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第110話 追憶:逃亡と出会い

 振り返った先に俺が見たものは、俺の手を握り、息を切らしている母さんの姿だった。


 同時に、俺は周囲の様子を観察する。


 見覚えのない森の中、息を切らしている母さん、そして、母さんの背後に見える街、ゼネヒット。


 それだけの状況が分かれば、一つの仮定を導き出せる。


『これは……記憶の欠片か。状況的に、俺と母さんの二人でゼネヒットから逃げ出したってところかな?』


 この光景が、どのタイミングでの俺達なのかは、今のところ分からない。


 それを確かめるため、母さんに質問をしようとした俺だったが、しかし、それは出来なかった。


 どうやら、8つ目の人生を生きている俺が、記憶の欠片に干渉することはできないらしい。


 それを証明するかのように、俺の口が勝手に動き出した。


「母さん。そろそろ行こう」


「うん……」


 俺の言葉に短く応えた母さんは、足を動かしだしたものの、なにやら気になるものでもあるように、ゼネヒットの方を振り返った。


 そんな母さんの背中を撫でていたシエルが、不思議そうに尋ねる。


「セレナ? どうかした?」


 シエルの問いかけを聞いた母さんは、一瞬口を噤んだかと思うと、言い難そうに告げる。


「さっきの人、大丈夫かしら?」


『さっきの人? 逃げ出すときに、誰かに助けられたってことか?』


 良く考えずとも、俺と母さんが二人だけでゼネヒットから逃げ出すなんて、至難の業だ。


 必然的に、協力してくれた人物がいても、おかしくはない。


 が、そんな人物、いるのだろうか?


 抱いて当然な疑問を俺が抱いた時、俺の口が動き出す。


「大丈夫なことを祈ろう。なんとなくだけど、あの男は無事な気がする」


「なんでそんなこと言えるのよ?」


「だって、あの状況で笑えるか? 普通」


 俺とシエルのそんなやり取りを見て、一人の人物を想起するのは当然だといえよう。


『ヴァンデンス……だったりするのか? いや、考えすぎか』


 ヴァンデンスなら、未来を見通す力とやらで、俺や母さんのことを助けてくれる可能性は十分にある。


 ただ、それはまだ推測の域を出ない。


「まぁ、それは確かに……。本当にあの人がいなかったら、私たちも危なかったわね。で、これからどうするの?」


「とりあえず、別の街を探そう」


 そう言った俺の言葉に従うように、母さんやシエルは大きく頷いた。


 こんな時でも無口なテツは、母さんの右肩に腰を下ろしたまま、何か考え事をしているようだ。


 そんなテツに影響を受けたかのように、俺達は黙々と森の中を歩き続けた。


 街道を行くと追っ手に見つかる恐れがあるため、なるべく森の中を歩く。


 しかし、草木の生い茂った森の中を歩くのは、子供である俺にとっては体力的にきつかったのかもしれない。


 数日後、精神的にも体力的にも疲弊しきってしまった俺は、まるで電源を抜かれたように、意識を失ったのだった。


 そうして、次に俺が目が覚めた時、俺の目に飛び込んできたのは、真っ白な天井と、暇そうに宙を漂うシエルの姿。


 彼女の姿を見た後、ゆっくりと意識が覚醒し始めた俺は、周囲を見渡しながら呟く。


「ん……あれ?」


 見たことのないほどきれいな部屋、しかも、ふかふかのベッドの上に、俺がいる。


 上半身を起こした俺に気が付いたのだろう、文字通り目の前まで飛んできたシエルは、俺の頬に手を添えながら叫んだ。


「ニッシュ! 目が覚めたのね! 良かった!」


「シエル? ここは?」


「あんた、体力の限界で倒れたのよ? 覚えてない?」


「そっか……」


「ちょっと待っててね! 今からセレナたちを呼んでくるから!」


 そう言って扉から出て行ったシエルを見送った俺が、しばらく茫然と宙を眺めていると、あわただしい足音が部屋に近づいてくる。


「ウィーニッシュ!」


 真っ先に部屋に入って来たのは母さんで、声を上げながら俺に駆け寄ると、有無を言わさず抱きしめて来た。


「母さん!」


 元気そうな母さんを見た俺も、負けじと母さんをギュッと抱きしめる。


 しかし、俺の意識は目の前の母さんではなく、母さんの後から部屋に入って来た人物に向いていた。


『メアリー!? ってことは、ここはエリオット領なのか……それに、この様子だと、まだエリオット領だった頃だよな』


 淑女として整えられているメアリーの姿を見て、俺はそう考える。


「体調の方はもうよろしいでしょうか?」


 お淑やかに問いかけられたその言葉を聞いて、俺の口が勝手に動き出す。


「あ、えっと……はい。もう大丈夫です」


 ドギマギとする俺の答を聞いたメアリーは、優しい微笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「そうですか。それでしたらお二人とも、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「え? それはどういう?」


 ここまできてまだ状況を理解していない様子の俺が、素っ頓狂な声を上げた。


 すると、今までに見たことのないような焦り顔で、母さんが言葉を並べだす。


「ウィーニッシュ!? メアリー様。大変申し訳ありません。もちろん、お話を伺います」


「母さん? え? どういうこと? 彼女は誰なんだ?」


 困惑する俺の様子に、苦笑いを浮かべたメアリーがゆっくりと頭を下げながら、告げる。


「失礼しました。わたくしはメアリー・エリオット。このエリオット領の領主であるパトリック・エリオットの娘でございます」


「メアリー様。誠に申し訳ございません。ウィーニッシュ! あなたも謝罪しなさい!」


「っ!? 申し訳ございません!」


 ここでようやく状況を理解した様子の俺が、ベッドの上で土下座をしながら謝罪を述べる。


『ダメダメだな……俺。まだ頭が働いてないんだろ、きっとそうだ』


 そんな俺のことを微笑ましく見てくれたのか、メアリーは小さく笑いながら話し出すと、部屋の外に向かって歩き出した。


「ふふふっ。良いのですよ。それよりも、早く向かいましょう。父が待っておりますので」


 慌てた様子でメアリーに着いて歩きだした俺達は、とある部屋に案内された。


「失礼いたします。父様、お二人を連れてまいりました」


 扉をノックし、ゆっくりと部屋に入ったメアリーが、そんなことを告げる。


 部屋の中には、書類の積み上げられたデスクや談話が出来そうなソファなどが並んでいた。


 一見、部屋の中には誰もいないように見えたのだが、どうもそうではなかったらしい。


 積み上げられた書類の奥から、声が返ってきたのだ。


「お。ようやく来たか。待ちわびたぞ」


 そう言いながら姿を現したのは、短い黒髪に精悍な顔つきをした一人の男だった。


 彼に対して、母さんが跪いたかと思うと、緊張の声音で挨拶を述べ始める。


「セ、セレナと申します。この度は、私どもを助けていただき、誠にありがとうございました」


 そんな母さんにつられるように、俺もまた挨拶を述べたのだった。


「……ウィーニッシュと申します。助けていただき、感謝しています」

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