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第125話 特別な人

 香り高いパンと野菜スープは、悩ましい日々を忘れさせてくれる、ただ一つの温もり。


 もしかしたら、それ以上に何も求めていないのかもしれない。


 そんなことを考えた私は、大きなため息を吐くことで自嘲しながら、スープを一口すすった。


 ここは私達が生活しているダンジョン内の町、そこにある食堂の厨房だ。


 お昼の仕事を終えて、ようやく取ることができた休憩を、こうして一人で過ごしている。


 バディのデセオは外に出たいみたいだけど、なんだかんだ言って私のわがままに付き合ってくれている。


 私って、本当にわがままな女。


 再びため息を吐いた私は、こうして厨房に引きこもっている理由に思いを馳せた。


 事の発端は一昨日。


 ようやく元気を取り戻したらしいメアリー・エリオットさんを連れて、ウィーニッシュは東の森に向かった。


 そこで、デカウ村での一件について話し合いをしたとのこと。


 それだけなら、何の問題もない、ただの事務連絡。


 しかし、昨日を境に大きく変化したことがあったのだ。


 それが、メアリーの様子。


 町に来てからずっと、防衛班の詰め所に引きこもり続けていた彼女が、突如として皆の前に姿を現したのだ。


 しかも、ウィーニッシュや他の皆と仲良く食事を摂り、日々の仕事をもこなす始末。


 私は一度だけ、この町に来たばかりの彼女の様子を見たことがあったけれど、あれほど明るい笑顔を浮かべる人だとは想像もしていなかった。


『一昨日の話し合いで、何があったんだろう』


 彼女の笑顔を見ているうちに、私は小さな疑問を抱いた。


 だけど、そんな疑問を解消する術を私は持ち合わせていない。


 ただ一つ分かることは、きっとウィーニッシュが、彼女のことを助けたんだということ。


 そのことに気が付いてから、私は大きな焦燥を抱いた。


 気づいてしまったのだ。


 彼にとって、私はそれほど特別な人間ではなかったのだと。


 私にとって、彼は憧れと尊敬の対象であるというのに。


 バーバリウスの屋敷から、奴隷達のついでに助けられた私のことなんて、彼は見ていやしなかった。


 当たり前だ、もともと奴隷だった小汚い女と、元貴族の令嬢である美しい女性。


 誰がどう考えても、勝ち目なんかない。


「はぁ……」


 陰鬱とした気持ちに押しつぶされそうになった私が、大きなため息を吐くと、ヤレヤレといった感じに、デセオが問いかけてくる。


「どうしたの? さっきから溜息ばっかりだけど」


 私の足元でゴロゴロと転がっていたデセオは、勢いをつけてテーブルの上に飛び上がってきた。


 ハリネズミにしては俊敏な動きの彼を一瞥した私は、首を横に振りながら応える。


「ううん。何でもない。……ねぇ、デセオは私の事、わがままな女だと思う?」


「何でもないって人がする質問じゃないよね、それ。う~ん……そっか、ウィーニッシュの事で悩んでるんでしょ?」


「ち、違うもん」


「そっか~。まぁ、ウィーニッシュはすごい奴だけど、少し変わってるっていうか、周りの常識が通じない時があるよね~」


「だから、違うって!」


「まぁまぁ、そう怒んないでよ。で? ウィーニッシュにどうして欲しいの?」


「もう……デセオのイジワル」


 心を読めるわけでも無いはずなのに、妙に察しの良いデセオ。


 そんな彼に対して、私は頬を膨らませて抗議してみたが、あまり意味をなさないようだった。


「僕は君のバディなんだよ? そんな誤魔化しが効くわけないじゃん」


 考えてみれば当然の返事をしてくるデセオを見て、私はもう一度ため息を吐き、悪あがきを試みた。


「はぁ……別に、ウィーニッシュさんにどうして欲しいとか、そういう話じゃないんだけど」


 これで詮索を諦めてくれるだろう。


 そう思った私は、次に飛び込んできたデセオの質問に、思わず声を漏らしてしまう。


「そっか。じゃあ、マーニャはどうしたいの?」


「え?」


「ん? そんなに変なこと聞いたかな?」


 不思議そうに首を傾げたデセオは、言葉を続ける。


