64話 お助けキャラは肝心なときにいない
「ひょ、ひょっとして僕のこと? その続きは?」
「実は祖母のエミリが……」
エミリさんの名前が出てきた。
なんとなく嫌な予感がする。
「巻物に書かれていたのですが、後半の部分は祖母が酔っ払って嘔吐して汚して千切れてしまい……」
ディートが額を押さえている。
「でもご親族の誰かが見てるだろうし、内容は聞いているんでしょ?」
「巻物は忘れられていた蔵の奥で祖母が見つけたらしく。死ぬまで内容を語らなかったのです」
「どうして内容を語らなかったんだろう」
「今となってはわかりません……」
何が書かれていたんだろうか。
ディートが急に思い出したように言った。
「そういえば彼女なんか言ってたわ。見つけた巻物がどうのこうのって」
「聞いてたんですか? どんなことですか?」
リュウちゃんが身を乗り出してディートに聞く。
僕も気になる。
日本からの少年というのは僕の可能性が高い。
「えっと……そうそう。先祖の巻物が見つかったとか言ってたけど、ちょうどその頃エミリの酒量がさらに増えたのよ」
「酒量が……気になりますね」
「で、冒険の後にいっつも酒場に行って……それから、なんだっけかなあ?」
「それで?」
「……」
ディートの話が止まる。
「忘れたの?」
「仕方ないじゃない、五十年も前の話なのよ」
確かに仕方ない。
リュウちゃんも頭を抱えた。
「思い出したら教えてくださいね」
「わかってるって」
エミリさんは巻物を見てさらに呑んだくれたのか。
どういうことだろう。
馬車は音を立てながら街道を進んでいく。
◆ ◆ ◆
「真神? 本当ですか?」
「ああ、知ってるんだ」
ヨーミのダンジョン地下四層を歩きながらリュウちゃんと話す。
「もちろん知っています。確かに真神ならば、九尾の狐よりも格上でしょう。しかし、本当に真神がトールさんの言うことを聞いてくれるんですか?」
「あんまり聞いてくれないけど。風邪引くよって言ってもお腹を出して寝るし、ゆっくり食べたほうがいいって言ってもどんぶりをかっ込んで食べるし」
「全然、聞いてくれないじゃないですか」
「でも、性根の悪い狐ならワシが焼入れしてやるって言ってたから」
「うーん。真神のような神格の高い存在がそんなことを言いますかね」
僕だってそう思うけど、実際に言ってるし。
「トールさんがニホーン人でヨーミのダンジョンとニホーンが通じているって話も……私をかついでいませんよね?」
「僕自身だって最初は信じられなかったよ。急に学生寮が異様な遺跡とつながっていたんだから」
「しかし、伝説のニホーンがそんなところだったなんて」
「魔法なんて誰も使えないよ」
異世界で日本はある種の理想郷のように思われている。
当然、魔法文明が発展しているところだと思われているようだ。
「話を聞いたところ、モンスターどころか動物も大事にしてなさそうですね」
「う……それを言われると辛い」
僕が言葉に窮していると、ディートがかばってくれた。
「私は寮までしか行ったことないけどいいところよぉ。寝具は気持ちいいし、ご飯は美味しいし。きっと魔法の代わりに科学っていうのが発展しているのよ」
「その科学っていうのがよくわかりませんね。怪しげな地方魔法に思えます」
異世界では陰陽師もそういう立場だったんじゃないのか。
「魔法じゃないよ。ちゃんと仕組みや原理とかがあるし」
「魔法は仕組みありますよ」
魔法に仕組みあるのかよ。
まあ僕の魔法は『ひらけゴマ』ぐらいなもんだけど。
全然、理屈を知らずに使っている。
「着いた。木野先輩の部屋の前だ」
木野先輩のキノコ栽培室の前の鉄扉に着く。
この鉄扉に『ひらけゴマ』と言うと魔力が消費され、扉が開くというのが僕の魔法だ。
「なんでキノコの奴の部屋の前に? トールの部屋から帰らないの?」
「先に木野先輩に様子を聞いとこうかと思って。会長が怒ってないかとか」
「ああ、なるほど。トールに厳しいもんね、彼女」
貧しい農民や行商人のおじさんを助けることになって、かなりの時間をロスしてしまった。
連休の休日を利用して旅に出たのだが、二日ほど学校にも行ってない。
だから先に木野先輩に様子を聞いとこうと思ったわけだ。
「ひらけゴマ!」
鉄の扉が上がっていく。
時間は放課後の午後5時。
ちょうど先輩がキノコのお手入れをしていた。
先輩は部活をやっていないし、他に特別なことをしていなければいつもキノコのお手入れをしているんだろう。
「先輩!」
「うわ! 鈴木氏」
先輩はキノコの栽培作業に熱中していて、鉄扉がゴゴゴと上がっても気が付かなかったようだ。
「ただいま」
「え? あ、おかえり。ダンジョンに行ってたのでござるか? ってかその平安時代の装束みたいなのを着ている人は異世界の方かな? はじめましてでござる」
先輩とリュウちゃんを挨拶させていたら長くなりそうだ。
先に様子を聞こう。
「先輩! 寮の様子はどうですか? 会長は怒ってます?」
「なんで?」
「だって僕が戻ってくるって伝えた日から何日も経過してるでしょ?」
学校も行ってないし、寮の食事だって自分で作っていたのでは。
「うん。あ~ひょっとして鈴木氏だと思っていたのは……」
「シズクか!」
どうやらシズクが僕のフリをして、学校に行ったり、寮の仕事をしてくれたようだ。
「助かった~。会長に怒られるかとビクビクしてたんですよ」
「はっはっは。よかったでござるな。早くシズク殿に帰還を報告するといいでござるよ。心配するでござるからな」
「そうします」
先輩の部屋を通って寮の廊下に出る。
「こ、これがニホーンの建物ですか?」
「驚くのは後、後」
早く僕の部屋に行かないと。
あれ?
