理したり、少し休憩を挟んだ後、カーズの部屋に集まって話し合いを始める。
「で、その反ハウンズ組織のイワンって男はどこにいるわけ?」
最初に口火を切ったのはシエルだ。
俺の頭の上で腕組みをし、座っている彼女は、石の椅子に腰かけているカーズに視線を注いでいる。
そんな彼女の視線に引き寄せられたのか、他の皆もカーズに目を向けた。
注目を集めていることを悟ったカーズは、ゆっくりと話を始める。
「全く分かっていない。そこで、当面のうちは街中の様子を見て回って、情報を集める」
「集めるって、聞き込みでもするのか?」
「そんなことをしたら、ハウンズに気取られてしまうのではないですか?」
俺とメアリーが各々の疑問を投げかけると、カーズは首を横に振りながら説明を始めた。
「その辺は問題ない。こちらが働きかけるまでもなく、あちらから姿を見せてくれるはずだ」
「そんなもんか? 反ハウンズなんか掲げてるやつらなんだろ? なるべく身を隠そうとしてるんじゃないのか?」
「通常ならそう考えるな。だが、彼らはそうは思わないらしい。何しろ、堂々と反ハウンズを宣言して回っているからな」
「マジかよ……そんなことして大丈夫なのか?」
「大丈夫かどうかはさておき、この街の漁師が殆ど参加してる時点で、ハウンズもあまり大々的には動けないんだろう」
「反発が強くなれば、ハウンズ側にも損が出るってことか」
「したたかですわね」
実際はもっと複雑な事情などが絡み合っているのだろうが、今の俺達が知るべきはそこじゃない。
他の皆も同じように考えたのか、この話はそれ以上追及されることは無かった。
その代わり、これからの動き方について、さらに詳細な話をカーズが話し始める。