第122話 惜念
「それについては、あの場で話したはずだ」
俺の問いかけに対して、クリュエルはぶっきらぼうに答えた。
はっきりとしない彼女の答えを明確にするために、俺は再度問い返す。
「つまり、あの時言ってた、『メアリーをこちら側に引き入れるために、わざと助けに向かうのを遅らせる』ってのは正気だったってことか?」
「そうだ」
今度こそ帰って来た明確な答えを聞き、俺はため息を吐きながら呟く。
「そうか……それがお前達の考え方なんだな」
分かっていた答えではあるが、改めて突き付けられると、眩暈がしてしまう。
クリュエルを睨み上げていた視線を力なく落とした俺は、ゆっくりと踵を返そうとする。
そんな時、穏やかな口調でカーズが語り掛けてきた。
「ウィーニッシュ。少し落ち着け」
落ち着き払っている彼の声が俺の精神を乱暴に逆なでし、苛立ちを抱かせた。
「落ち着け? それは無理な相談だ。悪いけど、今後お前達に協力することはできない。そんな考え方を、俺は容認しない」
突き放すように告げた俺に対して、引き続き穏やかな口調でカーズが告げる。
「勘違いするな。確かに、俺は彼女の意思を尊重しているが、それが総意だとは考えていない。ただ、今回の件については彼女に全てを一任していたので、咎めるつもりもない」
つまり、カーズはクリュエルの判断が間違っているとは考えていないということだ。
変に冷静な頭で彼の言葉を整理した俺は、頭とは裏腹に、大声を上げて怒鳴ってしまった。
「ならせめて、最優先事項だけでも共有してろよ!」
「最優先はメアリーだった。それについては、覆しようのない事実だ」
「ヘルムートやマリーはどうなっても良かったって言うのか!?」
「救出が可能とは考えていなかった」
結局、考え方が根本から違うわけだ。
なら、これ以上協力することにどんな意味がある?
何度もこうやって諍いになるだけじゃないのか?
胸に湧き上がってくる疑念を押し殺した俺は、カーズを一瞥した後、あきらめを吐露した。
「そうかよ……やっぱり、分かり合うことなんてできないってことだな。行こう、メアリー。これ以上、こいつらと話すことは無い」
このままメアリーと一緒にダンジョンに戻って、こいつらとは今後一切関わらない。
それでいい。俺だけでも、何とか皆を守ることはできる。
こちらにはヴァンデンスもいるし、皆だって特訓のおかげである程度は戦えるようになってきたのだ。
メアリーも、今の話を聞いていれば、俺達と共に来ることを選ぶだろう。
もしそれをカーズたちが邪魔するのなら、俺が彼女を守ってやればいい。
そんなことを考えていた俺の耳に、クリュエルの声が響いてきた。
「つまり、お前ならすべて一人で解決できると?」
木の上から飛び降りた彼女は、俺の方へと歩み寄りながら問いかけてくる。
「少なくとも、お前達より大勢を助けることはできるさ」
俺は皮肉を込めてそう答えた。
デカウ村でメアリーを助けることができなかったクリュエルより、俺の方ができる、と。
そんな皮肉を考えながら、俺は彼女の言葉に籠っていた皮肉に気が付く。
全て俺一人で解決できる。
出来ていないから、俺は今、8度目の人生を歩んでいるんだ。
クリュエルが絶対に意図していない皮肉に、自ら気が付いて自嘲した俺は、続く彼女の言葉を聞いて憤りを覚える。
「そうやってお前が誰かを助ける度に、その誰かはお前の後ろに並ぶお荷物になるだけだとしても?」
その場から歩み去ろうとしていた俺は、彼女の言葉を聞き、思わず足を止めてしまった。
「……は?」
短絡的な疑問が、口から漏れだす。
そんな俺の声を聞いたクリュエルは、黙り込んだまま俺のことを睨みつけてくる。
「クリュエル、お前……」
湧き上がる怒りに任せて、俺がクリュエルに文句を言おうとした時。
俺の言葉を遮るように、クリュエルが口を開いた。
「なんだ? 何か間違ったことを言ったか?」
その言葉を聞いた途端、俺は怒りに任せてクリュエルの首元に飛び掛かっていた。
ジップラインを使って彼女の身体を近くにあった木に押し付けると、俺は彼女の胸倉をつかんで拳を振り上げた。
「ちょ、ニッシュ!」
背後からシエルが制止する声が聞こえるが、構うつもりは無い。
握りしめた拳を振り下ろし、クリュエルの頬に一発、それなりに強いパンチを打ち付ける。
「それ以上みんなのことを馬鹿にするなら……!?」
言いながら俺の脳裏に浮かんでいたのは、東の森やダンジョンで共に生活していた仲間たちの姿だ。
彼らは決して、お荷物なんかじゃない。
確かに、東の森では何度も危ない目にあったが、それを反省した今回は、ダンジョンで生活をしている。
そのおかげで、今のところ大きな危機には見舞われていない。
そこまで考えた俺は、小さな矛盾に気づいた直後、眼前で小さく笑みを見せるクリュエルの表情を目の当たりにした。
「図星だったか?」
こちらの顔を凝視しながら、そう呟いた彼女に、何か言い返してやろうと思う俺。
しかし、俺が口を開く前に、クリュエルがその思いの丈をぶちまけ始めた。
「お前が助けた奴らが、お前のことをどんなふうに思ってるのか教えてやろうか! こいつに任せておけば、自分達は何もする必要ない。そう思ってるんだよ! ただ、天敵に見つからないように穴の中に隠れて、頑張ってるフリだけしていれば、平穏に生活できるってなぁ!」
「ふざけんな! お前に何が分かるってんだ! 皆の努力も知らねぇお前に、何が分かるってんだ!」
クリュエルの言葉に触発されるように、俺は怒りを吐き出す。
そんな俺の言葉を聞いたクリュエルは、今までに見たことが無いような表情をしながら、怒鳴り散らした。
「分かるさ! アタシがそうだったからね!」
「っ!?」
眉間にしわを寄せて歯を食いしばり、今にも泣きだしてしまいそうな表情。
一言で表すなら、惜念。
そんな彼女の表情を見て、俺は一瞬言葉を詰まらせたのだった。