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第113話 追憶:嵐の前の静けさ

 意識を失った俺が目を覚ましたのは、ほんの数分後といったところだろうか。


 咄嗟に起き上がって、状況を確認しようとしたが、手足をロープで拘束されており、身動きが取れない。


 見える範囲の状況から推測するに、俺はどうやら、便所の掃除道具入れに押し込められているようだ。


「臭いな……こんなところに入れるなよ。って、そんな場合じゃねぇ!」


 呟きながら身じろぎをして、俺はなんとか体の自由を取り戻そうとしてみるが、そう簡単にはいかなかった。


 少しずつ湧き上がってくる焦りと共に、俺は不安を吐露する。


「マジでヤバいな……あいつは何者だ? 確実に、メアリーたちを狙ってるやつだよな……」


 引き続き、背中で拘束されている両手を解こうともがきながら、俺は思考を巡らせる。


「さっき、俺に小箱を渡してきたやつが、偽物だったってことか……ってことは、変装か幻覚魔法が得意な奴?」


 少なくとも、メアリーを狙っている刺客はパトリックのことも熟知しているらしい。


 話し方や仕草まで、瓜二つだったことを考えると、かなり入念に準備を進めていたことが伺える。


 そこまで考えた俺が、大きな疑問にぶつかったのは言うまでもない。


「だとするなら、狙いはなんだ? メアリーを殺すこと? いや、それなら、さっきの小箱に仕込むのは煙幕じゃなくて、殺傷能力のある魔法にするはずだ」


 メアリーを誘拐するため?


 そういえば、パトリックの偽物はメアリーの婚約者側も、傍付きの人間が贈り物を持ってくるとか言ってたっけ?


 ってことは、刺客は1人じゃない?


 そうなると、ますます大ごとだ。


 狙いはメアリーだけではない可能性も出てきた。


 彼女の婚約者か、はたまた、その家族。パトリックが標的だという可能性も十分にあり得る。


 刺客はよほどヤバいことをしでかそうと企んでいるのだろうか。


 だったらなぜ……。


「……俺は、どうして生かされてる?」


 入念な計画をしたのならば、それを破壊しかねない俺の存在は、真っ先に消すべきじゃないのか?