「だってさ、マーニャはウィーニッシュと仲良くなりたいんでしょ? なら、こんなところに引きこもらないで、会いに行けばいいのに」


「でも……」


 ぐうの音も出ない指摘に口ごもる私。


 そんな私に、デセオは追い打ちをかけてきた。


「それと、前から思ってたけど、いつまでさん付けで呼ぶつもりなんだい? かなり前に、ニッシュって呼んでくれって言われてなかったっけ?」


「そ、それは……」


 それについては、私も悩んでいる。


 けど、どうしても愛称で呼び合うような関係に、一歩踏み込むことができないのだ。


 それはある意味、憧れや尊敬の念が強すぎるせいなのかもしれない。


「まぁ、マーニャが良いなら、それで良いんだけど」


 最後の最後にそう言って私を放り投げたデセオは、耳をピクリと動かすと、厨房の入り口に目を向けた。


 そんな彼の視線につられるように、私も扉の方に目を向ける。


 しばらく後、私とデセオが見つめる中で、扉が勢いよく開くと、一人の女性が入ってきた。


 厨房で一緒に働いている彼女は、私を見つけた途端、安堵したように大声を上げる。


「マーニャ! こんなところに居たのかい! ちょっと手伝ってくれないかい?」


 何か急ぎの用事があるらしい。


 そんな彼女のお願いを断る訳にはいかないと判断した私は、残りのパンを口に放り込むと、スープと一緒に喉に流し込んだ。


 どうやらこれで休憩は終わりのようだ。


「はい! わかりました!」


 元気よく返事をした私は、そそくさと食器を片づけ、女性の元に駆け寄る。


「すまないねぇ。実は見張りの昼飯を持って行きそびれてて、できればアタシの代わりに持ってってくれないかい? アタシが持っていけたらいいんだけど、急に用事が出来ちゃって」


 そう言った彼女は、パンや飲み物などが入っている籠を手渡される。


 それを大事に抱えた私は、二つ返事でお願いを快諾した。


「大丈夫ですよ。今から持っていけば良いんですね」


「助かるよ」


 女性のお礼の言葉を背中で聞いた私は、そそくさと厨房を出て、食堂を後にした。


 目指すのはこの町の出入口。


 そこには防衛班によって守られている小さな門があり、そこで見張り役の人が、街に近づく敵を警戒しているのだ。


 ちなみに、街の外のダンジョンの通路にも何か所か見張り台が作られており、そこにも人が配置されているらしい。


 詳細な場所については、私のような非戦闘員には伏せられている。


 まぁ、見張り台に関わらなくちゃいけない状況には、ならないで欲しいけど。


 そんなことを考えながら、町の出入り口に向けて歩いていた私は、門の付近に人だかりができていることに気が付いた。


 なんだか嫌な予感を覚えた直後、私の予感は的中する。


「お、マーニャ。こんなところに来るなんて、珍しいな」


 門の眼前にたどり着いたところで、人だかりの方から声を掛けられたのだ。


 すぐにそちらに目を向けると、案の定、ウィーニッシュが立っている。


 瞬時に顔に血が上りそうに感じた私は、しかし、彼の背後にいる人物を見て、冷静さを取り戻す。


「あ、ちょっと、お使いを頼まれたので……」


 ウィーニッシュの後ろに立っているメアリーと、なるべく視線を合わせないように、私は俯きながら応えた。


 そんな私の様子に気を遣ったのか、ウィーニッシュは申し訳なさそうに答える。


「そ、そっか。邪魔してごめん」


「いえ、そんなことないです……っ」


 彼の返事を聞いて、咄嗟に先ほどの返事を訂正しようとした私だったが、それは叶わなかった。


 人だかりの方から呼びかけられたウィーニッシュが、私に背を向けて門の方に駆けて行く所だったのだ。


 そんな彼の後ろ姿を見た私は、なぜかひどくみじめな気持ちになってしまう。


 もう一度俯き、抱えていた籠をギュッと抱きしめながら、門の傍にある詰め所の方へ歩く。


 こんな私の後ろ姿を、メアリーに見られているような気がして、早く身を隠せる場所に入りたかったのだ。


 そうして、やるべきお使いを早々に終えた私は、逃げるように食堂の方へと戻って行ったのだった。

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