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第114話 追憶:落ちる太陽

 俺達がデカウ村で暮らし始めて、はや数か月。


 その間、恐ろしいほどに、何事もなく日々が続いていた。


 パトリックをはじめとする、メアリーの家族たち。


 それに、エリオット邸で働いていた人々やウォルフ家の人々は殆ど王都に召集されたきり、音沙汰がない。


 その中には、俺の母さんも含まれている。


 正直、心配で心配で仕方がなかったのだが、子供である俺に何かできるわけもなく、今日まで過ごしてしまっていた。


 本当に情けない。


 そんなことを考えながらも、俺やメアリー、そしてヘルムートがデカウ村まで逃げ出すことができているのは、全てパトリックのおかげだ。


 彼はこうなってしまうことを予想でもしていたのだろうか。


 パトリックが魔法騎士によって王都に連行された直後、俺達の元にマリーがやって来たのだ。


 子供たちだけでも、逃がしたい。そう言った彼女は、殆ど無理やり俺達3人を馬車に詰め込んだ。


 メアリーやヘルムートは、初めこそ強く反発していたが、今となってはマリーを慕いつつある。


 かくいう俺も、デカウ村の壊れた水路を村人たちと一緒に修理するくらいには、この生活に慣れ始めていた。


「ニッシュ……なんか、村の方が騒がしくない?」


 崩れてしまった水路の壁面を、板材で補強しようと踏ん張っている俺に向かって、シエルが囁きかけてくる。


 彼女の囁きを受けて、少しだけ耳を澄ましてみた俺だったが、特に変な声などは聞こえなかった。


「ん? 別に、何も聞こえないけどな。ヘルムートはどう思う?」


 俺には聞こえないが、別の人はどうだろうか。


 そう考えた俺は、すぐ隣で同じく作業に勤しんでいる金髪の少年、ヘルムートに声を掛けた。


 問いかけを聞いた彼は、しばらく村の方に耳を澄ましたかと思うと、首を横に振りながら応える。


「う~ん……僕も特に何も聞こえないね」


 そんなヘルムートとは対照的に、彼のバディが声を上げる。


「おいらも騒がしい気がするよ! シエルに言われないと、気づかなかったけど!」


 シェイの足元にいるチワワのような小犬型の生物が、ヘルムートのバディだ。


 名前はシェイ。溌溂とした明るい性格だが、たまに抜けているところがある、可愛い奴だ。


 と、そんなシェイの声を耳にしたのだろうか、近くで作業をしていた男が、蛇のように俺達を睨み、怒鳴った。


「おいガキども! くっちゃべってねぇで、手を動かせ!」


「は、はい!」


 男の怒鳴り声に、焦りながら返事をするヘルムート。


 対する俺は、男の怒鳴り声を無視して、作業に戻った。


 この村での生活に慣れて来たとは言ったが、決して俺達が受け入れられたわけじゃない。


 まぁ、なんだかんだ言って村に置いてもらっているだけマシだろう。


 そんなこんなで、作業を続けていた俺達の耳に、慌てた様子の声が飛び込んできた。


「おい! 大変だぁ!」


「そんなに慌ててどうした?」


 どうやら村の方からかけて来たらしいその男は、少し離れたところで他の男たちに何やら事情を話している。


 しかし、俺やヘルムートがその輪の中に入っていくのは、いささか勇気が足りなかった。


「何かあったのかしら?」


「さぁな。それよりシエル、ここを押さえててくれよ」


 何か声を掛けられるまでは作業を続けておこう。


 俺がそう考えてシエルに声を掛けた矢先、先ほど俺達を怒鳴りつけた男がこちらに歩み寄ってくる。


「おい」


 何か話があるのだろうか。


 そう思って男の方を見上げた瞬間。


 俺は左ほおに強烈な痛みを覚え、その場に尻餅をついてしまう。


 水路を流れる水のせいで、ズボンが濡れてしまうが、それどころではない。


「痛ってぇ! 何すんだよ!」


「ちょ、ちょっと! やめてください! 僕らが何をしたって言うんですか!?」


 殴られた左ほおを押さえて文句を言う俺と、さりげなく俺の前に割り込んで、男を諫めようとするヘルムート。


 そんな俺たち二人を睨みつけた男は、鬼のような形相で歯を食いしばりながら怒鳴った。


「これ以上はもう我慢の限界なんだよ!」


 男が何に対して怒っているのか分からない。


 しかし、この男の怒りは村人全員が共有していたようで、俺とヘルムートはあっという間にロープで拘束されてしまった。


 ご丁寧なことに、それぞれのバディもしっかりと拘束されている。


「このっ……全然解けねぇ」


 手足を拘束されたまま納屋に入れられた俺達は、それから数時間、そのまま放置されている。


 壁の隙間から漏れこんでくる外の光が、随分と暗くなっていることから、既に陽が沈みかけている頃だろう。


 落ちる太陽と同期するかのように、徐々に元気を無くしていったヘルムートが、ついに呟いた。


「ニッシュ……僕たち、このまま殺されちゃうのかな」


「馬鹿! 変なこというなよ!」


「おいら、まだ死にたくないよぅ」


「シェイ! なに弱気になってんの!? 大丈夫よ! 私とニッシュが付いてるわ! ほらニッシュ、はやくそんなロープ、引きちぎっちゃいなさいよ!」


 落ち込むヘルムート達を励まそうとしているのか、シエルが俺にそんなことを言う。


 彼女の気持ちに応えたいのは山々なのだが、しかし、それは叶いそうになかった。


「そうしたいのは山々なんだけど、ダメだ。紋章が光らない」


「やっぱり駄目なんだぁ……」


 更に落ち込むヘルムート。そんな彼に追い打ちをかけるように、納屋の扉が開き、男が二人入ってきた。


 男達は無言のまま俺達を担ぎ上げると、納屋の外に向かって歩き出す。


「おい! 俺達をどうするつもりなんだ!」


「黙ってろ!」


 男の恫喝を聞いた俺は、黙り込んだ。


 この状況を打開できる方法は無いのか。


 頭を必死に回転させてみるものの、何も思いつかない。


 既に陽が沈んでしまった空は、ほの暗い闇に染まり始めている。


 ふと横目でヘルムートの表情を盗み見た俺は、空と同じくらいくらい彼の表情に、強烈な不安を覚えたのだった。

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