第121話 見えない決意
朝食を終えた俺は、気恥ずかしさから逃げ出すように、食堂を後にした。
あんなことがあった後、マーニャと顔を合わせて話なんてできるわけがない。
そう考えた俺は、普段通り防衛班の詰め所である建物へと歩を進めていた。
そんな俺に、頭の上のシエルが声を掛けてくる。
「あ~あ、あのまま出て来てよかったわけ? マーニャに一言くらい挨拶すればいいのに。寂しそうにこっちを見てたわよ?」
「ぐっ……そんな度胸が、俺にあると思ってんの?」
彼女の言い分に申し訳程度の言い訳をしてみるものの、自分自身でもその言い訳が弱弱しいことを自覚してしまう。
「あのバーバリウスに面と向かって文句言えるんだから、簡単でしょ」
案の定、すぐさま言い返されてしまった俺は、仕方がないので開き直ることにした。
「文句を言う方がよっぽど簡単だぞ? あんな奴、もう怖くないしな」
「ふ~ん? じゃあ、マーニャのことが怖いってワケ?」
俺の反応を見て楽しんでいる様子のシエルが、口元をニヤケさせながら告げる。
「そういうわけじゃ……」
「ははぁ……つまりあれね、ありがちな、嫌われるのが怖いってやつね、うんうん、ニッシュも青春してるのね~」
ここまで馬鹿にされると、流石に苛立ちや憤りを感じてしまう。
そろそろやめろと伝えるために、俺はそれらの感情を言葉にして吐き出した。
「うるさいなぁ。いいだろ別に、そういう年頃なんだから」
「はいはい」
ようやく言葉をひっこめたシエルは、俺の頭の上で背伸びをしている。
なんとも自由な奴だ。
そうこうしているうちに、防衛班の詰め所にたどり着いた俺は、躊躇することなく中へと足を踏み入れた。
食堂と同じように木製のこの建物は、2階建てで町一番の頑丈さを持っている。
そのうえ、一日中防衛班の面々が出入りしているため、この町で最も安全な場所と言えるだろう。
ちなみに、1階は休憩所や事務所と武器庫を兼ねているフロアで、2階は沢山の仮眠室が設けられている。
「お、少年じゃないか。毎日律儀だなぁ」
正面玄関をくぐった俺に即座に気が付いたらしいヴァンデンスが、1階のフロアに並べられている椅子に腰かけたまま声を掛けてきた。
「おはようございます、師匠。律儀って……そりゃあ、少しくらいは責任を感じますからね」
ヴァンデンスの言うとおり、俺はデカウ村から帰ってきて以降、毎日この詰め所に立ち寄っていた。
目的は、2階の一室で寝泊りしている少女、メアリーに会うためだ。
彼女は今、精神的に大きなダメージを負ってしまっている。
デカウ村で起きた事件もそうだが、何よりも、彼女がこの町にきて二日目に入って来た情報が、大きな傷になっているだろう。
王都で囚われていたメアリーの父親、パトリック・エリオットが処刑されたらしいのだ。
出来れば、隠し通すべきだった話なのだが、動揺している俺やシエルの様子を見た彼女に問い詰められてしまった。
話すべきではなかった。しかし、隠し通すことができなかった。
それはひとえに、俺が悪い。
「少年が責任を感じることないんじゃないかな? まぁ、良いか。今朝はいつもより落ち着いてたみたいだから、何か聞けるかもだよ」
「分かりました」
罪悪感に駆られる俺の様子に気が付いたのか、さりげなくフォローを入れてくれたヴァンデンス。
そんな彼に押し出されるように階段を上がった俺は、目的の部屋の前にたどり着き、扉をノックする。
「メアリー? おはよう。起きてるか?」
そう問いかけた俺の声に対して返事をしたのは、メアリーではなく、母さんの声だった。
「ウィーニッシュ!? ちょっと待ってね、今お着替え中だから!」
母さん―――セレナはここにきてずっと落ち込んでいるメアリーのことを心配し、こうして毎日彼女の世話をしているのだ。
その様子は、記憶の欠片の中で見たメイド姿の母さんを彷彿とさせる。
元々、人の世話をするのが得意なのか、母さんはこの町で唯一、メアリーに心を開かれ始めているらしい。
「どうぞ~」
そんな陽気な声と共に、部屋へと招き入れられた俺達は、椅子に腰かけているメアリーの正面に立って、声を掛けた。
「おはよう、メアリー」
「……はい。おはようございます」
「あー、えっと、よく眠れたか?」
「……はい」
簡素なワンピースに身を包んだ彼女は、うつろな表情で窓の外を眺めながら、無感情な返事を繰り返す。
ふと脇にあるベッドに目を向けた俺は、シーツの上に転がっている例の仮面を見つけた。
無造作に転がっているそれを見ていると、どこか不安を覚えてしまうのは俺だけだろうか。
「本当に大丈夫? 無理はしなくていいんだからね?」
「本当に大丈夫です」
心配する母さんに対しても、無感情に答えるメアリー。
今日は少し落ち着いていると言っていたヴァンデンスの言葉は本当なのかと、半ば疑問を抱いた俺は、しかし、話を切り出すことにした。
