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第109話 よほど大事な物

 ガラスが割れる音と共に屋敷の中に入った俺は、火の粉が飛び交う部屋の中を見渡した。


 天井付近で広がりつつある煙と、炎で揺らぐ空気が、俺の視界を悪化させる。


『手前に1人倒れてる。奥に2人……いや、3人の人影』


 状況を把握した俺は、部屋の奥で唯一仁王立ちしている人影に向かって飛び掛かった。


 その人影は腰を抜かしている2人……メアリーとヘルムートに向けて、剣を突き付けている。


 飛び掛かりながらそのことに気が付いた俺は、必死に両手をその人影に伸ばしながら、ラインを描いた。


 その甲斐あってか、俺は全てのラインを使って、2人に突き付けられている剣を退けることに成功する。


 しかし、その人影もただ物ではなかったのだろう。


 ジップラインで大きく上に振り上げさせられた剣から即座に手を離し、振り向きざまに、俺目掛けて蹴りを打ち込んできたのだ。


 咄嗟によけようと身体を捩じった俺は、直後、顔面に猛烈な痛みを覚える。


 視界が暗転したかと思えば、ぱちぱちと目の前で何かが光ったような錯覚に陥る。


 気が付けば、天井を見上げていた俺は、そんな俺を見下ろす一人の男に気が付いた。


 センターで分けられた灰色の髪に、整えられた口ひげを持った男。


 細くて切れ長のその目に見つめられた俺が、思わず身動きを取れずにいると、男が先に口を開いた。


「ん~? お前、なんなんだぁ? 突然襲い掛かるなんて、初対面の人に、失礼だよねぇ?」


 不思議な口調で話しかけてくるその男は、躊躇することなく俺の首元を踏みつけると、大きなため息を吐く。


 喉を踏みつけられて行動を制限された俺は、呼吸ができない苦しさにもがきながらも、その男の足首を握りしめた。


 小さい子供だと思って油断していたのだろう、男は俺の握力に驚いた様子で顔をしかめてみせる。


 そんな小さな隙を突いて、俺は両足を激しく床に打ち付けた。


 途端、激しい轟音を上げて、床が崩れ始める。


 流石の男も、突然足場が崩れてしまっては対処できなかったようで、俺とともに、階下へと落下した。


 とはいえ、それを狙っていた俺は、落下しながらも対策を実行する。


 俺が開けた穴に向けてラインを描くと、すぐそばで落下しているシエルをがむしゃらにつかみ、魔法を発動する。


 途端、俺達はメアリーたちのいる2階へと、ジップラインによって強引に引っ張り上げられた。


 幸い、落下する瓦礫などに衝突することもなく上がれたことに安堵しつつも、俺はすぐに立ち上がる。


「メアリー! ヘルムート! 大丈夫か!?」


 穴から遠ざかりつつ、彼女たちに駆け寄った俺は、メアリーの眼前に立って息を呑んだ。


 腰を抜かして座り込んでいると思っていたメアリーとヘルムート。


 しかし、それはどうやら俺の勘違いだったようだ。


「……」


 ボロボロと大粒の涙をこぼし続けているメアリー。


 そんな彼女の腕に抱かれているヘルムートの首元から、真っ赤な鮮血が飛び散っていたのだ。


「ひ……ひどい……」


 ヘルムートの惨状を見たシエルが小さく呟いた。


 しかし、こんなところで打ちひしがれている時間は、残されていない。


 そう考えた俺は、背後の床に開いた穴を一瞥した後、メアリーに語り掛ける。


「おい、しっかりしろ! ここにいたら、全員死んじまう! とりあえず、逃げ出すぞ!」


 力強く肩を揺すって語り掛けたものの、メアリーが返事をすることは無い。


 焦った俺は、部屋の中を見渡した。


 俺が部屋に飛び込んできた時よりも、周囲の炎が勢いを増しているような気がする。


 それに伴って、天井に充満する煙は、明らかに量を増していた。


 いまさらながら、口元を抑えて煙を吸わないように気を付けた俺は、ふと、視界の端に移ったものに目を向ける。


 それは、先ほど目にした人影。


 床に転がっているその人影を凝視した俺は、ようやくその人物に気が付く。


「マリーさん!?」


 床に空いた穴の向こうで倒れている彼女に声を掛けてみるが、反応が無い。


 もしかしたら、既にこと切れているのかもしれない。


「シエル、マリーさんの様子を見て来てくれないか!?」


「分かったわ! でも、急いでよね!」


 言いながら飛んで行くシエルを見送った俺は、もう一度メアリーに声を掛ける。


「おい! メアリー! こっちを見ろ! 良いか? 俺と一緒にここから逃げるぞ!」


「……んは?」


「は?」


「ヘルムート様は? どうなるの!? ねぇ! どうなるの!?」


 ようやく俺の言葉に反応を示したメアリーは、しかし、錯乱したかのように叫び出した。


 抱きかかえているヘルムートの頭を、強く抱きしめながら、叫ぶ。


 俺は、そんな彼女が右手で握りしめている物に気が付いた。


 例の、仮面だ。


 ヘルムートを抱きかかえながらも、仮面を話すつもりは無いらしい。


 よほど大事な物なんだろう。


 俺がそう考えたその時、ギギギという嫌な音が俺の耳に届いた。


 すぐに音の方へと目を向けた俺は、ゆっくりと倒れこんでくる木の壁を目にする。


 いたるところが燃えてしまったために、支えを失ってしまったのだろう。


 俺やメアリーがいる場所に目掛けて倒れこんでくる壁から逃げるように、俺は半ば強引に、二人を引っ張った。


「きゃあ!」


 俺に引っ張られたことで、床を転がったメアリーとヘルムート。


 咄嗟にしても強引すぎたか、と考えた直後、俺の目の前に何かが転がってくる。


 それは、メアリーが大事に握りしめていた仮面。


 反射的にその仮面を拾い上げた俺は、すぐに立ち上がってメアリーとヘルムートの元に駆け寄ろうとするが、結果的にそれは出来なかった。


 なぜなら、猛烈な頭痛と倦怠感に、全身が襲われたからだ。


「くそっ! こんな時に……」


 小さく呟いた直後、俺の意識はどこか別の場所に飛ばされる。


 突然放り出された真っ暗な視界の中、一人で茫然と立ち尽くしていた俺は、不意にかけられた声に振り返ったのだった。

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