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69話 新しい寮生

 翌朝―。僕はある決意を持って登校していた。

 一年生の寮生を二人見つけるという決意。

 寮がなくなったら、管理人をやるという条件で入学した僕は学校に通えなくなるかもしれないし、皆の笑顔もなくなってしまうだろう。

 ただ、当然のことながら友達がいない僕にはハードルは高い。

 気軽に話しかけられる人すらほとんどいないのだ。

 まずは頑張って挨拶からだ。

 下足を上履きに替えながら思う。本当にできるだろうか。

 教室に近づくほど、声をかけられないイメージが頭の中を支配する。

 気が付くとクラスメイトが僕の前を通り過ぎ、僕らの教室に向かう。

 稲岸くんだ。しかも、何故か立ち止まった。

 声をかける最大のチャンスだ。

 だが、できない!

 どうして僕はこんな簡単なことができないんだろう。

 ところが、稲岸くんが振り返った。

「よう鈴木! おはよう!」

「え? あっ。おはよう」

 な、なんで?

「そんなところに突っ立ってると遅刻しちまうぜ」

「う、うん」

 どうやら稲岸くんが立ち止まったのも、振り返って僕に挨拶をするためだったようだ。

 しかし、何故だ。僕と彼は挨拶するような間柄ではなかったはずだ。

 というか、彼どころか挨拶してくれるのは美夕さん以外は誰もいないけど。

 不思議なことが起こった。

 クラスメイトが次々に僕に挨拶をしてくる。

 挨拶をしてこない人のほうが少ないぐらいだった。

 連休中に何があったんだ? あ、連休だけじゃない。

 異世界のゴタゴタで2日ほど、登校日に間に合わなかった。

 その間はシズクが僕に変身して登校してくれたから……。

 なんというコミュスラだ。

 シズクの力を借りて友達になったらどうかという気もするが、今はそんな場合じゃない! 寮の存続がかかっているのだ。

「よっ! 鈴木、おはよう!」

「あ、瀬川くん。おはよう!」

 おお、美夕さんの一件以来、なんとなく当たりがきつかった瀬川くんにも挨拶された。

 よーし、瀬川くんは軽い……もとい一部の女子から人気があるから、そこから芋づる式に説得できるかも!


