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第105話 交渉とか、そんなもの

 メアリー・エリオットの事情と、クリュエルのバディについて話した夜。


 その夜から、もう一つ夜を明かした日の昼前に、俺達は目的の村、デカウ村にたどり着いた。


 入り組んだ森の細道を抜けた先、突然開けた視界に飛び込んできた金色の平原に、俺は息を呑む。


 風になびく小麦が日光に照らし出されることで、俺達は大地を走る風の姿を目にすることができた。


 なんて壮大で心地よい景色だろう。


 つい先ほどまで感じていた尾てい骨の痛みなど、どこかへと吹き飛んでしまったかのように、俺は感嘆したのだった。


「すっごいわね……ずっと先まで金色だわ」


「だな。こりゃ、国内最大の穀倉地帯って言われても、納得だ」


 道の両脇に広がっている広大な小麦畑を見渡す俺とシエル。


 そんな俺達の言葉を聞き流していたクリュエルは、まっすぐに前方を指さして告げた。


「この先に、目的のデカウ村がある。まずはその村で、マリーという名の女を探すぞ」


「マリー? え? メアリーじゃなくて?」


 俺も抱いた疑問を、シエルが口にする。


「マリーだ。その女が、メアリー・エリオットと、その婚約者ヘルムート・ウォルフを匿っている」


 彼女の言葉に納得した俺達は、いったんそこで会話を終了させると、周囲の様子に注意を向けた。


 細い道の前に並んで建っている二軒の小屋。


 それらの小屋の前に辿り着いた俺達が、馬の上から村を見渡しているうちに、シエルがぼそりと呟いた。


「なんか、ジロジロ見られてるわね」


「よそ者が来れば、普通そんな感じだろ? こうして考えると、俺達って、親子に見えてたり?」


 チラッとクリュエルの方を盗み見た俺だったが、彼女には華麗にスルーされてしまう。


 何も反応することなく馬から降りたクリュエルに続くように、俺も地面に降り立った。


「いたた……乗馬ってこんなに尻が痛くなるんだな……もう勘弁だ」


「何言ってる? 帰りはどうするつもりだ?」


「そんなに痛いの? 良かった、私は私で」


「ぐぅっ、誰も共感してくれないのかぁ」


 なんとなく呟いた言葉に対して、クリュエルとシエルが冷たい言葉を返してくる。


 これこそスルーして欲しかったよ。


 俺が気を取り直そうとため息を吐いた時、いち早く動き出したシエルが、村人らしき男に話しかけた。


「あの、すみません。この村にマリーさんという方はいませんか?」


「……? なんだ、お前ら? 何が目的だ?」


 シエルに話しかけられた男は、手にしていた鎌をギュッと握りしめながら、問いかけてきた。


 鋭く睨みつけてくるその目と、よそ者に対する刺々しい雰囲気に、俺が一瞬怯んだ時。


 クリュエルが動いた。


「変な詮索は命を縮めると思え。良いな? で、マリーはどこだ?」


 男が鎌を持っていることや、鋭い目つきで睨んでくることなど構いもせず、詰め寄った彼女は、低い声音でそう告げる。


 対する男は、クリュエルのその迫力に気圧されたのか、はたまた面食らったのか、激しく瞬きをしながら口を開いた。


「っ……北だ。ここから北にある、あの一番大きな建物にいる!」


「……」


 あっさりと居場所を教えてくれた男は、逃げるようにその場から立ち去って行った。


 そんな男の後姿を見送った俺は、すぐにクリュエルの傍によると、小声で糾弾した。


「クリュエル、どういうつもりだよ。流石に乱暴すぎないか?」


「構わん。あの男に気を遣う必要はない。当然、こちらが下手に出る必要もない」


「そうなの? 一応、この村の人たちはメアリーを匿ってくれてるんでしょ? だったら、少しは感謝するべきなんじゃない?」


「誰がそんなことを言った? メアリーを匿っているのは、マリーだ。この村の連中じゃない」


「?」


 あっけらかんと告げるクリュエルは、男の示した建物を目指して歩き出す。


 俺とシエルは、互いに顔を見合わせて疑問を共有しながらも、仕方なく彼女に着いて歩いた。


 そうしてたどり着いた建物は、この村で唯一の二階建ての建物だ。


 木で作られたその雰囲気が、とてもこの村に似合っている。


 そんな建物の玄関を勢いよく開けたクリュエルは、ズカズカと中に入ると、一番初めに目についた女性に問いかける。


「あなたがマリーか?」


 声を掛けられた老齢の女性は、薬研やげんでの作業を一旦止めると、俺達を上目遣いで睨んでくる。


 髪も肌も、あまり手入れをしていないのだろう。


 最低限の身だしなみも整える気が無い様子の老婆のようだ。


 随分と低い椅子に座っている上に、腰も大きく曲がっているため、俺よりも目線が低く見える。


