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第126話 わがままな女

 門に食事を届けた後、食堂に戻った私は、いつも通り仕事をこなすことに専念した。


 夕食の準備や食堂の掃除、それから、町の畑で獲れた野菜の受け取りと整理など。やることは沢山ある。


 それらの仕事を淡々とこなすことで、私は余計なことを考えないようにしていたんだと思う。


 だから、ウィーニッシュが街を出たことに、翌日になるまで気が付かなかった。


 また何か、厄介ごとに巻き込まれていないだろうか。


 そんな心配とは裏腹に、私の中で黒い感情が渦巻き始める。


 また誰か、困っている人を助けに行ったのだろうか。


 本当にわがままな女だと、私は思う。


 悶々とした気持ちのまま、その日の仕事を終えた私は、薄暗い町の中を一人で歩いていた。


 私が寝泊りしている宿は、防衛班の詰め所の前を通り過ぎて、その先にある共同宿舎だ。


 そこには、私が唯一安らぐことのできる私室とベッドがある。


 今日は体力的にも精神的にも疲れ切ってしまったので、早く休みたい。


 そんなことを考えながら歩いていた私は、防衛班の詰め所前を通り過ぎている最中に、何やら騒がしい声を聞き取った。


「ジェラールが何か騒いでるみたいだねぇ」


 頭の上でぐったりとしていたデセオが、ひょっこりと顔を上げてそんなことを呟く。


「そうね。なにかあったのかな」


「いつもみたいに酔っぱらってるんじゃない?」


「ふふっ……そうかもね」


 彼が酔っぱらって暴れることは、この街において日常茶飯事なので、私はそのままスルーしようとした。


 けど、どうやら今日は、いつもと同じではないのだと、私はすぐに気が付く。


 バンッという激しい音と共に詰め所の扉が開いたかと思うと、フードを深く被ったゲイリーが飛び出してきたのだ。


 そんな彼の後を追うように、ジェラールも飛び出してくる。


 町の出入り口の方に向かおうとするゲイリーを、ジェラールが引き留め、なにやら口論を始めた。


「おい、ちょっと待てよゲイリー! 何をしに行くつもりだ!?」


「お前には関係ない」


「関係ないわけあるか! これでも俺は防衛班の副隊長だ! 勝手な行動はさせるわけにいかねぇんだよ!」


 どうしても街の外に用事があるらしいゲイリーを、ジェラールが必死になって止めている。


 そんな二人の傍でに現れたワイルドが、二人を見上げて声を張り上げた。


「俺様も反対だぜ! どうせなら、一緒に飲みかわそうや!」


 夜だから配慮をするなどと言った考えは、ワイルドには無いらしい。


 それなりに大きな声で発せられた言葉に、今度はジェラールが大声で告げる。


「ワイルドは少し黙ってろ! ややこしくなるだろうが! ゲイリー、思い直せ! 今から行っても、ウィーニッシュ達には間に合わん!」


 黙れと言われたワイルドは、しかし、何も思う所は無いのか、舌をチロチロと遊ばせているだけだ。


 これでは騒ぎがどんどん大きくなってしまうと思った私は、意を決して、二人に話しかけた。


「あの……大丈夫ですか?」


「マーニャ? って、おい! ちょっと待て! 隙を突いて逃げようとするな!」


 私の声掛けにも意を介さない様子のゲイリーが、隙を見て逃げ出そうとするが、即座にジェラールに捕まった。


 そんな二人を見て、頭の上のデセオが呟く。


「なにがあったんだろうねぇ」


 彼の疑問に同調しようとした私は、しかし、不意にかけられた声によって、意識をそらされてしまった。


「ゲイリー君が少年の後を追いかけていくと言い出したんだよ」


 いつの間にか隣に立っていたヴァンデンスを見上げて、私は挨拶と疑問を投げかけた。


「ヴァンデンスさん。こんばんは。ウィーニッシュさんの後を追いかけて? それはどうして……」


 私の疑問を聞いた直後、ヴァンデンスは口元に笑みを浮かべると、まるで私の考えを見透かしているかのように、問い返してきた。


「気になるのかな?」


「え、あの……」


 思わず口ごもってしまう私。


 楽しそうにこちらを見るヴァンデンスは、小さく頷きながらも言葉を続けた。


「大丈夫だ、君が少年のことを気にかけてくれていることは知っているからねぇ」


「おい隊長! そんな悠長に話す暇があるなら、こいつを止めてくれよ!」