                 ◆   ◆   ◆


 瀬川くんの説得はできなかった。それどころかシズクが作った信用は数時間で崩壊した。

 そりゃ、そうだ。

 考えてみれば、僕はちょっと話すようになったらボロボロの寮で一緒に住まないかと言ってくる奴になっている。

 コミュ障、ここに極まれり。

 そうでなくとも、幽霊が出るという噂の寮に、通える距離の生徒が住むはずもない。

 だが、諦めたらそこで試合終了という言葉もある。

 試合ならいいけど、僕の場合は学生生活の終了までありうる。

「ね、ねえ」

「あ、鈴木か。俺はいいよ。ちょっと用事があるから。じゃ」

 まだ話してもいないクラスメイトに逃げられた。

 もはや、シズクパワーも消えて、マルチ商法の勧誘員みたいな扱いを受けている。

 こんなの絶対無理だ。

「すーずきくん」

 うなだれていると声をかけてくれた人がいた。誰だ。

「あ、立石さん」

「どう? 頑張っている?」

 頑張っているとは寮のことだろうか。

 何故、知っているのかとは聞くまでもないだろう。マルチ商法の勧誘員のようにクラスの噂になっているのだから。

「頑張ってるけど、全然ダメだよ……そうだ!」

「ん?」

 立石さんは寮に来た時も、楽しそうだと言ってくれていた。

「立石さん、寮に住まない? ちゃんとご両親に話してさ」

「あ~私が寮に? 実はね」

 おお、笑顔! これは期待できるかもしれない。

「えーと、うーん……」

 あ、あれ? 急に言葉に詰まりはじめたぞ。

「あの、その、ごめんね」

 ダメか……。

 そうだ。立石さんなら、少しは話せる。

 休んだ日の僕、つまり、シズクがどんな様子だったか聞いておこうかな。

 上手く勧誘する参考になるかもしれない。

「ねえ。昨日の僕って」

「あ~本物の鈴木くんのほうが、やっぱりいいよね。ちょっと自信なさげっていうか」

「えっ?」

 本物? 昨日の僕が本物じゃないって知っているのか。

「ちょ、ちょっと。立石さん? 僕が本物じゃないって」

「あ、まだ、話しちゃいけなかったんだ。ごめん」

「話しちゃいけない?」

「ごめん……またねっ!」

 立石さんも逃げていった。


                 ◆   ◆   ◆


 土曜の朝、今日は学校に行かなくてもいいと思うとほっとする。

 学校に行くと勧誘をしなければならないので、正直もう学校に行くのが苦痛だった。

「とりあえず、今日と明日は学校に行かなくていいけど、どうしたらいいんだ?」

―トントントン

 寮の自室のドアがノックされる。

 誰だろう?

 今日は学校が休みだから、美夕さんも僕の部屋を通って学校に行く必要もない。

「はーい!」

 会長かもしれない。

 急いでドアを開ける。

「おはよー鈴木くん!」

「おはよ」

「え?」

 立石さんと狐神さん?

 後ろには美夕さんもいる。

「ひょっとして遊びに来たの?」

 最近、狐神さんと立石さんはよく美夕さんと話していた。

 今日も楽しげだし、寺と神社争いでもなさそうだ。

「遊びに来たんじゃないよ」

「遊びに来たんじゃない? まさか寺と神社争い?」

 立石さんが笑顔で首を縦に振る。元気一杯という様子だ。 

「うん」

「なんでここで!」

 僕が抗議すると、今度は狐神さんが笑った。

 立石さんとは違い、どこか妖しさがある。

「毎日、泊まり込みしてここでやろうかと思ってね」

「毎日だって!」

 あの言い合いを毎日かよ。

 しかも、泊まり込みでって。うん?

