第102話 仲間への勧誘
久しぶりに嗅ぐ森の香りは、すごく懐かしい感じがして、俺は少し安心した。
夜ということもあって、深く重たい静寂が、森全体に降り立っている。
「この感じ、懐かしいな」
「ニッシュもそう思ってたの? 実は私も同じこと考えてた」
頭の上に腰かけているシエルが、俺の呟きに同調している。
5年間も棲みついた森なのだ、俺もシエルも、それなりに馴染みを覚えていてもおかしくはないだろう。
そんな懐かしさを噛み締めながら、クリュエルの後について歩いていた俺達は、ひときわ大きな木の麓にたどり着いた。
そこでようやく、クリュエルが口を開く。
「着いたぞ」
短いその一言に、なんと返していいものやらと考えた俺は、しかし、何も言えなかった。
なぜなら、別の人物が口を開いたからである。
「キミが、ウィーニッシュか?」
大きな木の陰から、ゆっくりと姿を現したのは、俺の知っている人物。
しかし、相手は俺のことを知りはしないだろう。要するに、俺が一方的に知っている男。
だから、俺は慎重に言葉を選んだ。
「そうだ……あんたは?」
「俺の名はカーズだ。まぁ、立ち話もなんだ、座ろう」
これでお互いの自己紹介は済んだ。
促されるままに、転がっている丸太に腰を下ろした俺は、ゆっくりと辺りを見渡す。
対面には俺と同じように腰を下ろしているカーズがいる。
その右隣に、クリュエルが立っていて、二人の背後に大きな木が生えている形だ。
自然のままに、煩雑と生い茂っている木々や茂みに囲まれた、なんとも居心地のいい空間。
そんなところで対面しているカーズの様子は、どことなく、俺の知っているそれとは何かが違うように見えた。
まず一番大きな違いは、顔にあった大きな傷がないこと。
そして、口調やしぐさなどの雰囲気が、柔らかく感じられること。
まぁ、それらを今気にしても仕方がないので、俺はもう一つ気になってしまったものを凝視する。
その人物は、カーズの後を追うように、大木の後ろから現れたのだった。
細い手足でなんとか歩いている老人。
その姿も、俺は以前に見たことがある。
『確か……ゼネヒットでカーズと取引をしたときに、部屋にいた爺さん、だよな?』
思い出しながら老人を凝視していたせいだろう、俺の視線に気が付いたカーズは、老人を一瞥した後、俺に向けて告げた。
「そこの爺さんのことは、あまり気にしなくていい。今回の話には、特に関わらないからな」
そんな彼の言葉に従うように、俺がカーズに視線を戻した時、どこに隠れていたのか、カーズの背後から黄色いモフモフが姿を現す。
説明するまでもない。カーズのバディのシェミーだ。
「ふ~ん? アンタが噂のウィーニッシュ? 思ったよりも小さいのね。もっと大人なんだと思ってたわ」
「シェミー! ……すまない。彼女は少々空気が読めない性格でね」
「なによ! そういうあんたも、実際思ってたでしょ!? あのゼネヒットで毎晩大立ち回りを続ける人間がいるって聞けば、誰だってそう思うわよ! っていうか、なんであんなことしてんのよ!? 馬鹿じゃないの!?」
シェミーの様子を見て、変わらないものもあるのだと安心した俺が苦笑いをした時、シエルが呟いた。
「ニッシュが馬鹿だっていうのは、あながち間違いじゃないかもしれないわね」
「なんでシエルが援護射撃してるんだよ!? まぁ良いか……で、今日は何の話があって、俺を呼んだんだ?」
すかさずツッコミを入れつつ、話の続きを促した俺。
カーズも、なかなか話が始まらないことを気にしていたのだろう、すぐに俺の意図に気が付き、言葉を並べだした。
「そうだな、あまり回りくどく話しても意味がない。単刀直入に言おう。俺達の仲間になってくれないか?」
「仲間?」
「そうだ。これは推測だが、キミはハウンズに……バーバリウスに恨みがあるんだろう?」
「恨み……まぁ、そうだな。ある」
応えながら、俺は前回の記憶を思い返す。
正直、今すぐにでも恨みを晴らしに行きたいところだが、無計画に動いても、俺が失敗する可能性が高い。
だからこそ今、俺はここにいるわけなのだから。
「俺達も、あいつに恨みがある。そこで、手を組んで恨みを晴らさないか?」
俺が思いを巡らせているうちに、カーズが提案を投げてきた。
そんな彼の提案を聞き、自分の中に浮かんだ疑問をすぐに問いかけようとした俺は、短く言葉を切ってしまう。
「手を組んで……」
手を組んで、バーバリウスに復讐する。
たとえどんな手を使ってでも。
カーズはそう言いたいのだろうか?
