第115話 追憶:常軌を逸した
成すすべなく、俺達が連れられて行ったのは、マリーの家の前。
そこには農具や松明を手にした大勢の村人たちが集まっていて、ピリピリとした空気が漂っている。
そんな群衆の最前列に連れられた俺達は、開かれた玄関に立っている二人の姿を目にする。
マリーとメアリーだ。
メアリーの足元には、水色のホッキョクキツネのような生物が寄り添っている。
『あれはメアリーのバディ? 初めて見たな』
俺達が二人の姿を見ることができたのだ、当然、メアリー達も俺達の姿に気が付く。
「二人ともっ……!」
「メアリー! マリーさん!」
心配そうな表情で告げるメアリーに、ヘルムートが応える。
そんなやり取りをきっかけにしたのか、俺達を連れて来た男の一人が、マリーに向けて話し始めた。
「ほら、今のところ二人は無事だ。けど、もうこの村でこいつらを匿うことだけは許せねぇ。こいつらは魔法騎士様に差し出す! アンタもいい加減に現実を見ろよ!」
「現実から目を背けてるのはアンタ達だろうが! 本当にあのパトリック様が、あんなことをしていたと思うのかい!? ここでこの子らをあいつらに渡しちまったら、全部あいつらの思惑通りじゃないか!」
「それじゃあ、アンタは俺達に野垂れ死ねって言うつもりか!?」
「そうさ! あんな奴らの思い通りに世界が回るくらいなら、ここでこの子らと一緒にくたばった方が百倍マシだね!」
「ふざけんな!」
「エリオット家の生き残りを引き渡せ!」
マリーと村人の間で繰り広げられる言葉の応酬は、次第に過激な方向に向かっていった。
そして、何かきっかけがあったわけでも無く、村人の1人が、マリーやメアリーに対して石を投げる。
1つ、投げられてしまえば、あとはどれだけ増えても構わない。
そんなことを主張するかのように、飛び交う石の数が瞬く間に増えていった。
石から身を守ろうと頭を抱えるマリーとメアリーは、逃げるように屋敷の中へと入って行った。
その様子に怒りを覚えたのか、持っていた松明を屋敷に向かって投げ始める村人たち。
当然、そんなことをすれば木製の屋敷は燃えてしまう。
このままでは二人が危ない。しかし、その様を見ていることしかできない俺は、気が付けば叫んでいた。
「やめろぉ! やめろって言ってんだろうがぁ! 二人が死んじまう! 早くこれを解け!」
叫びながら、俺は焦りと疑問を抱いていた。
なぜ、紋章が光らない?
「うるせぇ! 黙ってろ!」
俺が叫んでしまえば、当然標的が俺達に向かうわけで。
俺達を取り囲んだ村人たちは、情けや容赦など忘れたかのように、俺達に暴行を加え始める。
「やめてぇ! ヘルムートさまぁ! ウィーニッシュ!」
メアリーの微かな声が、遥か彼方から聞こえて来たような気がした。
痛みで意識が薄れ始め、もうだめかと思いそうになったその時。
不意に何者かの声が、耳に飛び込んでくる。
「あららぁ……まさかこんなことになるとはねぇ……全く予想してなかったよねぇ」
「魔法騎士様!?」
驚く村人たちの声と共に俺達への暴行は止まった。
そこでようやく、顔を上げることができた俺は、新たに現れた声の主を目の当たりにする。
センターで分けられた灰色の髪に、整えられた口ひげを持っている男。
傍らに立っているゴリラのような巨体の生物は、この男のバディだろう。
その姿を見て、『俺』は驚愕する。
『こいつは、マリーの家でメアリーとヘルムートを襲ってた奴! こいつ、魔法騎士だったのか!? ハウンズの構成員じゃないのか!?』
ボロボロになった俺達になど目もくれず、屋敷に目をやった男は、ため息を吐きながら呟く。
「お前らなぁ……家に火を放つのは、流石にやりすぎだよねぇ?」
そんな男の言葉を聞いて、黙り込む村人たち。
「まぁいいや。ん? その二人は?」
そこでようやく俺達に気が付いた男が、まるで蔑むように俺とヘルムートを一瞥した。
「は、はい! そっちの金髪はウォルフ家の息子です。もう一人の黒髪は、エリオット家の使用人だとか……」
「ふぅ~ん? ってことは、二人とも使えそうだよねぇ。エルバ、その二人を連れて来て」
エルバと呼ばれたゴリラのようなバディが、その大きな手で、俺とヘルムートを掴み上げる。
もちろん、シエルとシェイも一緒にだ。
「ちょ、放せよ!」
身の危険を感じた俺は、身をよじって逃げ出そうとするが、全く逃げ出せそうにない。
そうして俺がもがいていると、ゆっくりと振り返った男が短く告げる。
「ん? うるさいな。少し黙ってろよ」
冷徹な瞳を俺に向けたまま、男はそう告げたかと思うと、腰に携えていた剣を抜き取り、躊躇することなく俺の右足に突き刺した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ニッシュ!」
太ももに深々と剣を突き立てられた俺は、痛みのあまりに叫ぶ。
その叫び声に心配の声を上げるシエルだったが、それ以上は何も声を上げなかった。
恐らく、シエルもまた、男のその冷徹な視線に怯えてしまったのだろう。
そのまま、火が広がりつつあるマリーの屋敷に入った男は、一階の廊下でマリーと対峙した。
「!? アンタ、誰だい!」
突然の乱入者に驚いた様子のマリー。
対する男はヤレヤレといった感じで話し出す。
「お、お前がマリーか。ったく。面倒くさいことをしやがって」
「近寄るんじゃないよ!」
「なんで俺が、お前の言うことを聞かなくちゃいけないんだ? このスタニスラス様が」
包丁で脅しをかけるマリーの言葉を一蹴したスタニスラスは、手にしていた剣でマリーの左手を切り裂いた。
そうして、痛みに悶えるマリーの顔面を蹴りつけた彼は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「やめて! もうやめてぇ! ごめんなさい! 私、何でも言うこと聞きますから!」
その様子を見ていたのだろうか、階段からメアリーが姿を現す。
目に涙を浮かべて、歩み寄ろうとする彼女。
既に絶望に落ちてしまっているような彼女の表情は、直後、さらに深い絶望に叩き落とされた。
「やめないねぇ。なんでだと思う? 俺は今日、この場所に憂さ晴らしに来てるんだよねぇ。だからさぁ。一人くらい、いたぶって殺したいだろ? それが普通の人間の欲求って奴だろ?」
「そ、そんな……」
常軌を逸したスタニスラスの言葉に、『俺』もまた、息を呑むほかないのだった。
「安心して良いぞ? 楽には殺さないから」