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Too late

作者: magudara
掲載日:2020/03/20

平成の歌姫と呼ばれた人の曲名から二次創作させて頂きました。

ずっと頭は鈍器で殴られたみたいにぼんやりしたままで、なんで死んじゃったの?生き返ってよ!なんてまた私の知らない若いオトコの胸に縋って肩を抱かれて泣きじゃくってるマミーを横目にスゴいよアンタ。と心の中で溜息混じりに主演女優賞の贈呈をして、カットもリテイクもかからないまま少し前に泣いても落ちないのよ!って自信満々に見せてきた最新らしい化粧道具達は人目を憚らずしゃくり上げてくしゃくしゃに歪めた顔にどんどん涙で剥がされ続けてもう見る影も無かったけれど、おばあちゃんの大好きだった優しい笑顔は祭壇に飾られて全く変わらないまま葬儀は粛々と進んでいった。


私がしっかりしなきゃおばあちゃんを送ってあげられない、ちゃんとしなきゃ、泣いちゃダメだって思う自分と、

大変だったね、ずっと心配してたよ。なんて優しく声をかけてくれる人に、じゃあなんでちょっとでも助けてくれなかったの?って思う酷い自分と、

この後に及んでおばあちゃんの事だけじゃなくてそういう事をごちゃごちゃ考えてる自分を全部投げ棄てて私だって大声あげて泣きたいよって思う自分と、

どれが本当の自分なのかすらも分からないまま、ただひたすらに誰かも分からない弔問客にお礼を言い続けて、悲しいかも分からないのにたまに勝手に溢れてくる涙をどうにか出来る訳も無いと早々にそれを止める方法は諦めたものの眼は閉じない様に、

閉じたら最後、

そのまま泣きじゃくってしまわない様に、

神妙な作り笑顔でバッグの下に隠した右手の爪が、手のひらに喰い込んで赤黒く爪跡を残し、その指先すらしばらく血と感覚を戻さない位にはハンカチを握り締めていた事に通夜が終わってから気付いた。


「おぉう、お前が××の子かぁ〜、澄ました面しとんのがそっくりじゃなぁ?」

「××の子?」


お通夜の夜も更けて、今日のシーンはもう満足がいったのか、やり飽きたのか分からないけれどまだそこにおばあちゃんが居る事を忘れたようにマミーが誰かから奪い取ったビール瓶を一気に飲み干して、全然足りない、もっと持ってこーいとピースサインを作って上機嫌に笑い出して、皆もやんやとそれにノッて女王様とか呼び出した辺りでようやく誰もいない隅に座って、食べる気も無いちょっと端が乾き始めているかんぴょうの入っている細巻きをつついて箸で転がしながら、おばあちゃんによく言われていたのに遂にきちんと直らなかったなぁ。と、自分の箸癖の悪さを見て少しばかりの申し訳なさと思い出に浸って気を抜いていたら、女王様のビールを取りに来たらしい浅黒くて無精髭まで白髪混じりの背の低い初老の男に背中からそんな事を言われた。

寿司桶を覗いていた私に、やけにギョロギョロした目と煙草と酒の臭いをさせた口をぐっと近づけ、聞いた事の無い名前を聞き返しながら何かの揶揄かと思い反射的に箸で間を挟む様にして笑顔を作りきれないで訝しむ様な眼を向けた私に、

「ほら、お前の本当の親よ。すぐ追い出されたナヨ〜っとしたホスト崩れの奴。」

その蛙の様なギョロギョロした目をした男は面白い玩具を見つけた様ににたりと嗤い続けて言った。


ードクンー


だめだ、これは聞いてはいけない。


ーードクンドクンーー


追い出された?

