7話 僕は悪人にはならない
お風呂から出た僕は、またシズクをダンボールに入れて自室に向かう。
こはる荘は一階に食堂やお風呂やランドリールームがあって、個室も四部屋ある。
二階には十二部屋の個室があって、僕以外の寮生はみんな二階だ。
一階の個室は管理人兼寮生である僕しか使っていない。
「こはる荘は十六人も入れるのに四人しかいないんだ。ガラガラなわけだろ?」
「もっと使ってくれる人を増やしましょう」
「あはは。賑やかでいいね。でも、そうなると僕の仕事が大変になっちゃうかも」
僕はこはる荘の管理人として働くことで、学費が無料になってわずかながらのお小遣いも出ている。
「私も働きますから!」
実際、どうやってこはる荘は存続しているんだろうか?
学校からの補助があるのは聞いているけど、学校にとっても経営的にはお荷物じゃないのかな。
会長が卒業して、新しい一年生が入ってこなかったら、いよいよ三人になってしまう。
待てよ。さらに僕が三年になったら木野先輩も卒業してしまって美夕さんと二人きりに……。
耐えられるだろうか。
そんなことを考えながら廊下の角を曲がると……。
「うわああああああああ!」
顔の前に腰まである黒髪を垂らした幽霊が。って美夕さんか。
美夕さんだとわかっても、正直怖い。
薄いハート柄のパジャマを着ているようだが、白装束にも見えてしまう。
「美夕さん、どうしたんですか? そんなところに立って」
「……」
いつものように何の返事もない。
「あ、あの」
この状況どうすばいいんだ。廊下で立ったまま対峙する。三分は経ったんじゃないだろうか。
呼びかけても、だんまりだ。
ダンボールのなかにいるシズクに助けを求めそうになる。
相手は普通の人(?)だぞ。何でスライムに助けを求めるんだ。
シズクが世間に発覚でもしたら、研究機関に連れ去られてしまうかもしれない。
「きょ、今日はもう遅いので明日にしませんか?」
勇気を出して言ってみた。美夕さんが黒髪で覆われた顔をかすかに上下させる。
僕のわきを横切るときにフワッと良い匂いが香る。
「あの長い髪を洗ったシャンプー?」
見た目は怖いけど、香りはとても女の子らしかった。
部屋に入ってドアの鍵をかける。キーボックスに鍵を入れた。
「なんだったんだろう?」
「さっきの人、明日は学校でよろしくねって言っていましたね」
「え? そんなこと言っていたの?」
「はい……ご主人様には聞こえませんでしたか?」
「全然、聞こえなかったな……」
明日は学校でよろしくねってどういう意味なんだろうか。
学校で会おうという意味だろうか。何と言ったのかわかっても、意味は全くわからない。
「まあいいや。とりあえず、今日は寝よう」
ふとんを取り出そうとして、何気なく押し入れを開ける。
開けながら、そういえばダンジョンに繋がっているんだったと思ったが……。
「あれ? 石壁もダンジョンに繋がるドアもないぞ!?」
「本当ですね」
そこは布団が折り重なった押し入れがあるだけだった。
もし、ダンジョンに行けないとシズクは帰れなくなるし、僕のレベルアップ計画も頓挫してしまう。
「シズク、どうなっているの?」
「私にもニホーンのことはわからないです」
「そっか……」
ダンジョンが消えた原因を色々と考えてみる。一日三回までとか、行けない時間帯があるとか。どれも正しいようで正しくない気がする。
「布団が無ければ、逆に困っていたところだし良しとするか」
押し入れから布団を取り出す。布団は一組しかなかった。
シズクと一緒の布団で寝るのはなんか恥ずかしい。
「隣の個室からもう一組持って来るね」
「私の分のお布団まで用意してくださるんですか?」
「うん」
「う、嬉しいですけど、ご主人様と一緒に寝ていいですか?」
「え?」
スライム姿のシズクなら一緒に寝ても大丈夫か。
わざわざもう一組布団を用意したほうが、逆に変な感じもするし。
「心音ミルの姿で寝ますから」
「な、なんだって?」
そして体は会長の……ごくり。いやいや、ダメだ。
「白スライムの姿のままでいいよ」
「どうしてですか?」
「いいからいいから」
「きゃっ」
笑顔で白スライム姿のシズクを抱きしめて布団に潜り込む。
「ご主人様……暖かいですぅ」
僕は白スライム族を利用した悪人のようになるつもりはないのだ。