思いながら、俺は再び前回のことを思い返した。
カーズがゼネヒットを襲撃した時のこと。
俺が、カーズと協力して、ゼネヒットを崩壊させてしまったこと。
あれは本当に正しかったのだろうか?
尽きることのない疑問を抱いてしまった俺は、その疑問を少しでも解消するために、カーズに疑問を投げかけた。
「具体的に、どんなことをするんだ?」
「そうだな……当面は、仲間を集める。そうして、ある程度集まったら、ゼネヒットで奴の悪事を暴き、失脚させる。それが最終目標だ」
返ってきたカーズの言葉を聞き、俺は驚愕した。
『悪事を暴いて失脚させる!? なんだ? さっきからずっと思ってたけど、こいつ、俺の知ってるカーズじゃないのか?』
やろうとしていることが、そもそも前回の記憶とは違うように感じられる。
確かに、今までも同じような場面に直面したことはある。
その最たるものが、ゲイリーの存在だ。
前回の記憶における彼は、モノポリーに所属していた。
具体的にいつから所属していたのかは分からないが、今の状況を鑑みるに、彼が今後モノポリーに入るようなことは無いように思える。
まぁ、絶対に、とは言い切れないが。
少なくとも一つ言えることは、前回の記憶の通りに、全ての物事が進むというわけでは無いらしい。
「ニッシュ……」
「……」
シエルも俺と同じく、そのことに気が付いたらしく、どこか不安そうな表情をしている。
そんな彼女の視線に、無言で答えながら、俺は考える。
『カーズが前回とは違う性格になっているのは、俺がやり直したことで世界が変わったから? それとも……まだ、こいつが“あんな風になる”ようなきっかけが、発生していないから?』
少なくとも、現時点のカーズとなら、ある程度の協力関係になってもいいかもしれない。
そう判断した俺は、ゆっくりと頷きながらカーズに告げた。
「分かった。俺としても、あいつを失脚させることができるなら、願ったりかなったりだし。手を組もう」
「それは良かった。それじゃあ早速手伝ってほしいことがあるんだが」
「本当に早速だな」
呆れて見せる俺に苦笑いを隠さないカーズ。
本当に別人のようだ。
「あぁ、ここから西にあるロゴフスキ領……旧エリオット領に向かって、とある人物を助け出してきてほしい」
「ロゴフスキ? エリオット?」
全然意味が分からない話のはずなのに、俺はどこかその単語を聞いたことがあるような気がした。
そんな俺の疑問を察したのか、苦虫を噛んだような表情で首を傾げたカーズは、申し訳なさそうに告げる。
「まぁ、色々あったんだ。経緯は道中でクリュエルから聞いてくれ」
「そっか。分かった。で、助けるのは誰なんだ? まさか、囚われのお姫様を救い出せなんて言わないだろ?」
気を取り直すために軽口で問いかけた俺は、対するカーズの真剣な表情を見て、息をのむ。
「……残念だが、そのまさかだと言っても過言じゃない。俺はさっき言ったよな。旧エリオット領と」
「ん? あぁ」
旧エリオット領。
それがどうしたんだ? という疑問と、どこかで聞いたことがあるような? というもどかしさに、俺が苛まれた直後。
カーズがそれら全ての説明を行ってくれた。
「助け出してほしい人物の名前は、メアリー・エリオット。旧エリオット領主の一人娘で、彼女は今、とある農村に匿われている」
「メアリー・エリオット!?」
「ニッシュ! それって!」
モノポリーに所属していた、仮面の女。
確かに、この場にいない彼女のことを思い出した俺は、同じく驚愕を露わにしているシエルと、顔を見合わせたのだった。