僕の部屋のドアが半開きだった。
中から声が聞こえる。
「心配しないでください。必ず探してきますから」
「お願いします~」
リアとシズクの声だ。
あ、僕たちが戻らないのを心配してリアが探しに行こうとしているのか?
「待った待った!」
玄関を勢いよくあけて奥の和室に行く。
「帰ってきたよ! ただいま!」
ふすまを開けるとシズクとリア、美夕さんもいた。
「あ、ご主人様! おかえりなさい!」
「トール様!」
「トオルくん」
どうやらだいぶ心配させてしまったようだ。
「遅くなってごめん。でも大丈夫だよ。ディートもいたしさ」
「そうよ。私がいるんだからブーゴ村に行くぐらい」
皆が首を振る。
美夕さんがいつになく大きな声を出す。
「そうじゃないの!」
「そうじゃないって?」
「狐神さんが倒れたの! 今は私の部屋に寝かせてる!」
「倒れてる? どういうこと?」
「狐神さんの心の中にいる狐の神様に聞いたんだけど、病院に行っても意味ないとか、封印を解かないと、狐神さんの体が持たないとかなんとか……」
恐れていたことが起きてしまったらしい。
やはりコンさんの精神が封印されているのは大きな負担だったのだろう。
きっと僕を訪ねてきて倒れてしまったに違いない。
全員で美夕さんの部屋に行く。
奥の部屋には脂汗を流して苦しそうにしている狐神さんがいた。
いや、コンさんかもしれない。
「お、遅いぞ」
「狐神さん、コンさん、どっちだ?」
「ううっ。コンのほうだ。早くしないと美奈が死んでしまう。美奈は既に意識がない」
そう言ってコンさんのほうも意識を失ってしまった。
リュウちゃんに振り向く。
「急を要するようですね。真神が護衛をしてくれるなら封印を解きましょう」
「ありがとう!」
九尾の狐の封印を解くのを迷っていたリュウちゃんも、様子を見て封印を解くことに決めたようだ。
真神であるマミマミさんが見守ってくれることも大きいのだろう。
「あ、あの……」
美夕さんが小さな声を出す。いつもよりもさらに小さかった。
「何?」
「マーちゃんは、その……トオルくんたちを探しに異世界へ」
「え~? いつ?」
「1時間ぐらい前かな」
リアも僕たちを探しに行こうとしていたけど、マミマミさんは既に出発した後だったのか。
「リュウちゃん、あとどれぐらい持ちそう? その……命が……」
「わ、わかりません。封印術は専門ですが、人の命については」
「封印を解くことはできそう?」
「おそらく。ただわからないことがあります」
「わからないこと?」
「普通、自然に封印が解けそうになるのはモンスターの力が強まっているからです。九尾も深刻なダメージを受けているというのは一体?」
ディートが聞いた。
「もし、封印の触媒の女の子が死んでしまったらどうなるの?」
「モンスターの精神体だけが自由になる可能性が高いですね」
僕は驚く。
「え? 結局、自由になれるの?」
「普通、精神体だけになれば、すぐに成仏してしまいますが、怨念を強く持ったものや力の強いものは現世に残ることになります」
「幽霊いたのかよ……」
もしマミマミさんがこの場にいたら震え上がるぞ。
「恐れることはありません。通常、精神体は何もできません。ただ九尾の狐ともなると」
「精神体でも強いの?」
「もちろん、石に封じてある体とともに復活しなければ、力は十分の一にも満たないと思います」
「ならマミマミさんがいなくても……ディートもリアもリュウちゃんもいるんだし……」
三人は顔を見合わせる。
ディートがいかにも及び腰になる。
「そ、そうね。十分の一なら」
リアが剣に祈りをかけはじめる。
「カーチェ家から受け継いだ。今こそ真銀の剣の力を見せる時」
リュウちゃんも真剣そのものだ。
「死力を尽くしましょう」
えええ?
なんか台詞が既に負けているっぽい。
やはりマミマミさんがいないと、戦闘になった時は絶望的のようだ。