 ここまでの俺の思考を見て来た『俺』は、1つ、気が付いた。


『シエルが会場にいるから、俺を殺してしまうと、異変に気付かれる可能性があった。ってことか?』


 人が死んだとき、そのバディも一緒に消えてしまう。


 その光景は、『俺』も何度か目にしたことがある。


 もし、ウィーニッシュのバディであるシエルが、パーティ会場で突然消えてしまったら……。


 パトリックや他の人々が異変に気が付くのは言うまでもないだろう。


 ただ、この時の俺は、この考えには至らなかったようだ。


「だぁー! 考えてもどうしようもないんだよ! こういう時こそ、紋章が光るべきだよな?」


 薄暗い掃除道具入れの中で、何かに期待するように背後に目をやった俺だが、目当ての光は見えなかった。


 はぁ……とため息を吐き、半ばヤケクソ気味に扉を蹴りつける。


「まだ騒ぎが起きてる気配は無い……どうする? 蹴破るか」


 考えることに疲弊してしまった俺は、そう呟くと、何度も扉を蹴りつけ始めた。


 蹴りつけるたびに、激しい衝撃音が周囲に響き渡っているはずなのだが、騒ぎを聞きつけて来る気配がない。


 そのことに、俺が変な焦りを覚えてしまったその時、不意に掃除道具入れの中がボウッと明るくなった。


 直後、俺の足が掃除道具入れの扉を豪快に破壊する。


 どうやら、紋章が光り出したらしい。


 それさえ分かってしまえばこちらのもんだ、とでもいうように、俺が両腕に力を入れると、ブチブチと音を立てながらロープがちぎれてゆく。


 そうやって、まずは手の拘束を引きちぎった俺は、続けざまに足のロープを引きちぎると、立ち上がって呟いた。


「ふぅ……なんとか脱出成功!」


 そこからの行動は単純明快だ。


 全速力で便所から飛び出し、パーティの行われている会場に向けて疾走する。


 扉の付近で待機しているらしいメイドが、俺の姿を見て驚いているみたいだったが、俺は完全に無視した。


 勢いよく扉を開け放ち、部屋の全体に意識を集中する。


 パーティは既に始まっていたらしく、今はメアリーへの誕生日プレゼントを贈る時間だったようだ。


 俺が扉を開ける直前に、金髪の少年が、メアリーに仮面をプレゼントしたらしい。


 その仮面を受け取ったメアリーが、少し恥ずかしがりながらも、仮面をつけて見せ、周囲の大人たちが微笑みを浮かべながら見守っている。


 そんな和やかな雰囲気の中に、俺は1つの異常を見つける。


 メアリーの背後、パトリックやシエル達の傍に、俺が立っているのだ。


 まるで、どこかの坊ちゃんのように着飾った俺が、ニコニコと楽し気な表情で、メアリーを見ている。


 確実に、そいつだ。


 一瞬で理解した俺は、周りの目を気にすることなく、偽物の俺目掛けて駆け出した。


「ニッシュ!?」


「な!? ウィーニッシュ君!? なぜ……」


 突然部屋に乱入してきた俺に気が付いたシエルやパトリックが、変な声を上げる。


 しかし、そんな二人よりもいち早く反応を示したのは、他でもない、偽物の俺だった。


 躊躇することなく窓の方に駆け出した偽物の俺は、近場の椅子を手に取ったかと思うと、窓に投げつけて退路を作り出してしまう。


「逃がすか!」


 華麗な身のこなしで窓から飛び出していった偽物を追いかけようと、俺は窓に駆け寄る。


 しかし、俺は窓の外に飛び出すことはできなかった。


 正確には、引き留められてしまったのだ。


「ニッシュ! どういうこと!? 説明して!」


「シエル、落ち着きなさい。ウィーニッシュ。とりあえず、状況を説明してくれないか? あ、その前に、君が本物だという証明をしてもらおうか」


 その後、俺は刺客についての情報と、俺が本物であるという証明を、パトリックに行った。


 証明はそれほど難しくはなかった。


 俺や母さんの事情については、エリオット家のごく一部の人にしか知られていなかったので、それを話したのだ。


 パトリックも、その話を聞いてからは、すんなりと俺のことを信用してくれた。


 むしろ難しかったのは、刺客についてだ。


 騒動の後、エリオット家主導で屋敷中をくまなく調査したが、これと言って被害らしいものは見当たらなかったのだ。


 分かったことといえば、メアリーの婚約者―――ヘルムート・ウォルフに仕えていた使用人が一人、行方を眩ませたことだけ。


 何も被害は出ていない。


 そんな響きの良い結果が、俺達を安堵させる。


 しかし、そんなに都合よく話が進むはずがなかった。


 俺達がこの騒動の本当の意味を理解したのは、この数か月後。


 突然現れた魔法騎士によって、パトリックが王都に連行されてしまったのだ。


 罪状は、国家反逆罪。


 国に禁止されている違法薬物を売買し、そこで得た資金を基に、ウォルフ家と共謀して王家への反逆を企てていた。


 なんとも作り話としか思えないような、罪状。


 しかし、魔法騎士が言うにはれっきとした証拠が多数上がっているというのだ。


 売買を行った記録や反乱計画書。


 そう言った書類の悉くに、エリオット家の家紋が捺印されている。


 つまり、メアリーの誕生日パーティで起きた騒動は、全て陽動だったのだ。


 そして場面は小さな農村に移り変わる。


『ここは……デカウ村か?』


 エリオット家やウォルフ家の大人たちが王都に監禁される中、メアリーとヘルムートは逃げるように、この村に身を寄せたらしい。


 何やら、マリーという老婆が、パトリックに恩を受けたとかなんとか。


 そうして再び、時間が流れる。


 パトリック達の無実を信じながら、農作業にいそしむ日々。


 まるで、嵐の前の静けさのように平穏な日々を、俺達は過ごしていったのだった。

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