私の父親は自分で出て行った。幼いながらもその後ろ姿は壊れた黄色いカセットレコードと共に自分の中に刻み込まれている。

滅多に語りたがらない母の代わりにポロリとこぼした祖母から聞いていた名前、1枚しかない写真の裏に書いてあった名前、大事に反芻した名前、それとは違う響きが耳の中に鉛を流し込んでいる。


愉しそうにギョロリとした目の中に映った青ざめた自分の顔を凝視しながら、一気に乾いた唇が何かを話そうとしたがどんどん早まる鼓動と共にはく、はく、と壊れた人形の様に動くだけで変に熱い息を短く吐きだすしか出来ない。

親戚なのかもしれないが、ほとんど知らない人間の生臭い口から出た言葉で酔っ払いの戯言だと自分に言い聞かせてはみるものの、動悸が止まらず昼間ボロボロと出ていたモノとは全然違う熱を帯びた塩水がじわりと滲み出て視界全体を歪めかけたその時、


「ちょっとぉ〜!ウチの娘に何してんのよォ!さっさとビール持ってきてよぉー!」


甲高い声でいつの間にか箸を持っていた手を畳に落としてしまっていた私と蛙男の間の濃くてどろりとした澱んだ空気を母の声が吹き飛ばした。

その声にいち早く顔を向けた蛙男は、母の目が私ではなくしゃがむ時に手をつく代わりに握ったままだった汗をかいた新しいビール瓶に向けられていると知るとすぐさま人懐っこくニカリと笑い、私に向けていたあの目がまるで無かった事の様に細められ、頭を掻きながらすまんすまんと言って冷蔵庫から冷えたビール瓶を2本余分に持ち直し、輪の中へ戻って行った。

その男が眼の前から居なくなってまたマミーの笑い声と、耳に届く喧騒がガヤガヤと戻ってきたので先程不意に顔を近付けられた時に身体を引こうと不自然に捻って背中の一部を壁に預けじわりと首筋まで汗が滲んだシャツや中途半端に力が抜けて投げ出した手足をそのままにしてぼんやりと、

喪服のスカート丈が長かったかなとか、

でも身長が伸びないのだから既製品ではどうしても膝をすっぽり包んで余りあるのは仕方が無いしとか、

わざわざ喪服の丈を直して何度も使う事が増えると嫌だしこんなものは慣れていない位がいいんじゃないかとか、

そういう事を考えていると、さっきまであれだけ大声で煩かった大人達がヒソヒソと声を潜めている事に気付いた。


一度張っていた気が抜けて動かすのが億劫な身体を放置しぼうっと半ば膝の辺りを見ていた伏せかけた瞳だけをちらりとそちらに見遣ると、私には背中を向け母の正面に座っていた知らない親戚達が、こちらに手を付いて艶の無い黒いネクタイを少し緩めてあるのがちょうどスーツ屋のCMの様に首から下だけ視界に入り、その奥の母が、先程塗り直したのだろう。いつもに比べれば幾分か薄い、けれどこういう場には不似合いであろう赤い口紅を引いた唇でふふっと嗤いながら自分の人差し指を寄せて第二関節にキスをする様にしーっと囁きながら充てているのが見て取れて、さっき母が一掃したあの重苦しい不安とまるで何日か前に行った爆音に満たされているクラブから心臓だけ遅れてやってきたみたいなおかしい位の動悸が襲って来て、それが警鐘の様にどんどん速くなって、怖くてもっと速くなって、


だめだ、息を、吸わ、ないと


息を、吸え


鼻がツンとする


しょっぱい


息を、しょっぱい、空気を、


1人で大丈夫よね?


息が、吸えない


どうして?


眼の前がチカチカする


好きにして良いわよ?私も好きにするから。


テトラポッド


寂しい、当たり前、飢えるココロ


暗い水面に映る輪郭、揺れる灯


ガボッ、ガボッ

綺麗な空気の泡が上がっていく


息の代わりに塩辛い冷たい涙が、喉を、肺を塩辛く灼きながら侵食する


突然、無くなる、モノ


首から離された、ゴツゴツした黒い、手の先


マモら、なくては、いけない


なに、を?


カチリ、巻き戻る、黄色いテープレコード


車のクラクション


みんな、がんばっているんだから


ボストン・バッグを持った、男の人のせなか


どうして?