「ま、まさか!」

 美夕さんが申し訳なさそうにいつもの小さな声を出した。

「ごめんね。そういうわけだから引っ越し手伝って」

 寮の取り壊しの話をした時に狐神さんが笑っていたのも、立石さんがシズクのことを知っているように思えたのも、二人が寮に住むようになるからだったのか。

「もっと早く言ってくれればよかったのに」

 コミュ障の僕が寮の勧誘をするのがどれだけ辛かったか。

 美夕さんが手を合わせて謝罪する。

「ごめんね。狐神さんがびっくりさせたいから内緒にしておこうって」

 狐神さんは悪びれる素振りもない。

「寮に入ってくれる人が他にもいるかもしれないしね。理事会で問題にされてることは事実だしね」

 立石さんはただただ楽しそうだ。

「私も美夕ちゃんに頼まれて、親にもう一度聞いてみたんだ」

「そうだったんだ」

 最近、美夕さんは二人と仲良かったから、いち早く話し合っていたのか。

「服とか重い荷物があるから手伝ってよ。レベルアップで力をつけてるんでしょ?」

「そんなことまで知ってるの?」

「あとでダンジョンも見せてね」

 立石さんに手を引っ張られる。

 内緒にされていたけど、寮の仲間が増えることはやっぱり嬉しい。

 レベルアップした力でさっさと引っ越しを終わらせてしまうか。


                 ◆   ◆   ◆


 月曜の朝。

 朝食を作って寮を出る。

 今日は曇り空。土曜日の快晴とは違うけど、心が晴れていると気にもならない。

「コンさんの封印も解いたし、寮の問題は解決したし!」

 そして、さらに! 僕にもついに友達ができたんじゃないだろうか。

 狐神さんと立石さんの引っ越しは手伝ったし、かなり話すこともできた。

 主に寮の注意点ではあったけれども……。

 二日間も朝から夜まで一緒にいた。

 美夕さんも会長も木野先輩もいたけれども……。

 ダンジョンでかっこよくモンスターを倒すところを見せた。

 後ろでマミマミさんがダメ出ししていたけれども……。

 リュウちゃんを探しにいく異世界冒険譚も語ったし。

 ディートとリアがちゃちゃを入れてきていたけれども……。

 これを友達と言わずしてなんと言う。それも美人の女の子が二人もだ。

 そんなこと望んですらいなかった。

「ふふふ。一気に二人も友達ができるとは。僕もなかなかやるだろう。シズク」

 今日はシズクも学生服に変化して一緒に登校している。

「はい!」

 シズクが元気に返事をする。

 辺りはグラウンドで、朝練の生徒が大きな声を出しているので聞かれる心配もないだろう。

「でも、ひょっとしたら超えてしまったかもしれませんよ」

「え? 超えるって」

 その時、後ろから、寺、神社という言い争いが聞こえてきた。

 間違いない。狐神さんと立石さんだ。

 振り向くと美夕さんもいた。

「鈴木くん、お寺でしょ?」

「鈴木は神社よね」

 何に対して寺か神社か争っているのかもわからない。

「お互い尊重して仲良くしようよ。僕らは皆友達なんだし」

 ところが、友達という言葉を出すと、さらに火に油を注ぐ結果になった。

「「友達じゃなーい!」」

「えええ?」

 狐神さんと立石さんはプンプンと怒ってしまった。

 空模様と僕の心がシンクロする。

「友達じゃないの?」

 美夕さんがいつもより大きな声を出す。

「ライバルでしょ」

「ライバル? 寺と神社でそこまで争わなくても」

「寺と神社のライバルじゃないよ」

「え? じゃあ、なんのライバル?」

 美夕さんが僕をジト目で見る。

「知らないよ! でも、私もそのライバルの中に入ってるんだからね!」

「えええ?」

 美夕さんは教会好きとかなのか。聞いたことなかったけど。

 美夕さんがスタスタと歩いていってしまう。

 学校の休み時間に三人が集まっているところに挨拶に行っても邪険にされてしまう。

 友達じゃないどころか僕だけ仲間はずれだよ。

 ところが……。

「鈴木~いる? 学校ではごめんね」

 学校から帰ってきて部屋でくつろいでいると、ノックとともに狐神さんの声がした。

「はいはい」

 ドアを開ける。

 いつも毅然としている狐神さんが申し訳なさそうに身を縮めている。

「学校ではごめんね」

「ああ、うん。気にしてないよ」

「鈴木は私とコンちゃんのために異世界を冒険までしてくれたのに」

「いや、僕も異世界にちょっと行きたかったから」

 いつもちょっとツンとしている狐神さんが笑顔になる。

「そっか。ありがとう。でも、学校ではあんな態度だったのに急に謝りに来てびっくりすると思ったのに、なんか余裕あるね」

 狐神さんも謝りに来ると思ってた。だって美夕さんも立石さんも謝りに来たからね。

 けど、シズクから狐神さんが来ても、先に二人が謝りに来たということは内緒にしたほうがいいと言われている。

 寺のパンフも隠している。

「いや、驚いてるよ」

 適当に笑って誤魔化す。

「そっか。ねえ。二人でコンちゃんのところに行かない?」

 コンさんは今、真神の間を一時的に間借りしている。

 ちょうど美夕さんも立石さんも先に行ったところだ。

「うん。いいよ」

「ふふふ。じゃあ、行こ! コンちゃんと神社の良さを教えてあげる」

 美夕さんも立石さんもマミマミさんもいるけどいいのかなあ。ま、いいか。

 そんなこんなで結局、友達はやっぱりできなかったけど、寮の仲間は増えた。

 寮生活はまだまだ続けられそうなので、いつか僕にもきっと友達ができるだろう。

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