月だけが知っている
月が綺麗と思えたのは、横に君がいてくれて、夜が暗くて、世界が平等なおかげだと思う。
学校の屋上、先生には内緒で君と星を見上げた夜。
そこには静けさと二人だけの世界があって、僕たちは簡単にお互いのことを信じあえた。
ふと君が、「月に行きたい」なんて言うから、僕は思わず、「じゃあ二人で行こうよ」と答えてしまう。
君は笑いながら僕の手を握った。
「僕たちはこの世界に必要とされていないもんね」
君は僕の手をぎゅっと握りしめながらそう言った。
「でも、僕は君が必要だよ」
僕はそんな君にそう答えた。
「こんな夜だし、月は見えるし、最後にあれ! 有名なやつやっていい?」
君ははしゃぐ子供みたいに、僕の目をのぞきこむ。
「いいよ。 最後になんでもやろう」
「じゃあ、『月が綺麗ですね』えへへ。 言っちゃった」
「言っちゃったね」
僕はそう言うと、君の手を引っ張り立ち上がる。
屋上のフェンスを越えて、つま先が地面の感触を掴めない感覚に新鮮味を覚えながら僕は返し文を読む。
「『私死んでもいいわ』」
僕がそう言うと、君は笑って泣いた。
僕は君の手を手繰り寄せ、君の体を包み込む。
そして僕たちは月に向かって飛び出した。
瞬間、体には浮遊感だけが残り、僕たちは落ちていく。
月には行けない、それは最初からわかっていたのに。
「ねぇ」
君が呼び掛けてくる。
「大好きだよ」
泣きながら君は僕に教えてくれた。
僕も。
「僕も大好きだ」
あぁ、願わくば、今度は僕たちが普通に生まれますように。
僕たちが普通に恋愛できますように。
僕が、本物の女の子でありますように。
最後、視界をよぎったお月さまは僕たちを優しく照らしてくれていた。
たまたま読んでいただいた方はありがとうございます。