「まぁまぁ、ジェラール君。落ち着きたまえ」


 ジェラールに呼びかけられたヴァンデンスは、ゲイリーを抑え込もうとしている彼に対して、そう告げた。


 普通、落ち着くように促す相手はゲイリーではないだろうか。


 そう思った私の感想な間違っていなかったらしい。言われたジェラール本人も困惑した表情を浮かべている。


「さっきまでだんまりを決め込んでたくせに、何言ってんだ!?」


「違うよ、ジェラール君。おじさんはね、だんまりを決め込んでたわけじゃない。ただ、役者が揃うのを待ってたんだよ」


「はぁ? 役者? 何の話をしてるんだ?」


「さて、改めて状況を整理しよう」


「話聞けよ!」


 混乱する私やジェラールを置いてきぼりにするように、ヴァンデンスは話を始める。


「今、少年ことウィーニッシュ君は、モノポリーの面々と一緒に、遥か南の港町カナルトスに向かっている。目的は単純、仲間の勧誘だ」


 何かの物語を語るように、仰々しく言ってのけた彼は、そこで一度言葉を区切ると、私達を見渡した。


 こうなってしまえば話を聞くしかないと知っている私たちは、とりあえず、彼の言葉に耳を傾ける。


「その仲間っていうのは、カナルトスで最近勢力を伸ばしている反ハウンズ組織のことだ。そして、その組織を率いている男の名は、イワン」


 ここでようやく落ち着きを取り戻したらしいゲイリーが、キッとヴァンデンスの顔を睨みつける。


 そんなゲイリーの視線に応えるように、ヴァンデンスは笑みを浮かべて見せた。


「ここで一つ豆知識だ。カナルトスはゲイリー君の故郷。そして、彼にはイワンという名の兄が居る」


「え!?」


 それを聞いた私は、思わず驚きの声を上げてしまった。


 今の話が本当なら、カナルトスで反ハウンズ組織を率いている男が、ゲイリーの兄である可能性がある。


「確証はないけどね」


 ヴァンデンスはそう言っているが、どこか冗談染みて見える。


 まるで、確信しているけど、悪戯心からあえて可能性を濁しているような、そんな感覚。


「だから、俺が直接確かめに行く」


 ゲイリーもヴァンデンスの口調に違和感を覚えているのか、睨み続けながら、そう宣言した。


 そんな彼の肩を掴みながら、ジェラールがゲイリーを諭し始めた。


「だからちょっと待てってゲイリー。お前は昨日まで2日もゼネヒットに潜入してたんだろ? 今は体力を回復するのが先だ!」


 2日も潜入して何をしていたのか。


 ふと疑問を抱いた私だったが、それを確認できるような空気ではなかった。


 というか、ヴァンデンスが話を進めてしまった。


「だから落ち着きたまえ、ジェラール」


「アンタはどうしてそんなに落ち着いていられるんだよ」


「おじさん的には、ゲイリー君がカナルトスに向かうことに反対しないから、かな」


 ヴァンデンスの話を聞いたジェラールが、何かを察したかのように呟く。


「は? ……それって」


 私もまた、ジェラールの様子を見て、あることを察する。


 それは、ヴァンデンスの能力の一つのこと。


 彼は神様からのお告げという形で、未来のことを見ることができるのだ。


 なぜそのようなことが可能なのか、詳細は知らないが、確かに分かるらしい。


「うん、そういうこと。今朝ちょっとだけ見えたんだよ」


 簡単にそう告げてしまったヴァンデンスは、改めて私達の顔を見渡した。


 ん? 私達?


「ジェラール、ゲイリー、そしてマーニャ。君達3人は明日の朝、カナルトスに向けて出発するように」


「えっ!? 私もですか!?」


 しれっと含まれている私の名前に、私はもちろん、ジェラールも驚いているようだ。


 しかし、私たちの驚きを余所に、ヴァンデンスはさらに驚くべき話を続ける。


「そうだね。むしろ君達こそが、今回の騒動で少年を助けることができる唯一の人物なんだよ」


「マーニャはまだ子供だぞ!? そんな危険な目に合わせることはできない!」


 ジェラールのごもっともな意見を聞いて、ヴァンデンスはヤレヤレとばかりに首を振ると、呆れたような口調で言うのだった。


「だからこそ、君も行くんじゃないか、ジェラール君。しっかりとマーニャ嬢をお守りしてやってくれ」

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