「こんな時で申し訳ないんだけど、そろそろ、詳しく話をした方が良いんじゃないかって思うんだ」
なるべく優しい口調で、ゆっくりと告げる。
話しながらもメアリーの反応を伺いながら言った俺は、しばし広がった沈黙に緊張しながらも、メアリーが口を開くのを待った。
「話、ですか? その話を聞けば、これからどうするべきなのかが分かるのですか?」
ようやく返って来た彼女の言葉に、俺は言葉を選びながら提案を続ける。
正直、こうして提案をすることが彼女にとって良い結果をもたらすのか、俺には分からない。
「少なくとも、君の置かれた現状を知ることはできるはずだ。正直、俺も知らないことがあるから、東の森に行って、あいつらと話をしなくちゃいけない」
「あいつらが言うには、メアリーの氷魔法が必要だって言ってるのよ」
俺のフォローをするように、頭の上のシエルが補足説明を入れる。
今その説明をする必要があるのか? と思ったが、俺の想定外に、彼女は反応を示してくれた。
「私の……氷魔法が?」
そう言った彼女は、自身の膝の上でくつろいでいるバディ、ホッキョクキツネのルミーの頭を優しく撫でた。
心地よさそうにするルミーの様子を、もっと見ていたい気持ちを押しのけ、俺は話を続ける。
「あぁ、でも、それはメアリーがハウンズと戦うと決意した場合の話だ。正直に言えば、決意していない人が無理に戦う必要はないと思ってる」
「決意……ですか」
そこで再び沈黙してしまったメアリーは、じっと窓の外を眺めたのちに、弱弱しい声で告げた。
「分かりました。あまり気は乗りませんが、話し合いに伺いたいと思います」
まさか提案を呑んでもらえると思っていなかった俺は、ホッと安堵しながらも、感謝の言葉を述べる。
「ありがとうメアリー。安心してくれ。東の森までの道中は、俺がしっかりと護衛するから」
その後の話はとんとん拍子で進んでいった。
どうせ話をするのなら早い方が良いでしょう、とのメアリーの提案を受けた俺は、すぐにヴァンデンスに事情を説明し、東の森に出発した。
メンバーは俺とメアリーだけ。
あまり大人数になると、透明化の魔法に労力を割きすぎてしまうからだ。
移動方法としては、メアリーに1本の箒に腰かけてもらい、その箒を俺が魔法で運ぶ方式を取った。
メアリー本人を運んでもいいのだが、腕を上げっぱなしの体勢を彼女が拒んだのだ。
単純に疲れるからだろう。
「この箒、どうなっているの?」
まるで魔女のように箒に腰かけているメアリーが不思議そうに箒を見つめている。
そんな彼女のワンピースの胸元から顔を出しているルミーは、思う存分空の散歩を楽しんでいるようだった。
「箒には種も仕掛けもないよ。俺の魔法で飛んでるだけ。椅子とかでもよかったけど、持ち運びしやすい方が良いだろ?」
箒の制御を行いながら空を飛び、なおかつメアリーの話し相手もこなす俺は、意外と器用なんじゃないだろうか。
そうこうしているうちに、東の森の上空にたどり着いた俺達は、以前クリュエルに案内されたルートを通って、カーズたちがいる場所に向かった。
「遅かったな。もう来ないかと思ってたぞ」
そう言って俺達を迎えたカーズ。
そんな彼に、俺は皮肉を込めて応える。
「信用無いな。話したかったのは俺も同感だ。色々聞きたいこともあるし」
元々俺は、彼らのことを信用なんていないが、デカウ村の一件で、より疑念を抱くことになったのは言うまでもないだろう。
それをカーズも知っているのだろう、一泊の沈黙の後に、そこいらにある丸太を指さしながら言った。
「……まぁ良い。適当に座ってくれ」
言われるままに、適当な丸太に腰を下ろした俺達は、カーズが話し始めるのを待つ。
どんな話を持ち掛けてくるのだろうか。
そんなことを考えながら周囲に目を向けた俺は、近くの木の枝の上に腰かけているクリュエルを見つけた。
その木の根元には、以前にも見た老人が一人、俺達を凝視しながら佇んでいる。
『あの爺さんは結局誰なんだ?』
胸の内に湧き上がった疑念は、耳に入って来たカーズの言葉によってかき消されていった。
「単刀直入に言おう。メアリー嬢、よければ我々の仲間になってくれないか?」
「その話の前に、俺から聞きたいことがある」
思っていた以上に、ドストレートな話の切り出し方。
そんなカーズの態度に苛立ちを覚えた俺は、思わず話を遮って口を動かした。
「クリュエル、アンタの行動についてだ」
枝の上で俺を凝視しているクリュエルを睨みつけた俺は、なるべく低い声を出しながら、彼女に問いかけたのだった。
「マリーさんの家が村人達に囲まれてたあの状況で、なぜあんたは即座に彼女を救出しようとしなかった? 挙句の果てに、俺を拘束までした。その理由はなんだ?」