表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/277

第115話 追憶:常軌を逸した

 成すすべなく、俺達が連れられて行ったのは、マリーの家の前。


 そこには農具や松明を手にした大勢の村人たちが集まっていて、ピリピリとした空気が漂っている。


 そんな群衆の最前列に連れられた俺達は、開かれた玄関に立っている二人の姿を目にする。


 マリーとメアリーだ。


 メアリーの足元には、水色のホッキョクキツネのような生物が寄り添っている。


『あれはメアリーのバディ? 初めて見たな』


 俺達が二人の姿を見ることができたのだ、当然、メアリー達も俺達の姿に気が付く。


「二人ともっ……!」


「メアリー! マリーさん!」


 心配そうな表情で告げるメアリーに、ヘルムートが応える。


 そんなやり取りをきっかけにしたのか、俺達を連れて来た男の一人が、マリーに向けて話し始めた。


「ほら、今のところ二人は無事だ。けど、もうこの村でこいつらを匿うことだけは許せねぇ。こいつらは魔法騎士様に差し出す! アンタもいい加減に現実を見ろよ!」


「現実から目を背けてるのはアンタ達だろうが! 本当にあのパトリック様が、あんなことをしていたと思うのかい!? ここでこの子らをあいつらに渡しちまったら、全部あいつらの思惑通りじゃないか!」


「それじゃあ、アンタは俺達に野垂れ死ねって言うつもりか!?」


「そうさ! あんな奴らの思い通りに世界が回るくらいなら、ここでこの子らと一緒にくたばった方が百倍マシだね!」


「ふざけんな!」


「エリオット家の生き残りを引き渡せ!」


 マリーと村人の間で繰り広げられる言葉の応酬は、次第に過激な方向に向かっていった。


 そして、何かきっかけがあったわけでも無く、村人の1人が、マリーやメアリーに対して石を投げる。


 1つ、投げられてしまえば、あとはどれだけ増えても構わない。


 そんなことを主張するかのように、飛び交う石の数が瞬く間に増えていった。


 石から身を守ろうと頭を抱えるマリーとメアリーは、逃げるように屋敷の中へと入って行った。


 その様子に怒りを覚えたのか、持っていた松明を屋敷に向かって投げ始める村人たち。


 当然、そんなことをすれば木製の屋敷は燃えてしまう。


 このままでは二人が危ない。しかし、その様を見ていることしかできない俺は、気が付けば叫んでいた。


「やめろぉ! やめろって言ってんだろうがぁ! 二人が死んじまう! 早くこれを解け!」


 叫びながら、俺は焦りと疑問を抱いていた。


 なぜ、紋章が光らない?


「うるせぇ! 黙ってろ!」


 俺が叫んでしまえば、当然標的が俺達に向かうわけで。


 俺達を取り囲んだ村人たちは、情けや容赦など忘れたかのように、俺達に暴行を加え始める。


「やめてぇ! ヘルムートさまぁ! ウィーニッシュ!」


 メアリーの微かな声が、遥か彼方から聞こえて来たような気がした。


 痛みで意識が薄れ始め、もうだめかと思いそうになったその時。


 不意に何者かの声が、耳に飛び込んでくる。


「あららぁ……まさかこんなことになるとはねぇ……全く予想してなかったよねぇ」


「魔法騎士様!?」


 驚く村人たちの声と共に俺達への暴行は止まった。


 そこでようやく、顔を上げることができた俺は、新たに現れた声の主を目の当たりにする。


 センターで分けられた灰色の髪に、整えられた口ひげを持っている男。


 傍らに立っているゴリラのような巨体の生物は、この男のバディだろう。


 その姿を見て、『俺』は驚愕する。


『こいつは、マリーの家でメアリーとヘルムートを襲ってた奴! こいつ、魔法騎士だったのか!? ハウンズの構成員じゃないのか!?』


 ボロボロになった俺達になど目もくれず、屋敷に目をやった男は、ため息を吐きながら呟く。


「お前らなぁ……家に火を放つのは、流石にやりすぎだよねぇ?」


 そんな男の言葉を聞いて、黙り込む村人たち。


「まぁいいや。ん? その二人は?」


 そこでようやく俺達に気が付いた男が、まるで蔑むように俺とヘルムートを一瞥した。


「は、はい! そっちの金髪はウォルフ家の息子です。もう一人の黒髪は、エリオット家の使用人だとか……」


「ふぅ~ん? ってことは、二人とも使えそうだよねぇ。エルバ、その二人を連れて来て」


 エルバと呼ばれたゴリラのようなバディが、その大きな手で、俺とヘルムートを掴み上げる。


 もちろん、シエルとシェイも一緒にだ。


「ちょ、放せよ!」


 身の危険を感じた俺は、身をよじって逃げ出そうとするが、全く逃げ出せそうにない。


 そうして俺がもがいていると、ゆっくりと振り返った男が短く告げる。


「ん? うるさいな。少し黙ってろよ」


 冷徹な瞳を俺に向けたまま、男はそう告げたかと思うと、腰に携えていた剣を抜き取り、躊躇することなく俺の右足に突き刺した。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ニッシュ!」


 太ももに深々と剣を突き立てられた俺は、痛みのあまりに叫ぶ。


 その叫び声に心配の声を上げるシエルだったが、それ以上は何も声を上げなかった。


 恐らく、シエルもまた、男のその冷徹な視線に怯えてしまったのだろう。


 そのまま、火が広がりつつあるマリーの屋敷に入った男は、一階の廊下でマリーと対峙した。


「!? アンタ、誰だい!」


 突然の乱入者に驚いた様子のマリー。


 対する男はヤレヤレといった感じで話し出す。


「お、お前がマリーか。ったく。面倒くさいことをしやがって」


「近寄るんじゃないよ!」


「なんで俺が、お前の言うことを聞かなくちゃいけないんだ? このスタニスラス様が」


 包丁で脅しをかけるマリーの言葉を一蹴したスタニスラスは、手にしていた剣でマリーの左手を切り裂いた。


 そうして、痛みに悶えるマリーの顔面を蹴りつけた彼は、ニヤリと笑みを浮かべる。


「やめて! もうやめてぇ! ごめんなさい! 私、何でも言うこと聞きますから!」


 その様子を見ていたのだろうか、階段からメアリーが姿を現す。


 目に涙を浮かべて、歩み寄ろうとする彼女。


 既に絶望に落ちてしまっているような彼女の表情は、直後、さらに深い絶望に叩き落とされた。


「やめないねぇ。なんでだと思う? 俺は今日、この場所に憂さ晴らしに来てるんだよねぇ。だからさぁ。一人くらい、いたぶって殺したいだろ? それが普通の人間の欲求って奴だろ?」


「そ、そんな……」


 常軌を逸したスタニスラスの言葉に、『俺』もまた、息を呑むほかないのだった。


「安心して良いぞ? 楽には殺さないから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