 腰を痛めそうな体勢から、ゆっくりと立ち上がったその老婆は、大きく息を吐いたかと思うと、捲し立てるように告げた。


「ん? あんたたちはどこの誰だい? もしかして、アタシに喧嘩吹っ掛けに来たんじゃないだろうね!?」


 予想外の剣幕に、俺は思わずそう呟いてしまう。


「なんでそんなに喧嘩腰なんだよ……」


「いや、そりゃあ、あんな目つきで迫られたら、誰でも喧嘩腰になるんじゃない?」


 俺の呟きを聞いたシエルが、ため息を吐きながらクリュエルの方を指さした。


 すぐにクリュエルの顔に目をやった俺は、大きなため息を飲み込みながらも、とっさに彼女の前に割って入る。


 そして、なるべく穏やかな口調で、老婆に語り掛けた。


「ちょ、ちょっとすみません。お……僕、ウィーニッシュって言います。実は、ある人を探して、このデカウ村にやって来たんです。少しお話できますか?」


 正直に言うと、この時の俺は今までにないほど緊張していた。


 心臓がバクバクと音を立てている。


 だからこそ俺は、返ってきた老婆の言葉に、驚きを隠せなかったのだ。


「……なんだい、あんた。気色悪いね」


「なっ!? ぼ、僕のどこが気色悪いんでしょうか?」


 話の流れが妙な方向に進んでいる。


 自分でもそう感じながらも、俺は変な質問をしてしまっていた。


「気色悪いじゃないか。どこの世界に、そんな丁寧な言葉を使うガキが居るんだよ」


「あ~、はははっ。まぁ、ちょっと特殊な所から来ましたので。……僕のことはさておき、今、時間はありますか?」


 とりあえず話を元に戻したい。


 そんなことを考えながらも、愛想笑いを浮かべた俺は、約5秒間、老婆の睨みに耐え続けた。


 その甲斐があったのか、老婆は仕方がないとばかりに椅子に座り直すと、面倒くさそうに告げる。


「ちょっと待ちな。あと一つで今日の仕入れ分が終わるんだ。その後なら、話くらい聞いてやるよ」


「ありがとうございます!」


 老婆の言葉に最大限の感謝を示した俺達は、とりあえず、彼女の仕事が終わるまで外で待つことにした。


 建物の中には他に人は居ないようだったが、クリュエルと彼女を長い時間同じ空間においておくことに抵抗を感じたのだ。


「ふぅ」


「ニッシュにしてはやるじゃない」


 建物の外にある花壇に腰かけた俺が大きなため息を吐くと、珍しくシエルが褒めてきた。


 そんな彼女の言葉に乗せるように、俺は軽口をたたく。


「だろ? 少なくとも、クリュエルよりは得意な気がする」


「あ?」


「そういうところだよ! はぁ……とりあえず、メアリーの話は俺がするから、クリュエルは少し黙っててくれよ?」


 すぐさま凄んでくるクリュエルを宥めた俺は、空を眺めながら老婆の……マリーの仕事が終わるのを待った。


 しばらくして、建物の中に呼ばれた俺達は、先ほど同様、椅子に座っているマリーの元に向かう。


 どうやら彼女は薬師のようで、先ほどは薬を作っている途中だったみたいだ。


「で、話ってのは?」


 苛立ちを抑え込むように訪ねてきたマリーに、なんと切り出そうかと悩んだ俺は、一瞬で悩むことを放棄した。


「マリーさんもお忙しいと思いますので、単刀直入に言います。僕達はメアリーさんを探しに来たんです」


 俺の言葉を聞いたマリーは、しばし黙り込む。


 そうして、大きなため息を吐いたかと思うと、堂々と言ってのけた。


「……メアリー? そんな人間は知らないね。もういい。とっとと帰りな」


「え? ちょ、マリーさん!? ちょっと待ってください! まだ……」


 今の間はなんだったんだ!?


 明らかに怪しいマリーの様子に、俺が慌てて問い詰めようとしたそのとき。


 業を煮やしたのか、クリュエルが大声を上げた。


「おい! 白を切っても意味がないぞ? 既に情報は掴んでるんだ。大人しく引き渡せ。その方があなたの為にもなる」


「脅そうってのかい? でも悪いね。アタシはどんな脅しにも屈しない女なのさ。でもなけりゃ、こんな田舎で薬師なんかやってられないさね」


 クリュエルの怒号に応えるように、マリーもまた堂々とした態度のまま言ってのける。


 これはもう、交渉とかそんなものじゃない。


 どうしたものかと頭を抱えそうになった俺は、ふと、小さな物音を耳にした。


 その物音はどうやら二階から聞こえてきたようで、ゆっくりと二階を移動したかと思うと、すぐそばに見えている階段の方へと向かってゆく。


 そうして俺は、いつか聞いたことのあるような声を耳にした。


「マリーおばさま? 大丈夫……っ!?」


 階段からひょっこりと顔を出して、そう尋ねてきた一人の女性。


 その女性は、問いかけの言葉を言い切る前に俺達を目にすると、慌てたように二階へ逃げ戻って行ったのだった。

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