ないてる、おかあさん、のせなか


ぶくぶく、泡が、弾ける


ホスト、崩れ、の、


あぁ、渇く、こわいよ


ダレ、が、ワル イノ ?


いき、が、でき ない



…っ!!!『お とう さん』


最後に口に出した筈の言葉はがひゅっという痰が絡んだ詰まった呼吸音にしかならなかった。

ぶわっと全身から汗が吹き出し、荒く忙しない息をなんとか懸命に整えようとする私に、


「あ、起きたぁ?」


ズキズキする頭に眉をしかめながら記憶を探り、少し息を整えてもまだはっきりしない頭であっけらかんとした声の持ち主を片目だけ開けて見上げる。


「昨日疲れてたんだね、カコキューってやつで寝かせとけば良いって言われたらしいよ。後30分位で出棺だってぇ、私も今ちょっと戻って来た所で、起きなかったらそのまま寝かせておこうかと思ってたんだけど、どうする〜?」


無理しなくて良いのにぃと、そこら辺の女子高生が遊びに行くかクレープを食べに行くか喋っている様な感じで話しながらこちらに一瞥もくれずにしゃがんで冷蔵庫から瓶のコーラを取り出したと思ったら、何かに引っかけ蓋を飛ばすと立ち上がり腰に手を当ててゴクゴクと飲む横顔を見る。

炭酸は苦手な筈なのにあのマミーでも緊張していたのだろうか。

出棺…という事はあの後過呼吸で失神してそのままかなりの時間寝てしまったのだろう。

確かに東京から駆けつけてからろくに眠りを取ってはいないが、お別れはどれだけ時間があっても足りないと言うのに自分はなんて情けないんだろう。結局育ててくれた恩も最期の最後までろくに返しきれなかった。他人の事を心の中でバカにしたり軽蔑したりする癖に私の人生は出来ているつもりで出来ていない事ばかりだ。たちが悪い、ずる賢く生まれたものだ。

産まれる為に必ず必要なもう1人の親が顔も見た事が無い誰だかは知らない事を昨日知ったけれど。

そしてそれを祖母は知っていたのか、優しい嘘だったのか、どう思って私に接してくれていたのかあの優しさの理由をもう一生知る事が出来ない事も。

30分、か。と口の中で独り言ちると、乾いて粘ついた口内に自分こそ飲み物を欲しているとは思ったが、恐らく私はなんらかの副産物で、模範的な親としてではなく、自分の生を謳歌し最期まで味わい尽くす事が自分にも周りにも1番為になると思っているこの人は気まぐれ以外でそれを察してもう一度冷蔵庫を開けて飲み物を寄越すタイプでは無いし、私も言葉に出す方が面倒臭くてこのままギリギリまで休んで身なりが少し位身嗜みが乱れていても身内が亡くなったのだ、レディ・マミーはもう今日はオスカー賞を取りに行く気は無いらしく、私が寝こけた後一度シャワーを浴びてからはきっとメイクもヘアーも全く崩れていない。このままハイアット・ホテルのバーに行ける程バッチリだ、隣にいても私は程良く霞んで赦されるだろう。と考え、直前にとび起きて一気に用意した方が昨日聞いた余計な事を、少なくとも今日が終わるまでは考え無くて済むし、酷い顔より少しはしゃんとした顔で1番最期を育ての親に見せて大丈夫だよ、と送り出したい。そう思って一言「行く。」とだけ言ってどんな最悪の方法を使ってでも必ず叩き起こしてくれるであろうマミーの返事を待たずに少し腫れぼったい瞼を閉じて少しでも腫れを引かせる為と眩しさを遮る為に冷えた手先をその上に置いて、私の一言なんか無かったみたいにどうでも良い話を愉しげに話し始めたマミーの声を子守唄代わりにしたら、今度は過去の海に落ちて溺れずに、すんなり意識は深みに落ちていった。

拙い話を読んで下さりありがとうございました。

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